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ワルキューレ シリーズ  作者: ヒルナギ
第二章 妖精城のワルキューレ

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第二十二話 神々の約定

 神殿はこの妖精城の中ではおそらく唯一であろう石の建造物であった。無数のガーゴイルの彫像に守られたその神殿は冷たく無機的でありながら、強い思念につつまれているように見える。

 空にむかって聳える尖塔を持つ神殿の前にブラックソウルとヴェリンダは立つ。

大きな魔獣の彫刻が施された扉の前でブラックソウルたちを待っていたのは、一人の少年であった。

 漆黒の髪に、異界に開いた花を思わせる美貌を持った少年。その少年は春の日差しのように穏やかな笑みを浮かべ、一礼する。


「エリウスといいます」


 少年は素直な声でブラックソウルに語りかける。ブラックソウルは、美しい花を愛でるような瞳でその少年を見つめた。


「ああ、トラウスの王子だな」

「あなたが、オーラ参謀ブラックソウル殿、それにその妻ヴェリンダ殿ですね」


 エリウスは古くからの友人にむけるような親しげな笑みを浮かべていた。ブラックソウルは野生の狼を思わせる笑みでそれに答える。


「その通りだよ。これから地上へ帰るところだ、王子。あんたも早く帰ったほうがいいぜ」


 エリウスは花のように艶やかに笑う。


「ええでも、友だちが来るのを待たなければ」

「友だち?」

「バクヤ・コーネリウスですよ」

「なる程な」

「あなたも一緒に待ってもらえますね、ブラックソウル殿」


 ブラックソウルは獰猛な嘲笑でそれに答える。


「待つのは一人で充分だよ」


 突然、背後でヴェリンダが囁いた。


「気をつけろ」


 その時ブラックソウルは信じがたいものを見た。目の前の少年が変わって行くのを、目の当たりにしたのだ。姿形はそのままであったが、そこにいる少年は同じでは無い。古き邪悪な生き物である魔族に匹敵するような気配を漂わせている。

 エリウスの瞳が黄金色の光を宿した。それは中原でもっとも古き王国の伝説の王の名を持つ者に相応しい、神秘的な輝きである。

 そこにいるのは人でもなく、魔物でもなく、魔法的な何者かでもない、不思議な存在であった。ブラックソウルは自分の中に戦慄が生まれてくるのを感じる。それが彼にとって未知の感情といってもいい恐怖に繋がるものであるとは、理解できなかったが。


「余を殺すか、オーラの間者。試してみるがいい。ノウトゥングに闇水晶で太刀打ちできるものかをな」


 ブラックソウルは少年を見直す。


「おまえは誰だ」

「エリウスだ。さっき語った通りにな。愚かなことをしたな。ウロボロスを解放すれば、地上も無事ではすまない。いや、無事ですまないというよりは、全ての秩序は崩壊するだろう。次元の安定性が消失するのだから」


 ブラックソウルは不思議な笑みを見せる。なんの感情もこもらない、無機質な笑み。


「そんなことはどうでもいいのさ。むしろおれにとっては好都合だ。おれの目的はあらゆる秩序を崩壊することだ。ただ、ウロボロスのもたらすものは不完全だ。おれはその向こうに行きたい。崩壊した世界の向こう側。あらゆる意味がその根拠を失い、崇高な生命の燃焼だけが唯一の真実であるような所。それはウロボロスでは無理だ。だからおれはここから逃げねばならない」


 エリウスは笑った。それは年を経た古きものにのみ可能な、邪悪な笑みである。


「面白いな、おまえは。ただ、生き延びさせるには少し危険だ」


 ブラックソウルは獣の笑みを浮かべ、漆黒の瞳に鋼の殺気を浮かべた。


「おれを殺すか」

「試すだけだ。おまえの運命を」


 エリウスはノウトゥングを抜いた。半ばで断ち切られた剣。ブラックソウルはそれが何物であるか理解している。金剛石の刃を持つ無敵の剣。ブラックソウルは両手に闇水晶の刃を持つ。

 ブラックソウルは死を覚悟した。


◆          ◆


「ウロボロスとは何か、今更説明する必要は無いだろう」


 赤銅色の肌をした魔導師は、傲岸とも見える表情で言い放った。フレヤは頷く。


「かつて金星の牢獄に、女神フライアの死体と、グーヌ神を封印する為死の神サトスが造り出した次元渦動だな」


 老いたというよりは生死を超えた魔導師ラフレールは頷く。


「そうだ。しかし、その力は本来サトス神にすら制御できうるものでは無かった。その次元渦動はフライア神がこの時空間に侵入してきた時に発生したものだ。フライア神が侵入してきた時に、時空間に修復不可能な亀裂が生じた。それの拡大を回避しようとしてサトスはフライアを殺した。それが世界最初の死だ」


 フレヤは皮肉な笑みを見せる。


「神話の講釈をするつもりか、人間にして、人間に在らざる者よ」


 ラフレールは、黄金に輝く無慈悲な瞳でフレヤを見つめる。


「まあ聞け、巨人よ。世界は本来一つの神の秩序に属する。世界は元来ひとつのものだ。アイオーン界も、通常空間もそれ以外の様々な次元界も結局はひとつのものの違う表現にすぎない。大本は同じ絶対者のものだ。秩序も結局は絶対者の意志として一つしかない。しかし、ウロボロスは秩序の外を造り出した。ウロボロスの元型はフライア神がこの世界に侵入した時に発生した時空の亀裂だ。誰にも完全には制御できない。サトスが金星をウロボロスで覆ったのは、誰も金星に立ち入らせない為であり、金星から外にグーヌを出させない為ではない。黄金の林檎はこの世界の秩序の外に属するものだ。故に、ウロボロスと同一の世界に属する」


 フレヤは青く輝く瞳で貫くようにラフレールを見た。


「ウロボロスを制御するのは黄金の林檎のみということか」

「そうだ。かつて金星から脱したグーヌは黄金の林檎を利用してウロボロスの中に通路を造り出した。私も黄金の林檎の力を利用し、一度はウロボロスを封印した。しかし、もう私の力が及ばぬところまで、ウロボロスは来ている。見ろ」


 ラフレールは空を指差す。そこには邪悪な闇が広がる。


「アイオーン界には時間が無い。ここで我々が経験している時間は仮想的なものでしか無い。そして通常空間での時間はここでは空間の距離として表現されている。上空は未来。下方は過去。ウロボロスは降下している。ウロボロスが現在である我々の今いる地平へ達した時、通常空間へもその力は及ぶ」


 フレヤは嘲るように笑う。


「通常空間を破壊するというのか」

「いや、そうでは無い。かつて金星が封印されたように、地球が封印されたと見るべきだろうな。それはヌース神とグーヌ神が古に定めた約定に基づく賭けの範囲内のできごとだ。つまり神々の意に反することではないため、神々の介入は無い」


 フレヤは冷たく輝く瞳でラフレールを見下ろしている。


「ではなぜ、おまえはウロボロスを封印しようとしているのだ」


 その逞しい若者の肉体を持つ魔導師は、真っすぐにフレヤを見つめる。その強力な意志を感じさせる瞳を持った男に、フレヤはロキと通じるものを感じた。


「私は待っていたのだ。おまえをな」

「なんだと」

「一度ウロボロスを封印しようとしたのは、時が来ていなかったからだ。ウロボロスは何らかの破壊を地上にもたらすが、それは変化といってもいいものだ。魔族やエルフといった魔法的生き物には耐え難いものかもしれないが、人間は適応できる。人間は変化する存在だからだ。しかし、そうなったとしても人間はやはり太古の神が作った約定に縛られる。黄金の林檎が地上にあるかぎりな」


 フレヤは、微かな戦慄を感じた。ラフレールの全身から怪しげな波動が立ち上っている。それは今まで感じたことの無いものだ。あらゆる魔道と異なる不可思議な気配がラフレールにはあった。


「ラフレールよ、おまえの望みとはつまり」

「そうだ、フレヤよ」


 ラフレールの瞳が強烈な輝きを放つ。フレヤは思わず剣に手をかけていた。それが無意味なことは知っていたが。


「私の望みは永遠に人間を神々の約定から開放すること。つまり、おまえと黄金の林檎をウロボロスと共に永遠に封じ込めること。神々さえ立ち入ることのできないあの次元の彼方へおまえを封印する」


 フレヤは剣を抜き放ち、叫んだ。


「おまえにはできない。おまえには」

「できるさ。私は未来を見た」


 ラフレールは厳かに繰り返す。


「私にはできる」


 ラフレールの体から黄金の光が放たれ、フレヤを包む。フレヤとラフレールは黄金に輝く光の球体につつまれた。フレヤはその狂暴といってもいいほど強い光の中で、意識を失う。

 黄金の輝きはフレヤとラフレールを包んだまま、上昇を始めた。やがてそれは速度を速め、渦巻く邪悪な闇ウロボロスへと向かう。凶悪な闇はアイオーン界に突如出現した、太陽のような輝きを飲み込んだ。


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