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ワルキューレ シリーズ  作者: ヒルナギ
第三章 天空のワルキューレ

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第二話 天空城エルディス

 汚れを知らぬ純白の神殿であったはずのそこは、炎と血によって泥濘のような色に変えられている。鋼鉄の蜘蛛たちが屍を晒し、切断された人間の破片がころがっていた。それは屠殺場の風景であり、廃物置場の景色であり、破壊神の支配が終わった場所である。

 そのどす黒く変色した血と臓物、鋼鉄の装甲が転がる神殿を黒い男が通りすぎていった。闇色のマントを纏ったその姿は、立ちあがった影である。鍔広の帽子に隠された顔からは、表情を読みとることはできない。

 漆黒の男は、白い巨人に見出された。女神の美貌を持つ巨人は、影を纏った男に声をかける。


「遅かったな、ロキ。随分待たされたぞ」


 ロキと呼ばれた黒衣の男は、感情を感じさせない声で答える。


「すまなかった。情報を引き出すのに意外と手がかかった」


 純白の巨人であるフレヤは、行く手を閉ざしている扉を指さす。それはこの白い神殿に似つかわしい、巨大で圧倒的な重量感を持つ大理石の扉だ。


「ロザーヌの塔へゆく扉は、到底破壊できるしろものでは無い。ロキよ、おまえが手に入れたという鍵が必要だ」


 ロキはフレヤの言葉に頷くと、扉の傍らにある小窓へ向かう。その小窓を開くと、数字の書かれたボタンが並んでいた。ロキは素速い操作でそのボタンを押してゆく。

 唐突にロキの手が止まる。すると、どこか深い所で巨大なものが引きずられてゆくような音が、響き始めた。

 ロキはどこか物憂げにフレヤに語る。


「ロザーヌの塔への扉は開いた。天空城へゆくぞ、フレヤ」


 ロキの言葉通りに、その巨大な大理石は左右へ動いてゆく。そこは仄暗い場所だ。

二人はその微かな光に照らされた空間へと、入り込んでゆく。

 頭上はどこまでも高く空洞が続いていた。文字通り塔の内部らしい。


「これがロザーヌの塔か。それにしてもどうやって天空城へ昇るつもりだ。第一この闇は、ただの闇では無いだろう」


 フレヤは塔の上方を見上げてロキに向かって呟く。確かに、塔の遥かな高みはただならぬ気配を潜ませている。それは通常の時空間を超えて他界へと繋がってゆく、魔道の闇であった。

 黒衣の男はその薄暗い空間に解け込み、酷く希薄な存在になったようだ。ロキは、薄く笑みを浮かべたような表情でフレヤに答える。


「心配するな、もうすぐ箱が降りてくる」


 ロキの言葉と同時に、頭上の闇から何かが軋むような音が聞こえはじめた。それは、ロキの言ったとおりに箱が降りてくる音である。フレヤは銀色に輝く円筒形の物体がゆっくりと降りてくるのを見た。

 夜空を支配する三日月の輝きを宿したその円筒形の箱は、異界を渡る船である。

魔道の闇をゆっくりと切り裂き、真白く輝くマントを纏ったフレヤの前へ銀の箱は降りた。

 銀の光を浮け、守護天使の輝きを得たフレヤはロキに問いかける。


「これに乗るというのか」

「そうだ」


 手短に答えたロキは、その円筒形の物体に手を触れる。そこに丁度フレヤが通りぬけることができそうな、空間が開く。銀の箱は内部も銀色に輝いていた。

 フレヤは箱の上を見上げる。幾筋かの光が上方へと伸びていた。銀色の糸によって、その箱は吊るされているようだ。

 先に銀の箱に入り込んだロキに続き、フレヤも入り込む。二人が乗り込むのを待っていたように銀の扉が閉ざされ、箱はゆっくりと動き始めた。

 フレヤは箱が上昇するのを感じると同時に、奇妙な眩惑を覚える。フレヤの方向感覚は、次第に消失していく。フレヤはその箱が昇っているのか降りているのか、判らなくなっていた。

 それは次元界を超える時によく感じるものであり、フレヤはその感覚を自然なものとして受け入れる。フレヤたちは、次元界を超えたどこかへ向かっていた。


「長いな」


 フレヤの言葉に、ロキが答える。


「いや、もう着く」


 ロキの言葉通りに、眩惑をもたらす時空を超える感触は急速に薄らぎ始めた。唐突といってもいいタイミングで、箱が止まる。ロキが手をかざすと銀の扉が開いた。

 そこに広がる青空を指し、ロキが言う。


「ここが天空城エルディスだ」


 フレヤはロキに続いて箱から出る。銀の箱は、石でできた建物の中にあった。その建物の天上は空に向かって開いている。足元には、底知れぬ闇があった。二人は石でてきた建物から歩み出る。二人が入っていたのは、小さな石の塔であった。前方には森が広がっており、塔の後ろには城壁が続いている。フレヤはその城壁の向こうを覗いて見た。想像した通りの景色がそこに広がっている。

 無限に広がる青。そこは大空の中であった。城壁から下にはただひたすらに続く空と、時折大海に浮かぶ小島のような白い雲が流れていくのが見えるだけだ。ロキがエルディスと呼んだこの場所は、天空のただなかに浮かんでいる大地である。

 フレヤは振り向くと森を見た。それは地上の森を抉りとって空にそのまま浮かべたような、森である。木々は鬱蒼とおい茂り、様々な生命の息吹をその内に宿していた。それは昏い太古の闇を内に秘めた森だ。

 そしてその向こうに小高い丘があり、その丘の頂上に城が見える。フレヤはその城へ続く道が、森に向かって伸びているのを見た。


「ではあの城に、暗黒王ガルンを倒したラフレールの師にあたる魔導師がいるのか」


 フレヤの問いに、黒衣のロキが答える。


「そうだ。おそらくこの世界で最も強大な魔導師である、マグナスがあそこにいる」


 フレヤはロキの言葉に頷き返すと、城へ続く道を歩み始めた。その真白き巨人の後ろを、影を纏った男ロキが歩む。

 フレヤとロキは、森の中へと入っていった。森は、天上世界とは思えないような自然の息吹を感じさせる。緑の天蓋が二人を覆い、その向こうに城が見えた。

 このエルディスの中心にあるであろうその城は、巨大な円筒形をしている。その城は装飾を持たずただ灰色の石に囲まれた、墓標にすら見える単調な建築物だ。

 やがて木々がまばらとなり、丘陵を貫く道へと入る。より明瞭に見え始めたその城は、異形であった。窓のない城壁に囲まれた城は、人の手により作られたものとは思えないところがある。

 少なくとも、人が住む建物ではなさそうだ。フレヤが呟く。


「ここは、静寂につつまれているというよりは、死に絶えた世界のようだな」


 フレヤは先にある城を指さす。


「あれは、ただの廃墟ではないのか」


 ロキは首を振る。


「この地が本来持っていたはずの意味は失われた。忘れ去られた場所ではある。しかし、廃墟ではない」


 影を纏った男は、冷たい瞳を空に向ける。


「ただ支配するものが、生ある存在では無いということだ。その証拠に見ろ」


 フレヤは城から空へと、舞いあがったものがいるのを見た。それは、白い鳥のような存在だ。次第に白いものは近づいてくる。そしてその姿が明瞭になっていった。

 それは、天使とよばれるものだ。人の姿に純白の翼を持つ。そして息をのむほどの美しさを備えている。

 しかし、フレヤは知っていた。天使は神が造った戦闘機械であることを。それがあらゆる生き物を絶滅させる為に造られた存在であることを。

 降りてくる天使は、三体であった。優雅といってもいい軌跡を描き、ゆっくりと天使たちはフレヤの前へ舞い降りてゆく。


「まだ、こんなものが残っていたとはな」


 フレヤは眼の前に降りた天使たちを見て、思わず呟いた。身の丈はフレヤと同じで、通常の人間の倍以上はあるだろうか。その透明に近い青さを持った瞳は、機械に特有の冷たさを秘めている。

 純白の鎧を身につけた姿はフレヤと似ているといってもいい。神の造形物にふさわしい完璧な均整を備えていた。背中に生えた翼は、神々しく輝いているように見える。その姿はある意味でフレヤ以上に完璧さを備えていたが、それは生を持たぬがゆえの端正さといえた。フレヤが持つ、無限に変化してゆく黄金の炎のような激しさは感じさせない。

 しかし、それはむしろ天使たちの危険さを現している。あらゆる生あるものと相反し、そうであるが故に生の絶滅の為に戦うことができた。天使とはそういう存在である。

 中心に立っている天使が口を開いた。


「ここは生あるものが来るべき所では無い。立ち去るがいい」


 フレヤは笑みを浮かべて答える。


「生ある存在がここの主のはずだ。おまえたちの主、魔導師マグナスに会いに来た」

「我らの主はヌース神のみ。マグナスは我らの主では無い」

「ほう」


 フレヤは、皮肉な笑みを見せる。


「邪神グーヌとの戦いが終わり、地上から離れた場所で永遠の眠りについていたおまえたちを目覚めさせたのはマグナスだろう。そしてそのマグナスに操られているのに、主では無いというのか」

「我らはマグナスを必要としているが、支配されている訳では無い」


 フレヤの後ろでロキが口を開く。


「旧世界の戦闘機械よ。おまえたちの役割は終わった。封印の中にもどれ。我々に道をあけるがいい」


 天使は、静かな怒りを潜めた声で言う。


「おまえを通すのはかまわない、ロキよ。しかし、巨人は敵だ」

「黄金の林檎を探索するのに、必要な存在だ」

「巨人は殺す。それが我らの使命だ」


 フレヤは嘲りの笑い声をあげ、冷たい輝きを放つ剣を抜く。あたりの空気が真冬の清冽さと、燃え盛る炎の激しさを同時に帯びる。


「だったらやってみろ、神の玩具ども。古にそうしたように、おまえたちを破壊してやる」


 フレヤの声に応えるように、中央の天使が口を開く。その口から迸ったのは、声では無く灼熱の火線であった。

 火線は、緑茂る大地を焼く。炎が、真紅の矢となって野を走った。しかし、白い巨人は火の中にはいない。フレヤは天使たちすら把握できぬ速度で移動し、火線を放った天使の目前に立った。

 純白の翼を持つ戦闘機械である天使は、怒りの絶叫をあげるように口を開く。しかし、その叫びが放たれることはなかった。フレヤの剣が聖画より抜け出した美貌を両断する。

 残った天使たちは冷酷な美貌に真冬の怒りを秘め、フレヤの頭上に舞い上がろうとした。しかし、蒼ざめた暴風と化したフレヤの剣は、天使の羽ばたきを薙取る。

胴を両断された二人の天使が、青い火花を放ちながら大地に墜ちた。

 顔を両断された天使が尚フレヤに掴みかかろうとするのを、蹴り倒し胴を踏みにじりなからフレヤは侮蔑の笑みを見せる。踏みつぶされた天使の身体は青白い火花をあげながら大地で無惨にのたうち回った。


「愚かなふるまいだぞ、フレヤ」


 醒めた口調で声をかけるロキに、フレヤはうんざりした調子で応える。


「おまえのやりかたでは、押し問答を百年はすることになる。神の造った自動人形はそれでもいいだろうが、私は違う」


 ロキはそれに反論することなく、黒き腕をあげると空を指さした。果てしなく青く広がる空に、純白の天使たちが舞い上がっていく。古の、神々の戦争では空一面を天使が覆い尽くしたと語られているが、それを思い起こさせるほどの天使たちが空へ昇っていった。彼らの目標は間違いなくフレヤである。

 フレヤは満足げといってもいい、凶暴な笑みを見せた。


「馬鹿な鳥どもがいくらきたところで関係ない。先にいくぞ、ロキ。城で会おう」


 その言葉と同時にフレヤは真冬の空を駆ける風と化し、緑の大地を蹴っていた。

そのフレヤを追うように天使たちの放つ火線が大地を焼き払う。それは白き雲が放つ怒りの炎と化して、森と草原を火焔の園へ変えた。

 ロキは、無言のまま炎の中を歩み始める。黒衣を纏い、燃え続ける森の中を進むロキの表情に変化は無かったが、その瞳には苦笑の色があった。




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