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ワルキューレ シリーズ  作者: ヒルナギ
第一章 雪原のワルキューレ
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第六話 黄金の林檎と地下宮殿

 宮殿の内部はビロードのように滑らかな黒い布で壁が覆われており、血のように紅いカーペットが床に敷き詰められている。所々に淡い光を放つ照明が、付けられていた。

 曲がりくねった回廊を抜け、エリスは部屋にフレヤ達を招き入れる。その部屋は漆黒の材木で造られた、テーブルとソファが置かれていた。

 壁にはタペストリが掛けられている。左の壁には、金色に輝く朝日の昇る夜明けの風景を描いたタペストリが、右の壁には真紅の残照が空を焦がし大地が紅くそまる夕暮れの風景を描いたタペストリが。

 そして正面の壁には暗い紺碧の大空に、宝石のような星々が煌めく夜の風景が描かれている。大地には漆黒の炎のようなナイトフレイム宮殿が、描かれていた。

 エリスは、ソファに腰を降ろす。暗い紺碧の夜空のタペストリの前で、黄金色に瞳を輝かせながら、エリスは言った。


「さて、我が主、クラウス様に用とは何でしょうか」


 エリスの前に腰を降ろした、ロキが質問する。フレヤは立ったままだ。


「かつて、暗黒王ガルンが、アルクスル大王国との約定を破り中原を制覇した時、この宮殿にも訪れたはずだが」

「ええ、ほんの四百年ほど前のことですか。よく憶えていますとも」

「その時、黄金の林檎を携えていたと聞いている」

「その通りです。ガルン殿がクラウス様に会いにこられた時、宮殿じゅうが金色の光につつまれたように思いましたよ。それは、目映いばかりに強力なエネルギーでした」

「ガルンは、黄金の林檎をそのまま持ち帰ったのだな、その時」

「ええ」

「その後、エリウスⅢ世と魔導師ラフレールがガルンを倒した後、ガルンの持っていたはずの黄金の林檎はなぜか失われた。伝え聞くところでは、ラフレールがここに持ち込み、クラウス殿に預けたことになっている」


 エリスは首を傾げた。


「ラフレールは確かにここへ来ました。しかし、黄金の林檎を持っていたとは」

「判らないか」

「クラウス様に聞くしか無いでしょう」

「クラウス殿は、いつ目覚める?」

「もうすぐ。最近、地上からの干渉が多くて、この地の底に潜んでいる神、ゴラースが蠢いています。クラウス殿に、鎮めていただかねば」


 エリスはどこか、狡猾そうな笑みを浮かべている。エリスは、フレヤに視線を投げかけた。


「ところで、フレヤ殿は封印をクラウス様に解いていただくために、ここへ来られたのですか?」


 フレヤは怪訝な顔をする。


「どういう意味だ?」


 エリスの替わりに、ロキが応えた。


「三千年前、お前の記憶を封印し、永久氷土のなかにお前を埋めたのがクラウス殿だ」


 フレヤは不思議なものを見るように、ロキを見た。


「数年前、隕石がライゴールに墜ち、氷土が溶けた。そしてお前が目覚めた訳だが、クラウスの封印は解けていない」

「なぜ封印なぞ?」

「お前が望んだことだ、フレヤ。お前がそう決め、クラウス殿に頼んだ」


 ロキはフレヤを見つめる。


「どうする、フレヤ。クラウスに頼み、封印を解くか?」


 フレヤはもの思いに耽る顔になった。群青の夜空を描いたタペストリの前で、純白のマントに身を包んだフレヤは、サファイアのような瞳を宙にさまよわす。


「判らない。どうすべきか、私には判らない」


◆             ◆


「私が十四歳の時のことだ」


 ジゼルが言った。そこは、ジゼルの城のテラスである。眼下には、ゴーラの街を見おろすことができた。

 黒衣の男装姿のジゼルの前には、煤色のマントを身に付け、微かな笑みを瞳に浮かべた、ブラックソウルが腰掛けている。そして、その背後に、ひっそりと影が佇むように、ドルーズとクリスが立っていた。


「私の父を裏切って殺した叔父、テリウスを殺したのは。私は、復讐を遂げた時、叔父の返り血を全身に浴びながら、思ったものだよ。今後、自分の人生の中で、これ以上の快感を得ることは、あるまいと」


 ブラックソウルは喉の奥で、静かに笑い言った。


「復讐は、かくも甘やかなるものか」


 ジゼルは、我が意を得たというように頷き、微笑む。


「仇の心臓を、我が剣で刺し貫いた時、私の頭の中で銀色に輝く炎が燃え上がった。私の視界は白く霞み、手足は血を失い、頭の中がとても熱かった。心臓は、荒野を駆ける狼のように速く打ち、世界が我が足もとにひれ伏したように感じたものだよ」


 ブラックソウルの目の奥には、確かな理解がある。ジゼルはそれを感じたのか、穏やかな笑みをみせた。


「以来、何度も戦ったが、戦闘を行っている僅かな間だけ、あの時の快感を思い出すことが、できる。私は、その追憶の中にだけ生きる女だ」


 ブラックソウルは何も言わなかったが、その表情は黙っているだけで、自分の心の中の思いを打ち明けずにはいられなくなるような、そんな笑みが浮かべられていた。

「北方の蛮族の伝説の天上世界ヴァルハラでは、戦闘が永遠に続くという。たとえその肉体を引き裂かれ、細切れにされようとも、夜明けと共に新しい肉体とともに甦り、戦闘を続けられるという。私が欲しいのは、それだよ。ブラックソウル殿」


 ブラックソウルは楽しげに、言った。


「ヴァルハラを地上に実現する為に、邪神ゴラースを目覚めさせると言われるのか」


 ジゼルは哄笑した。その笑いは、猛々しく、瞳は凶暴な光に満ちている。


「どうする。オーラの間者殿。本国へ報告するか」


 緊張した空気が流れる。ブラックソウルの答によっては、この場で血が流されるはずであった。しかし、ブラックソウルは楽しげな表情で、言った。


「この件に、私は全責任を負わされている。オーラに報告する必要などありません。好きになされるがいい。しかし、ゴラースを目覚めさせれるとは、思いませんな」


 ジゼルは苛立たしげに、ブラックソウルを、そしてドルーズを見た。ドルーズの美しい黒い瞳には、なんの表情も浮かべられていない。ブラックソウルは続けた。


「まず、ナイトフレイム宮殿の最深部へ赴き、手で封印を破壊せねば無理でしょう。あなたの魔導師はラフレール以来の天才らしいが、魔力だけでは、できないこともあります」


 ジゼルは黙ってしまった。ブラックソウルはジゼルがやはり、ナイトフレイム宮殿へ潜入することを考えていると、確信を得る。


「私の望みを言いましょう、ジゼル殿。私はナイトフレイムへ行きたい。それを認めていただけるのなら、あなたの魔導師殿をナイトフレイムの最深部まで、お連れしますよ」


 ジゼルは、不機嫌そうに、ブラックソウルを見る。


「何が望みだ、ブラックソウル殿」

「私は」


 ブラックソウルは夢みるように、言った。


「伝説を確かめたいだけですよ。黄金の林檎がナイトフレイム宮殿にあるという伝説をね」


 ジゼルは、苦笑した。それはそのまま、高笑いへと変わって行く。


「アルクスル大王国の王家は、そなた達の国オーラの擁するクリスタル家と、西のトラウスの擁するアレクサンドラ家に分裂していると聞く。黄金の林檎は、王家の象徴。それを持つものが、正当な王家を自称できる。そなたの望みは、それか?」


 ブラックソウルは面倒くさそうに、口を歪める。


「黄金の林檎がこの城の地下、ナイトフレイム宮殿にあるか、そこからですよ、ジゼル殿。あった後のことは、見つけてから、考えます」


 ジゼルの瞳は、ブラックソウルを刺し貫くように、見つめている。ジゼルはふと、目を逸らす。


「いいだろう。この地下へ、堕落した魔族どもの巣窟へ行くのを許可してやる。我が魔導師、ドルーズとクリスを連れてであればな」


 ジゼルは、残忍な笑みをみせた。


「黄金の林檎は必ず持ち帰れよ。私も是非、伝説の大王国の象徴を見てみたい」


 ブラックソウルは嘲るような目の光を、穏やかな微笑みで隠して言った。


「努力しましょう」


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