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ワルキューレ シリーズ  作者: ヒルナギ
第二章 妖精城のワルキューレ

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第二十一話 魔法の崩壊

 フレヤが妖精城の内部に踏み込んだ時、それは起こった。妖精城を覆うドームの外部の世界から、突然光が失われる。一瞬にして世界は闇に閉ざされた。

 妖精城の本体である巨大なエメラルド色の塔だけが、この世界で淡い光を放っている。常に降り注いでいたはずの花びらは消え去り、城に満ちあふれていた植物は生気を無くし、萎れはじめているようだ。

 何より、この世界を覆っていたはずの圧倒的な生命力が消えている。そして透明なドームの外部にある暗黒は単なる闇では無い凶悪さを、秘めていた。それには、あらゆる存在を虚無へと帰してしまうような、破壊の意志が感じられる。

 フレヤは傍らに立ち尽くすアンバーナイトに、声をかけた。


「何が起こった?」

「判りません」


 エルフの衛士は、病にとり憑かれたように蒼ざめており、体を小刻みに震わせている。彼女は意識的に外部の闇を見ようとしていない。その理由は明白だった。彼女は畏れている。邪悪な闇を。

 フレヤは口元に笑みを浮かべ、来た道を引き返そうとする。道は闇に続いていた。

あらゆる邪悪さ、すべての怨念、かつて存在したであろう全ての負の精神を結集して作り上げたような闇へと。

 平然と進むフレヤに気づいたアンバーナイトは、慌てて叫ぶ。


「やめてください、どこへ行こうとしているんですか」


 フレヤは、振り向かずに足だけを止める。


「闇の中から私を呼ぶ声がした」


 フレヤは、闇の彼方を指差す。


「私の求めるものはあのむこうにある気がする。おまえには見えないのか。闇の彼方にある一筋の光が」

 アンバーナイトは、フレヤの元へ行こうとして自分に歩くだけの力が残っていないことに気づく。エルフの衛士は、そこに崩れるように跪いた。


「戻ってください。危険です。あの闇は邪悪すぎます」


 フレヤは、優しく微笑みかけた。


「危険なのはどこにいても同じだ。見るがいい。妖精城も死につつある。この世界の崩壊は始まっている。おまえは、おまえたちの王と女王のもとへ行け。私は私を呼ぶ声に答える」


 そういい終えると、フレヤは再び闇に向かって歩き始めた。その背中に向かって、アンバーナイトが叫ぶ。


「聞こえません」


 アンバーナイトはもう一度叫んだ。


「聞こえません、あなたを呼ぶ声など。戻ってください」


 フレヤは闇の中へ一歩踏み込んだ。


◆          ◆


 フレヤは闇の中を墜ちて行った。想像もつかない速度で、闇の中を墜ちてゆく。

彼女の周囲で闇がごうごうと唸り声をあげ、渦を巻いていた。

 それは、邪悪な獣たちが獲物を求めて駆け回っている様を思わせたが、その闇の凶悪な破壊の意志も、高速で駆け抜けてゆくフレヤには触れることもできない。狂暴な嵐が何千も集合し、彼女の側を通り過ぎてゆく。

 フレヤは、その無限の広がりがあるような、強力な破壊のエネルギーが渦巻く闇の果てに、小さな光を見ていた。その光は次第に大きくなってゆく。彼女の墜ちてゆく先には、闇を貫く孤独な光がある。

 突然、光は大きくなった。それは瞬く間に闇を駆逐し、世界を覆う。フレヤは気がつくと、大空の中に出た。

 青灰色の空。大気は澄んで冷たい。フレヤはその大空の中を墜ちていく。速度は明白に遅くなっていた。彼女は重力によって大地に引かれているというよりは、空の中をゆっくりと漂っているようだ。ここには、重力らしきものの存在が感じられない。どうやら闇の中を駆け抜けていた時に加速された勢いで、この空間を漂っているようだ。

 空の遥か向こうは七色に輝く雲が見えるだけで、大地らしいものはどこにもない。

フレヤの墜ちていく先には、昏い雲がある。

 その雲は嵐の時の雲を思わせる巨大な闇色の雲であり、蠢いていた。雲全体が、巨大な生き物が身震いするように蠕動している。

 フレヤは急速にその暗雲に近づいてゆく。近づいてゆくにしたがって、その雲の細部が見え始めた。フレヤはそれが雲では無いことに気づく。

 それは、無数の竜や精霊たちで構成されていた。おそらく幾千万もの竜や精霊たちが集まって、飛び回っているのだ。

 竜たちは、フレヤの眼下に広大な海のように広がり始める。見渡すかぎり果てしなく竜たちの姿が見えた。竜たちは身を捩り、咆哮し、時折海が波立つように飛躍し、移動する。

 幾千万もの竜は、みなひとしくフレヤのほうを見上げていた。フレヤは不思議なことに魔法的生き物の中では最も気高く、最も強靱なはずの竜たちの瞳に、恐怖を見いだした。

 竜たちは空を埋め尽くすほどに集まり、何かを恐れている。神話の時代、神々の戦いが行われていた時代であっても、おそらく竜たちは恐れたりはしなったはずだ。

 一頭の巨大な黒い竜がフレヤのそばまで、上がってくる。竜は嵐が吠えるような声で、フレヤに語りかけた。


「巨人族の戦士よ、アイオーン界へよくきた。我が名はイムフル」


 フレヤはイムフルと名乗った竜の背に降り立つ。巨大な船の甲板くらいの広さはあるその竜の背には、一人の先客がいた。

 その赤銅色の肌をした若者は、魔族のように黄金色に輝く瞳でフレヤを見つめている。フレヤはその若者を見下ろした。


「おまえか、私を呼んだのは」


 黄金に輝く瞳を持った若者は、静かに頷く。


「我が名はラフレール」

「ではおまえが、」


 フレヤの言葉を、ラフレールは手でさえぎった。若者の姿を持つ、老いた魔導師ラフレールはもう一度フレヤへ頷きかける。


「その通りだ。私が黄金の林檎を持っている。これは本来おまえに属するものかもしれないな。しかし、もう暫く預からせてもらおう」


 フレヤは、蒼く輝く瞳でラフレールを見下ろしている。


「一体ここでは、何が起こっているのだ。ラフレールよ、おまえは何をしようとしている」


 ラフレールはフレヤが墜ちてきた空の高みを指差す。


「見てみろ」


 フレヤは上方を見上げた。そこにあるのは巨大な闇。彼女が抜けてきた巨大で凶悪な破壊の思念に満ちた闇であった。その闇は世界全体を覆い尽くすように広がっており、渦巻いている。

 ラフレールがフレヤに言った。


「よく見ておけ、巨人よ。あれがウロボロスだ」


◆          ◆


 ブラックソウルたちは、妖精城の最上階であるエメラルドの塔の屋上へ出た。その屋上は色鮮やかな花々に満ちた空中庭園であり、美しい彫像や噴水により飾られている。本来、心を酔わせるような色彩に満ちた空間であるはずのそこは、この世界に迫りつつあるウロボロスの力によって色あせたモノクロームの世界となっていた。

 ブラックソウルたちは空中庭園の中心部に向かう。そこには屋根に築かれた尖塔を、漆黒の闇に覆われた空に向かって突き上げている神殿があった。

 その神殿には他の次元界への通路がある。妖精城を脱出するにはその通路を使うしか無いはずであるが、エルフたちは誰一人ここにはいない。妖精城と共に滅び去るつもりなのだろう。

 神殿の前には木と花に挟まれた道がある。その道をブラックソウルたちは進んだ。

突然、人影がブラックソウルたちの前へ出現する。バクヤ・コーネリウスであった。


「会いたかったぜ、ブラックソウル」


 ブラックソウルは苦笑を浮かべる。


「悪いが今は遊んでいる暇は無いんだ」


 バクヤはけらけらと笑う。


「急がんと妖精城が崩壊するかい、それはおまえらのしでかした事やろうが。おれには関係ない。世界が滅ぼうがどうなろうが、おまえだけや、ブラックソウル」


 ブラックソウルは黒く輝く瞳でバクヤを見つめる。バクヤは闇色の左手を前に突き出した。


「ほうれ見てみい、おれはちゃんとこの腕を手に入れたで。おまえのおかげでな」


 ブラックソウルは面白がっているような笑みを浮かべたまま、バクヤに語りかける。


「いいか、ウロボロスはまず魔法世界を崩壊させる。ここは消滅するんだ。このままここに居続ければ、アイオーン界の彼方を永遠に流離うことになる。とりあえずは地上にもどるべきではないか。そこでたっぷり相手をしてやるよ」


 バクヤは晴れやかに笑った。


「そうしない理由が二つほどある。まず第一に、今ここでは魔法を使えない。そこの魔族の女王も今は無力や。もう一つ。おれはおまえさえ殺せれば、後のことはどうでもいい」


 バクヤは楽しげに付け加える。


「まあ、おまえが泣いて土下座すれば考えてもいいで、ブラックソウル」


 ブラックソウルの顔からすっと笑みが消える。空気が緊張で張り詰めた。その時、ティエンロウが後ろから声をかける。


「私にやらせてください、ブラックソウル様」

「時間が無いんだ、ティエンロウ」

「私は彼女に一度破れました。もし、ここで決着をつけれなければ、地上に帰っても意味がありません。私に彼女と共にここで死ぬことを選ばせてください」


 ブラックソウルは、一瞬ティエンロウのほうを見ると、すぐ道の脇へそれた。ヴェリンダが後に続く。ティエンロウは、バクヤと対面した。バクヤはおやつをとりあげられた子どものように、渋面を作る。


「余計なことをしてくれたもんやな、兄ちゃん」


 ティエンロウは白面の美貌に静かな笑みを見せる。ただ深紅の瞳だけが獰猛な殺意を隠しきれず、ぎらぎらと輝く。


「おまえも待っていたのだろうが、私も待っていたのだよ。おまえと戦える時がくるのをね」

「まあ気持ちは判らんでも無いけどや。あんたは一度負けている。おれはその時より強いで、兄ちゃん」


 ティエンロウはマントの下のホルスターに収められた銃を見せる。それは純白に輝く輪胴式拳銃であった。


「こちらもそれなりの用意はさせてもらった。前と同じにはいかない」


 純白の拳銃は妖気を放っている。それは前回見たときよりも遥かに強いものであった。おそらくバクヤのメタルギミックスライムの腕に匹敵するほどに。

 バクヤは頷く。


「始めようか、兄ちゃん」



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