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ワルキューレ シリーズ  作者: ヒルナギ
第二章 妖精城のワルキューレ

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第十八話 巨人の戦い

「衛士隊が後退しつつあります。このままでは、オーラの機動甲冑が我らの防衛線を破るのは時間の問題かと」


 白銀の防具に身を包んだエルフの戦士が、シルバーシャドウに報告する。シルバーシャドウは泰然とした風情で、その報告を聞く。


「すでにフレヤ殿が向かわれました。時間の問題なのはオーラの兵士のほうでしょう」


 そこは妖精城の中にしては珍しい、広大な広間である。といっても壁に覆われている訳ではなく、高い樹木に囲まれた部屋というべきか。

 当然天井はなく、頭上に広がるのは透明のドームである。部屋の中央に長机が置かれ、その一端にシルバーシャドウが座っていた。部屋の奥には玉座があり、本来ここは王の執務室なのだろうが、その主となる王は不在であった。


「そんなことよりも」


 シルバーシャドウは自分の傍らに影のように立つ黒衣のロキに、微笑みかけた。


「珍客がここに来ているようですわ」


 シルバーシャドウは蒼白く輝き始めた瞳を、一点に向ける。空気が波打つように、空間が歪み始めた。


「いつまでそこにいるつもりです、オーラの間者」


 空気が水晶の球体に変化し、それが砕け散ったように光の破片を散らせながら魔法が消えてゆく。その飛び散る光の粒子の中から姿を現したのは、杖を掲げた魔導師、灰色のマントに身を包んだ男、白髪に深紅の瞳を持つ男であった。灰色のマントの男は、狼の笑みを見せながら一歩前に出ると嘲るような調子でエルフの女王に礼をとる。


「始めてお目に掛かる、私はオーラ参謀ブラックソウルというものです。それとロキ殿、魔族の宮殿で会って以来ですかな」


 シルバーシャドウは神秘の夜を支配する月の女神を思わせる美貌に、冷酷な笑みを浮かべてブラックソウルを見つめた。


「何をしに来たのです、ブラックソウル」


 ブラックソウルは笑い声をあげた。狼に似た精悍な表情の男は、楽しげに笑い、エルフの女王を見つめ返す。


「いや、失礼。ご存じなかったとは驚きですな。あなたがたとてあれをいつまでも管理し続けるのは、本意ではないはずだ。あれは神が私ども魔族の家畜であるところの人間に授けた重荷。快く渡していただけると思っていますが」


 シルバーシャドウの表情は変わらない。無慈悲な裁きの女神の瞳で、ブラックソウルを見つめていた。


「一体何の話しをされているのですか、ブラックソウル」


 ブラックソウルは獲物を追いつめる狼の本性を剥きだしにした残忍な笑みを、浮かべる。


「死せる女神の心臓にして、この宇宙で最も邪悪な存在が金星のウロボロスによって封印された牢獄よりこの地上へもたらしたもの、そう、太陽の黄金の林檎ですよ」

「ここにはありません」


 シルバーシャドウは、全く表情を変えぬまま答える。ブラックソウルはとても楽しげな笑い声をあげた。まるでエルフの女王が気のきいたジョークを放ったとでもいいたげである。


「ない?ここにないだって?ではどこにあるんだ?」


 笑いを押さえながら問うブラックソウルに、少し笑みを浮かべたシルバーシャドウが答える。


「彼のものはウロボロスと共に」

「馬鹿な」

「いずれ我が主人、ペイルフレイムが戻れば判ること」

「ならば待たしてもらおう、王の帰還を」

「いいえ」


 シルバーシャドウは無慈悲な笑みを浮かべる。


「その必要はありません」


 ブラックソウルは何かを言おうとしたが、その前にエルフの女王の冷酷な宣告が下った。


「消えなさい」


 放たれたのはその一言だけ。その瞬間にブラックソウルたち三人の姿はかき消すように消え去った。


◆          ◆


 エルフたちの混乱は、漆黒の巨人を縛っていた呪力を無効化した。立ち上がった夜のような巨人は、再びゆっくりと歩み始める。

 漆黒の巨人は銀色の丘陵を登ってゆく。回りには炎につつまれのたうつ鋼鉄の蜘蛛たちや、怒りの咆哮をあげ爆煙に飲み込まれる一角獣がいた。

 漆黒の巨人は丘陵を登りつめる。巨人の目の前には、青い湿地帯と透明なドームに覆われた妖精城があった。


「闇から彷徨いでたのか、影よ」


 闇色の巨人は声をかけられ傍らを見る。そこにいたのは、白衣の巨人フレヤであった。汚れなき新雪のごとく輝いている白い鎧を身につけた美貌の巨人は、青く冷めた瞳で黒い巨人を見つめている。

 二人の巨人の背丈は同じくらいだ。それは本来フレヤの足元にあるべき影が、立ち上がり主であるフレヤに対面したような、不思議な光景である。


「闇は闇に戻るがいい、影よ」


 フレヤは立ち上がった影のような漆黒の巨人に声をかける。黒い巨人はその言葉に逆らうように、再び咆哮した。闇色の糸の固まりが暗黒の焔のようにフレヤへ襲いかかる。フレヤはその闇色の糸を全身で受けた。

 糸はフレヤの体を覆ってゆく。月の影が白昼の太陽を覆って夜の闇をもたらすように、フレヤの体は暗黒の糸に飲み込まれていった。

 フレヤは完全に立ち上がった暗黒の柱と化している。その闇色の固まりとなったフレヤを漆黒の巨人は満足げに眺めた。

 黒い巨人はその暗黒の柱をいとおしげに抱きしめる。闇と闇が重なり合って一つになってゆくように、黒い巨人はその暗黒の柱を体内へ取り込み始めた。

 闇色の固まりは一つになる。フレヤは完全に巨人の体内、つまりリードとリリスのつくりあげた別の次元界へ送りこまれた。

 巨人は再びゆっくりと歩み始める。妖精城を目指して丘陵を下っていく。エルフたちは絶望とともにその闇色の巨人を見つめる。

 唐突に、その歩みが止まった。

 黒い巨人の星なき夜空を思わせる胴体の中心に、夜明けを知らせる明けの明星のような光が出現する。その光は激しさを増し、やがて猛々しい程の輝きとった。

 黒い巨人から光は分離し、輝く光の柱が出現する。その光は次第に薄らぎ、中から純白に輝く巨人、フレヤが出現した。

 フレヤは女神のごとき美貌に皮肉な笑みを浮かべる。真冬の日差しのように清冽な輝きを宿す剣を抜いた。


「影よ、おまえの用意した闇の牢獄は私には狭すぎたようだ」


 黒い巨人は、フレヤに掴みかかった。フレヤの巨大な鉄材のような長剣が漆黒の巨人をなぎ倒す。その表面を次元断層で覆った巨人は切り裂かれることはなかったが、強風にさらされた木の葉のように大地へ叩きつけられた。

 起き上がろうとする黒い巨人をフレヤは踏みつけ、押さえ付ける。漆黒の巨人はフレヤの影となったように大地へ留められる。

 その腹部の闇に綻びがあった。丁度フレヤがこの次元界へ戻ってくる時に通り抜けた次元断層の裂け目である。フレヤは聖母のように美しい笑みを浮かべながら、その闇に残る煌めきを見つめた。


「這い出てきた闇へ帰るがいい、影よ」


 フレヤの振りかざす光の柱のごとき長剣が、闇色の巨人を串刺しにする。剣は影のように大地へ巨人を縫い付けた。

 闇色の巨人の動きが止まる。巨人の身体は溶けていくかのごとく、崩れ始めた。

やがて巨人を覆っていた次元断層は黒い水にも似た動きを見せ、流れ消えてゆく。

 後に残ったのは巨大な金属の骨格である。胴体の部分を切断された巨大な金属の骨格が、銀色の丘陵に屍を晒す。巨大な鉄柱のような肋骨が並ぶ間から、一人の黒衣の男が立ち上がった。リードである。


「全くあきれたものだ」


 リードは目の前に立つ、美貌の巨人を見上げながら呆然と呟く。足元には意識を失ったリリスの体がある。リリスの体は無数の金属のワイヤーで巨大な骨格に接続されていた。

 その巨大な金属の骨格はリリスの体の一部といってもいい。むしろリリスの本体というべきか。リリスの本体である巨大な金属の骨格は普段はアイオーン界という異世界に存在する。リリスは体内にある次元断層を通じてその金属の巨人に繋がっていた。

 リリスは自分の意志をもたない自動人形である。そういう意味ではオーラの機動甲冑と大差はない。リリスは体内の次元断層を通じてリードの脳にも繋がっている。

いうなれば、リードのもう一つの肉体ともいえた。

 リリスは胴を切断され機能を停止している。リードはフレヤを次元断層で覆い、その身体をアイオーン界へ送り込むのに成功したところで勝利を確信した。しかし、フレヤをアイオーン界へ送り込んだとたんフレヤの身体が強力なエネルギーを放出し始め、そのエネルギーにリリスを破壊されることを恐れたリードはフレヤをもう一度この世界へ戻さざるおえなくなったのだ。

 リードは、今まさにアイオーン界へラフレールによって持ち込まれている黄金の林檎が、アイオーン界へ送り込まれたフレヤと感応して強大なエネルギーをフレヤへ与えたことを知らなかった。むろん、何が起こったかを理解していないという点ではフレヤも同様である。


「おれはどうやら手を出すべきではないものに関わったようだな。しかし、」


 リードはフレヤを見つめ続ける。伝説の中でのみ存在する死せる女神のように美しい巨人は、サファイアの輝きを持つ瞳でリードを見下ろしていた。リードの心に奇妙な陶酔が生まれる。神話の中で死ぬという、神話と一体化する陶酔。その痺れるような心の動きを振りほどくように言葉を続ける。


「いまさら戦いをやめられない」


 リードの足元でリリスの目が開く。リリスは本体というべき金属の骨格を破壊されたが、その機能が全て停止した訳では無い。リードの手の中に闇色の固まりが出現し始める。次元断層であった。

 次元断層は無限の硬度を持つ刃として扱うことも可能だ。糸として放ち、幻獣の首を落としたようにフレヤの胴を両断することもできる。

 別の次元界へ糸が忍び込む。アイオーン界を通じて糸がフレヤの体の側に出現した。糸がフレヤの体に触れる寸前、リードは自分の体を熱いものが通り過ぎていくのを感じる。フレヤの剣が振り降ろされていた。疾風のように駆け抜けたその剣を、リードは全く見ることができなかった。リードは自分の右半身がゆっくりと地面におちてゆくのを、昏くなってゆく意識の片隅で見る。

 フレヤはゆっくり振り返ると、妖精城を囲む丘陵の頂に駆けのぼった。金属の蜘蛛たちは、もう丘陵の中腹まで来ている。一角獣に跨ったエルフたちは、戦力の半ばを失い後退する一方であった。

 フレヤは丘陵の頂上で、黒い蜘蛛たちを見下ろす。フレヤは戦う天使のように狂暴な笑みを浮かべた。

 フレヤが天空へ羽ばたく巨大な白鳥のように跳躍するのと、蜘蛛たちが火砲を放ったのは、ほぼ同時である。



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