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ワルキューレ シリーズ  作者: ヒルナギ
第三章 天空のワルキューレ

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第四話 狂王ガルン

 ロキとフレヤがマグナスにつれてこられたのは、城の最上階であった。そこから見る空は青さを通り越し、銀灰色のような輝きを放っている。その透明な光を放つ空の下には、極彩色の花々に彩られた庭園が開けていた。

 そこは、エルフの住む城である妖精城を思わせる。そこは華やかで精緻な造りの庭園であるが、古き者が造ったものに特有の時間が凍りついているような感覚があった。

 マグナスたちは螺旋状に中心へと向かう小道を辿り、庭園の中央へ向かう。庭園の中央には円形の小さな広場があり、円形の石でてきたベンチが配置されていた。

その中心には頑丈そうな木で造られた棺桶が置かれている。マグナスは、ベンチに腰を降ろすと口を開いた。


「かつて、王国の全ての機能をこの天空城へ移設する計画が立てられていたそうですね」


 ロキはいつもの無表情で頷く。


「このエルディスは、星船をコントロールするための場所であり、同時に黄金の林檎のエネルギーをコントロールするための場所でもある。最終的には王国はこの城に移され、地上から撤退するはずだった。今は混乱とともに忘れ去られているが。そんなことより」


 ロキは視線を棺桶にむける。その漆黒に塗られた箱は、陰鬱な威圧感をあたりに放っていた。マグナスは苦笑する。


「不死人たるあなたが、人間である私よりせっかちである必要は無いでしょう。あなたは、何番目のロキでしたっけ」

「四番目だ。私は不死ではない。魔神と契約を交わしたあなたより遙かに短い寿命のものだ」


 マグナスは、美しい顔に少し憂鬱そうな笑みを見せる。


「私は、生きてるのか死んでいるのかよく判らない存在ですからね。しかし、あなたの本体は永遠でしょう。現に三番目のロキが持っていた記憶は、全てあなたもお持ちだ。まあ、無駄口はこれくらいにしましょう。あなたより先に、フレヤ殿の逆鱗にふれそうだから」


 ロキの後ろに佇んでいたフレヤが苦笑を浮かべる。


「さて、そこの棺桶には魔族の前王であるガルン殿が眠っています」


 ロキは無言のままだが、その瞳はマグナスの言葉に反応して鋭い光を放つ。


「そう、かつて三番目のロキを殺し、エリウスⅢ世に殺されたあのガルンだ。王国を今の混乱に陥れた張本人です」

「それで」


 ロキは感情を感じさせない、重い声でいった。


「私に何を望むのだ」

「ガルンを復活させたのは私の不肖の弟子であるラフレールです。あのものが私にガルンを託しました。どう思います?」


 ロキは首をふった。


「そんなことができるはずがない。死んだ魔族を甦らせるというのも不可能であれば、ウロボロスの輪の彼方にいったラフレールがそれを為すなどと」

「いや」


 ロキの言葉を否定したのは、意外にもフレヤであった。


「やつは、黄金の林檎を手にしている。その力を持ってすれば不可能ではあるまい」

「たとえそうであったとしても、だ」


 ロキはフレヤを振り返ると、冷たく言い放つ。


「そんな行為になんの意味もない」

「それを言うのであれば、神々が人間に黄金の林檎を委ねた行為にしても、意味などないだろう」


 フレヤはせせら笑った。ロキは憮然として答える。


「つまり、これはラフレールの賭けだというのか」

「そうだと思います」


 マグナスはどこか物憂げに笑うと言った。


「ラフレールは死せる女神の娘といってもいいあなた、フレヤ殿にこだわっていました。ラフレールは黄金の林檎を封印するだけでは満足しないでしょう。神話の時代を終結させるならフレヤ殿、あなたも一緒に封印しなければならない。ロキ殿、あなたは逆にフレヤ殿と共にいれば必ず黄金の林檎へ導かれると知っている。これはラフレールがあなたたちに仕掛けた賭けです」


 フレヤは野獣の気配を漂わせる笑みを見せた。


「面白い」


 フレヤの蒼く煌めく瞳が、漆黒の棺桶を見据える。


「では、狂王ガルンに挨拶をさせてもらうぞ」


 フレヤはロキが制止するのを無視すると、棺桶の前に立つ。強引にその蓋を開いた。棺桶の中は深紅のビロードが敷き詰められている。そこに入っていたのは、漆黒の液体であった。


「これは」


 フレヤは呻く。彼女が期待した魔族の姿はどこにも無く、ただあるのは波打つ漆黒の液体であった。それはあたかも闇そのものが蠢き、息づいているように見える。


「急ぐ必要はありません、不死の巨人」


 マグナスが、フレヤの後ろから声をかける。


「いくらラフレールが優れた魔導師で黄金の林檎を手にしていたとしても、死滅した肉体まで甦らせることはできません。いいですか、そこにあるのは魂の入れ物です」


 ロキが呟くように言った。


「メタルギミックスライムか」


 マグナスは喉の奥で、陰鬱に笑う。


「その通りです」


 美しい少年の顔に老人の笑みを張り付けたマグナスは、棺桶のそばに立つ。


「あらゆるものに形態を変化させ擬態する流体金属の生命体、メタルギミックスライムがここにいます。この自身の姿を持たぬ生命体はガルンの憑坐となったわけです」


 そう言い終えると、その昏く沈んだ瞳を漆黒の液体に落とし、歌うように言った。


「魔族の魂はその肉体が滅んだ後に、アイオーン界の奥深くへと沈んでゆく。人間たちの魂はその肉体が滅んだ後に、シーオウルへ還ってゆく。人間は再びシーオウルから戻ることもあるが、アイオーン界の深淵に沈んだ魔族の魂は戻らない。ラフレールはガルンが死ぬ時になんらかの印しをその魂に付与したのでしょう。だから、再び私の元へ召還できた。そしてこのメタルギミックスライムに憑依した」


 フレヤはうんざりしたように言った。


「ガルンの魂は今はここから彷徨いでているというのか」

「そうです」


 マグナスは申し訳なさそうに言う。


「何しろ久しぶりに地上へ戻ってきたのだから、あちこち出歩きたいのでしょう、彼も。例えば故郷である魔族の王国アルケミアだとかね。あなた方がここに来るころには、戻っている予定でしたが」


 フレヤは苦笑する。


「我々が早くきすぎたといいたいのか」

「いえいえ」


 マグナスは肩を竦める。


「もう少し待って下さい。待つのは苦手ですか?」

「いや」


 フレヤは嗤う。


「古きものとつき合うには、待つことが大事らしいからな。待たせてもらうよ」




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