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ワルキューレ シリーズ  作者: ヒルナギ
第三章 天空のワルキューレ

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第十一話 戦闘生命体ジェノサイダ

 天空は昏く、紺碧の海底のように静かである。それは地上から見上げる空ではなく、魔道によって造られた世界の空であった。永遠よりも果てしなく広がる青い空は、凄みのある闇を内に秘めており、飛空船は音もなくその青い冥界のような空の海を進んでゆく。

 ブラックソウルは、飛空船の下部にあるゴンドラの甲板に立った。龍騎士たちは、既に甲板にならんでいる。風は凪いでおり、甲板は凍り付いたようにひどくしんとした世界と化していた。

 ブラックソウルの隣に立ったミカエルが、遙か遠くを指さす。


「見ろ、天空城、エルディスだ」


 それは昏く青い空の彼方に浮かぶ、一枚の木の葉のように見えた。ミカエルは、その進路の遙か先にある緑に輝く島を指さして言う。


「見えるか、天使たちが飛び立っているのが」


 ブラックソウルは頷いた。白い粒子のようなものが、天空城より舞い上がっている。それは幾千もの天使であることは、間違いない。


「やつらはこの船を見つけたようだ。どう思う、ブラックソウル?」


 ブラックソウルは苦笑する。


「天使のもたらすものは常に一つ。生有る者の殺戮さ。戦う相手が天使では不服か?

ミカエル殿」

「いや」


 ミカエルは晴れやかといってもいい笑みを、ブラックソウルに返す。


「充分だよ。では我々が天使たちと戦うことを認めるんだな」

「あたりまえだ。おれたちの行く手を遮るのであれば天使だろうが、神だろうが関係ない。消えてもらう。おれの許可なぞ得るまでもないさ。好きにすればいい」


 ミカエルは楽しげな笑みを、後ろに控えていたロスヴァイゼと龍騎士たちに投げかける。


「始めるぞ、みんな」


 ミカエルは龍騎士たちに声をかけると、ロスヴァイゼに頷きかける。ロスヴァイゼはミカエルに頷き返した。そして瞳を閉じ両手を、何かを抱えるような形に広げる。その両手に囲まれた空間に、闇が出現した。

 闇は瞬く間に大きくなり、ロスヴァイゼの胴を呑み込む。そして闇はロスヴァイゼの上半身と両足を吸い込んで膨らんでゆき、残ったのは球形の闇だけとなった。

 闇は飛空船の甲板の上で、中空に浮かんでいる。その闇の奥底で一瞬閃光が走った。次の瞬間には、その闇の中から光輝く巨人が出現する。

 その姿は、最後の巨人と呼ばれるフレヤとよく似ていた。背丈もほぼフレヤと同じくらいである。美しく均整のとれた見事な肢体が、眩いばかりの光を放ち甲板の上に立ちつくす。その太陽の女神のような輝く裸体を晒す巨人とフレヤの最大の相違点は、背中に生えた天使の翼である。

 光は突然収縮し、黄金の液体となり巨人の身体を覆ってゆく。やがてそれは、金属のような硬質の輝きを放ち始めた。それは、黄金の鎧となって巨人の身体に装着される。

 そこに立ちつくしているのは、黄金の鎧を身につけた天使であった。ブラックソウルが薄く笑いながら呟く。


「こいつが、戦闘生命体といわれるジェノサイダか」


 戦闘への興奮のためか微かに頬を上気させたミカエルが、ブラックソウルの呟きに応える。


「そう、龍の幼生の細胞と、人の細胞を混交させて造りだした人工生命体だ。アイオーン界で微睡む龍の幼生と魔道空間を通じて繋がっており、その身体には龍の血が流れる。身体はGMGSゴールドメタルギミックスライムの鎧で防御されており、おそらく地上でこれ以上強力な兵器は存在しない」


 ジェノサイダの黄金に輝くボディへ、闇が出現する。その闇は、水面のように漣をたてた。そして、その闇の中から卵形のポッドが出現する。ポッドは甲板の上に降りてきた。ポッドは幾本ものワイアーで、ジェノサイダの胴体にある闇へ繋がっている。

 ポッドは丁度人の背丈と同じ位の長さであった。ポッドの上面のハッチが開き、コックピットが顕わになる。ミカエルは、そのコックピットの中に身を横たえた。

 ミカエルを収納したポッドは吸い込まれるように、ジェノサイダの胴体に浮かぶ闇の中へと消えて行く。それと同時に、黄金色に輝くジェノサイダの瞳へ意志の光が宿った。

 ミカエルの乗ったジェノサイダ以外に、4機のジェノサイダが甲板上に出現している。

 月の光を受けて輝いているような、銀色のメタルギミックスライムの鎧を装着したガブリエルのジェノサイダ。

 立ち上がった影のように、漆黒のメタルギミックスライムの鎧を装着したラファエルのジェノサイダ。

 黄昏の薄暮を思わせる、灰色のメタルギミックスライムの鎧を装着したウリエルのジェノサイダ。

 そして新雪のように汚れない、純白のメタルギミックスライムの鎧を装着したラグエルのジェノサイダ。

 黄金のジェノサイダはミカエルの声で言った。


「出撃するぞ。おれが先頭を飛ぶ。ガブリエルとラファエル、それにウリエルはおれに続け。ラグエルは、飛空船の近くを飛行して待機だ」


 4機のジェノサイダたちは、無言で頷く。

 ミカエルのジェノサイダは翼を開いた。その翼の上面が金色に輝き始める。魔道の力により翼の上面に空気の流れが生じ、翼の上面と下面の間に生じた気圧差が、ゆっくりと金色に輝くジェノサイダを宙へ浮かせる。

 ジェノサイダたちは、一斉に飛空船から飛び去っていった。

 ミカエルを先頭に、その左右にガブリエルとラファエルが展開する陣形をとる。

その少し後ろにウリエルが追尾していた。

 天使たちは、紺碧の空に広がる白い雲のようだ。無慈悲な戦闘機械たちは、殺戮の意志だけを担い真白く輝くその姿をミカエルたちの前に晒している。

 その数は幾千とも知れず、天使たちの放つであろう火線は一瞬にしてミカエルたちを焼き尽くすと思われた。その圧倒的な数の前にミカエルたちは無力に見える。


「それにしても、多すぎるわ」


 ガブリエルの声で、銀色の鎧を纏ったジェノサイダがうんざりしたように呟く。

ミカエルが苦笑しながらそれに応える。


「たかが旧式の戦闘機械だ。やつらの放つ火線の有効射程など、剣を振り回してとどく距離と大差が無い。やつらは狩人の前に現れた白鳥の群と同じだよ」

「久しぶりの戦闘が鳥の群の掃討じゃあ、報われないといいたいんでしょ、ミカエル」


 ラファエルが口を挟む。ミカエルは頷くと、後ろを飛ぶウリエルに向かって叫ぶ。


「ウリエル、さっさと終わらせてガルンを狩りにいこうか。バスターランチャーを用意してくれ」


 灰色のジェノサイダは無言で頷く。そしてその左手を中空に掲げた。左手の先に星無き夜のような暗黒が出現する。その暗黒の中から巨大な円筒形の物体が出現した。

 ウリエルの身長の倍以上はある巨大な砲身である。無数のケーブルがその砲身から伸び、暗黒の虚空へと繋がっていた。ウリエルはその長大なバスターランチャーを肩に担ぐと、照準を合わせ固定する。

 バスターランチャーは無数の金属片を電磁的誘導で加速し射出するものであり、龍の血自体が含む雷撃エネルギーを利用した武器であった。射出される金属片は音速を超え、絶大な破壊力を持つ。また、金属片には魔法的な呪詛がかけられており目標を自動的に追尾するだけでは無く、霊的な汚染を行う為魔法的防御を突き破るパワーを持つ。つまり、魔法により位相をずらすことによって物理的攻撃をそらす一般的な魔法的防御は、バスターランチャーには無意味である。

 無敵に思える兵器であるが、至近距離では射出したジェノサイダ自身が被害を受ける為ある程度の距離がとられている時にのみ使用可能であり、又、使用すると大量のエネルギーを消費する為、連射はできないという欠点を持つ。

 ウリエルの持つバスターランチャーは青白い稲光を放ち始める。稲光は砲身を螺旋状に這い回った。ミカエルたちはバスターランチャーの射線よりはずれるため、天空の高みへと上昇していく。

 バスターランチャーの砲口が青白い光を放ち始めた。その光が次第に強まり、砲身自身が周囲に光彩を放つ。

 天空を揺るがすような轟音が響いた。空の巨獣が断末魔の悲鳴を放ったかのようだ。無数の光と雷光がバスターランチャーの砲口から放たれる。同時に、反動を相殺するために、砲身の後部よりジェット噴射が放出された。ウリエル自身が光と爆煙につつまれ、見えなくなる。

 音の壁を超えソニックブームを放つ無数の砲弾は光の矢と化して、天使たちの群へ襲いかかった。空気を切り裂く爆音が、放たれる。

 天使の群は、光の奔流に呑み込まれた。それは炎の渦に巻き込まれてゆく、無数の落ち葉のようでさえある。

 無慈悲な戦闘機械たちは龍騎士の兵器の前に全く無力であり、その大半が身体を切り裂かれ落下していった。それでも、半数近くの天使たちが生き残り、ミカエルたち目指して群がってくる。バスターランチャーに狙われることを考慮してか、いくつかの小グループに別れて散開していた。

 ミカエルたちは飛翔速度を上げ、天使たちへと向かう。ミカエルは右手を虚空に掲げる。そこに出現した暗黒より、長剣を取り出した。剣はGMGSに覆われ黄金に輝いている。

 ガブリエルたちも虚空から連射砲を取り出す。ジェノサイダの腕と同じ位の長さの武器であり、形態はオーラでよく使われる火砲と似ていた。射出されるのはバスターランチャーと同じように魔法的呪詛のかけられた金属片である。龍の血によるプラズマエネルギーで金属片を射出する武器であるが、バスターランチャーとの違いは使用するエネルギー量が小さいため、連射可能であるということだ。

 威力は当然バスターランチャーより劣るが、至近距離で天使の数体を破壊するパワーは充分にある。ガブリエルとラファエルはその連射砲を構えてミカエルに続いた。


(天使たちが、破砕砲の射程に入ります)


 ミカエルは心の中にロスヴァイゼの声が響くのを聞いた。今のミカエルは完全にジェノサイダと意識がシンクロナイズされた状態にある。ジェノサイダの見るものは、ミカエルの見るものであり、ジェノサイダの身体はミカエルの身体となっていた。元々ジェノサイダ自体がミカエルの細胞と龍の細胞を混交して造りだしたものであるため、ジェノサイダが半ばミカエルの身体の一部分ともいえる。

 ロスヴァイゼは龍の幼生と共にアイオーン界におり、アイオーン界からジェノサイダのコントロールをフォローしていた。ロスヴァイゼは龍とジェノサイダの関係を調整しているのと同時に、アイオーン界に待機させている武器の管理も行っている。

 破砕砲はそうしたアイオーン界に待機されている武器のひとつだ。原理的には火砲とほぼ同じであり、鉄片と火薬を詰め込んだ陶器の筒を放出し炸裂させる武器である。火砲との違いは火薬の代わりに龍の血が使用されていることと、魔法的呪詛がかけられているため目標を次元界を跨って追尾するということだ。

 ミカエルは心の中でロスヴァイゼに命ずる。


(天使たちに照準を合わせろ)

(了解、マスター)


 ロスヴァイゼの返答とほぼ同時に、ミカエルの乗るジェノサイダの周囲に十個の黒い次元口が出現した。その向こう側に破砕砲がある。

 天使たちは獲物を狙う猛禽のように鋭く空を飛び、ミカエルたちに接近してきた。

天使たちは龍騎士の攻撃を警戒して、自分たちの身を置く次元界を目まぐるしく変えてゆく。存在する位相が激しく変化するため、天使たちは光輪に包まれ輪郭が霧の中にいるようにぼやけている。

 ミカエルの周囲に展開された十個の次元口から炎の矢が放たれた。天空を舞う火龍のごとき十の矢は、光輪を背負う天使たちに襲いかかる。

 十の光球が出現した。紅蓮の炎が紺碧の空を駆け抜ける。ずたずたに切り裂かれた真白き天使たちは火につつまれ、煙を放ちながら墜落していった。

 天空に出現した火焔地獄からかろうじて脱出した天使たちは、さらにミカエルたちに迫ってくる。その天使たちをガブリエルとウリエルが連射砲でねらい撃つ。

 青白いプラズマ光が迸り、輝く金属片が天使たちを切り裂く。射出される金属片は発射と同時に次弾がアイオーン界より供給される為、瞬きするほどの時間で数百発の金属片が射出された。

 胴体を切り裂かれる天使たちは、光輪を失い打ち落とされた白鳥のように地上へと墜ちてゆく。それは無慈悲な虐殺のようであった。かつて地上に殺戮をもたらすため舞い降りた天使たちが、今は姿形のよく似た龍騎士たちのジェノサイダに撃ち殺されてゆく。


(ロスヴァイゼ、ブーストモードに入るぞ)

(了解、マスター)


 ミカエルが心の中で発した命令に、ロスヴァイゼが応える。

 黄金の鎧を纏ったジェノサイダの周囲の空間が、青く輝き始める。ミカエルは、南国の海のように鮮やかに輝く青い球体に包まれた。

 ブーストモードとは、空間の位相をずらし込み時間の流れが速い空間へと転移することである。ミカエルは通常の時空間より数倍速く時間の流れる空間へ入り込んだ。さっきまで天空を飛翔する鳥たちのように素早く動いているように感じられた天使たちは、停止してしまったようにゆっくり動いている。

 ミカエルは間近に迫った天使たちに向かって飛ぶ。空気は深海の海水のように重く、身体にまとわりつく。ミカエルのジェノサイダーは空気を強引に食い破るように飛翔した。

 ミカエル自身には這うような速度であったが、天使たちにとって補足できない速度で移動している。ミカエルはゼリーの中を移動しているようなもどかしさを感じながら、天使たちのそばにきた。

 剣が、ソニックブームを起こしながら、天使の胴を薙ぐ。衝撃の凄まじさに、小さな爆発が起こったように天使の身体が切断された。

 ミカエルは超絶の速度で移動しながら天使たちを切り刻む。黄金に輝くGMGSでコーティングされた剣は、爆砕するように真白き天使の身体を破壊してゆく。

 もどかしいまでにゆっくりとした作業であったが、天使たちの認識ではほんの一瞬で十体の天使たちが破壊されたことになる。天使たちはミカエルに向かって青白く輝く火線を放つが、ブーストモードにいるものにとっては全てがゆったりとした動きにしか感じられない。

 天使たちはミカエルに次々と打ち落とされてゆき、それを逃れた天使はガブリエルとラファエルの連射砲の餌食となる。天使たちは既に自殺するために戦っている状態になっていたが、神の造った戦闘機械である彼らに恐怖は無く自らの死を無視して戦闘を続けた。

 天使たちはまだ空を覆い尽くせるほどいる。その天使たちが龍騎士に僅かな傷でも負わせるために、その身体をなげうって立ち向かってゆく。

 龍騎士たちは、永遠に続くかのような殺戮の宴に呑み込まれていった。



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