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ワルキューレ シリーズ  作者: ヒルナギ
第二章 妖精城のワルキューレ

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第十五話 妖精城への道

「おれが気がついたのは、屋敷から離れた森の中や。左手は血止めの処置がされていて、傷口も治療されていた。おれは傷からくる高熱に襲われながらも山の奥へ逃げ込み、かろうじて生き延びた」


 ユンクは静かに頷いた。


「そのブラックソウルの言葉に導かれて、儂の元へ来たわけだな。しかしな、バクヤ」


 バクヤは首を振る。


「いや、無駄やユンク先生。おれは聞いたことがある。メタルギミックスライムの伝説を」


 ユンクの瞳が見開かれる。バクヤは不敵な笑みを見せた。


「おれは黒砂蟲を操る技を学んだ。黒砂蟲というやつは、どうやらギミックスライムと呼ばれる種類の虫らしい。おれの師となるジークは火砲を左手に受け、筋肉をずたずたにされたが、ギミックスライムとしての黒砂蟲を利用して再び左手を使えるようになった。

 このギミックスライムで体組織は修復できるけど、骨格までは再生できない。おれは骨ごと断たれているからいくら黒砂蟲を使っても不完全な形でしか再生はできない」


 バクヤの目には取り憑かれたものの光がある。ユンクは黙って話しを続けるように促した。


「ギミックスライムを利用して体組織を再生する医術を発明した医者がいる。その名はラヴレス。おれの父親、ジュリアス・コーネリウスはラヴレスの友人やった。ラヴレスはギミックスライムを利用して失われた四肢を再生することを考えていた。それはメタルギミックスライムの利用や。

 通常のスライムでは身体を支える強度を持たせられない。けど流体金属で作られた魔法的生命体であるメタルギミックスライムは、失われた骨格の再生が可能なだけの強度がある。

 けど問題があった。メタルギミックスライムを制御する為には強力な魔力が必要や。ラヴレスはメタルギミックスライムを封印し、人間の支配下におけるように実験を繰り返し、試作品を作った。そしてその試作品をジュリアス・コーネリウスへ託して自身は旅だった」


 ユンクは穏やかな笑みを浮かべたまま、バクヤへ語りかける。


「その試作品がどうなったか知ってるのだろう」


 バクヤは無表情で頷く。


「父さんは戦争で腕を失った友人の神聖騎士、レギオスに頼まれてそのメタルギミックスライムの義肢を渡した。けどレギオスはその腕を制御しきれず狂った」


 ユンクは静かに言った。


「儂がそのレギオスを殺した。儂は自分の弟子を自分で殺したのだ」

「レギオスを殺して、先生、あんたが義肢を手にいれた。そうやろ」


 ユンクは重々しく頷く。


「確かに我が元にあった」

「父さんは自分の過ちを恥て神聖騎士団除名の処分を受け入れた。その時、すべての後始末を行ったのは先生やったと聞いている」

「いかにもな。しかし、その義肢は今ここには無い」


 バクヤは静かに立ち上がる。その瞳は、真冬の星のように冷たく光っていた。


「どこにある、今は」

「妖精城」


 バクヤが低く呻いた。


「あれは人の手に委ねるには危険すぎる。エルフの管理下にあれば問題ない」

「妖精城への道を教えてくれ、先生」

「無駄だよ。エルフは人との関わりを持とうとしない。たとえ行けたとしてもエルフには会えない」

「しかし、先生は会えたんやろ」

「儂は魔導師マグナスと共に行ったからな。今マグナスは、行方不明だが」

「どうであろうと」


 バクヤの身体から気が立ち上る。


「おれは妖精城へ行く。どんなことをしても」


 ユンクは説得する為口を開こうとし、それに気付いた。エリウスである。エリウスから凄まじい気が発せられている。魔道の発現を思わせるような気の揺らぎがあるが、むろんそれは魔道では無い。

 ユンクは言葉を出すこともできず、エリウスを見つめた。その瞳の奥には金色の輝きが宿り、いつもの茫洋とした子供の表情ではなく魔族のように老いて邪悪な生き物のような笑みを浮かべている。それはあたかも王国の累積してきた邪悪な闇の部分がすべて、この少年の元へ降臨したかのようだ。

 エリウスは老人のように重い言葉で語りだした。バクヤもエリウスを見つめている。


「この娘を妖精城へ送るがいい。私と共に」


 それは、始まったとのと同じくらい唐突に終わった。エリウスの瞳の奥に生じた金色の光が消え、もとの無邪気な少年の顔が現れる。

 ユンクは、春の日差しのような笑みを浮かべたエリウスへ問いかける。


「エリウス、おまえ何を言ったのだ」

「僕もバクヤと一緒に妖精城へ行くんだよ」


 ユンクは、ため息をつき、エリウスを見つめたまま言った。


「よかろう。バクヤ、エリウスと共に妖精城へゆけ」

「ほう」


 バクヤは奇妙なものを見るように、エリウスを見た。


「この坊主と一緒にやて?」

「ああ、その子はエリウス・アレクサンドラ・アルクスルⅣ世。この大陸で最も古い王国の王子だよ」


 バクヤは目を剥いた。


「なんやて」

「その王子には不思議なところが多々ある。王子と共にゆけば、なんとかなるかもしれん。ただしな、もしおまえがメタルギミックスライムの義肢をコントロールできなければエルフはおまえを殺すぞ、バクヤ。おまえが生きて戻れる可能性はとても低い」


 バクヤは野性的な笑みをみせる。


「おれは生きて戻るさ。必ずな」


 ユンクはため息をつく。


「では妖精城への道を説明しよう。妖精城は物理的にこの地上へ存在している訳では、無い。いわゆる魔法的閉鎖空間と考えればよい。妖精城は地上との接点を持っていないわけではなく、アウグカルト山地にいけば何ヶ所かにその接点がある。ただし、接点へ行ったところで決められた時間でなければ妖精城への道は開かれない。決められた時間、つまり星々の位置が定められた位置にある時だ。

 バクヤよ、これからおまえにその接点の場所と、星の位置を教える」


◆          ◆


 死神の鎌のように冷たい冴えた輝きをみせる三日月が、夜空に輝く。森の中は太古の闇につつまれており、昏く静まりかえっていた。

 漆黒の髪のブラックソウルは冥界へ続く道のような山道で振り返る。


「なぜあんたらが必要かって?」


 ブラックソウルの背後には黒衣の男と、その男に影のように従っている女がいた。黒衣の男は冷酷な輝きを宿す眼差しで、ブラックソウルを見つめている。


「そうだ。まあ、おれは傭兵だから金さえもらえれればどこへでも行くがね。しかし、オーラには竜騎士がいるだろう。魔法的な戦いはやつらのほうが慣れているんじゃないのか」


 ブラックソウルは忌々しげに笑う。


「痛いところをついてくれるな、リード。やつらのコントロールは、おれの手にあまるのでね。竜騎士団は軍から独立した、全く別の組織だ。やつらは宗教組織だからな。魔族との戦いでないかぎり、やつらは動かない」


 リードと呼ばれた男は、皮肉な笑みを精悍な顔に浮かべる。その後ろの女は、仮面を被ったように無表情のままだ。


「忠告しておくがな、ブラックソウル。おれたちの能力はクワーヌの技術によって竜騎士の力を再現したものだ。まあ、いうなればイミテーションだ。確かにおれたちの能力は竜騎士に似ている。ただ、イミテーションだということを忘れるな」


 ブラックソウルは何が面白いのかクスクス笑うと、先へ進み出した。リードと彼に従う女性がその後ろに続く。闇に閉ざされた回廊のような森の道を通りすぎ、三人は丘陵に出た。

 丘陵の頂には、巨大な石の柱が立ち並んでいる。それは物言わぬ巨人たちが星明かりの下に、佇んでいるようであった。ブラックソウルたちはその丘陵の頂めざして坂を昇ってゆく。


「あれが、妖精城への道か」


 再びリードがブラックソウルへ問いかける。ブラックソウルは前を向いたまま応えた。


「そう、今宵あの場所に道が開く」


 ブラックソウルたちは巨大な石の柱の群に、近づいてゆく。天に聳える巨石は幾何学的に配置されており、古代の建築物の廃墟であることが窺える。

 冷たく輝く三日月の光で鬼火のように深紅の瞳を輝かす男が、ブラックソウルを出迎えた。ティエンロウである。


「今、フェイファが道を開き始めた所です。星が定められた位置に達するまで、もうしばらくかかるようですが」


 ブラックソウルは、ティエンロウの言葉に頷くと、その古代の遺跡の中へと入ってゆく。遺跡の中央には円形の野外劇場を思わす広場があり、その中心にフードつきのマントに身を包んだ者が立っている。フェイファのようだ。

 フェイファは護符のついた杖を掲げながら、呪文を唱えていた。ブラックソウルは少し離れたところからその様を見下ろしている。

 リードは皮肉な笑みをみせながら、ブラックソウルの横に立つ。


「ブラックソウル、あんたの人格破壊術がどれほどのものかは知らないが、おれがもしジュリアス・

コーネリウスならば、まずまともな道は教えないね。妖精城への道は幻獣たちに守られているとも聞く。多分、おまえらが開こうとしているのは、そうした道じゃないのか」


 ブラックソウルはその問いに、狼の笑みで応えた。


「おれもそう思うよ。その時こそあんたらの出番じゃないのか、リード。クワーヌを裏切った黒鋼騎士の実力を、見せてもらうことになるな」


 金属質の輝きを持つリードの瞳が、ブラックソウルを差し貫く。リードはふと目をそらすと、肩をすくめた。


「どうだかね。えらくものものしい部隊を用意してるじゃないか。機動甲冑か。エルフと戦争するつもりなのかい」


 リードの見つめるほうには、遺跡の中に黒々と蹲る鉄の塊たちがいる。それはオーラが保持する古代技術によってつくりあげられた兵器、機動甲冑であった。

 漆黒の装甲で表面を覆われたその機動甲冑は、巨大な蜘蛛のような八足の姿をしている。背中に盛り上がった部分がありそこが昆虫の羽根のように左右へ開く。その中に人がのり、その巨大な疑似生命体を操れる。

 十体のその機動甲冑は遺跡の影で、音を発することもなく待機していた。その戦力は、おそらく千人以上の通常装備の兵士に相当するだろう。

 ブラックソウルは涼しげに笑うと、リードに応える。


「エルフよりも、もう少しやっかいな相手と戦うことになりそうなのでね」

「ほう」


 リードは訝しげにブラックソウルを見る。


「どんな化け物だい、そいつは」

「神話だよ、おれたちと敵対しているのは」


 リードは苦笑いをする。


「例の甦った巨人のことを言っているのか」


 ブラックソウルは真面目な顔で頷いた。


「まあ、楽しみにさせてもらうよ」


 話しをしている間に、あたりには生き物のように蠢く霧が忍び寄っていた。霧は蒼白い光を放っている。

 その霧はフェイファが呪文を唱えている場所を中心に、水が沸き出すように発生していた。あたりは蒼白く輝く白い闇に閉ざされていく。

 遺跡の向こう側で、黒い固まりが動く気配がする。機動甲冑たちが移動を始めたようだ。ブラックソウルの元にティエンロウがやってくる。


「そろそろ道が開きます」


 ブラックソウルは頷くと、黒衣の男女を伴ってフェイファの元へ向かう。巨大な鋼鉄の蜘蛛の姿をした機動甲冑たちも集まってきた。

 燐光が渦巻いている。霧の吹き出す向こうには異界がある。そこに開けているのは、妖精城への道だった。

 フェイファが光を放つ杖を掲げ霧の中を歩み始める。その後ろにブラックソウルと黒衣の男女、ティエンロウが続く。さらにその背後で機動甲冑が移動していた。

 それは真白く輝く光の洞窟を歩いていくようだ。その白い蒼ざめた光は渦巻いている。その光の向こうには何か巨大な力が蠢く気配があった。

 フェイファに導かれて光の道を歩む一行は、自分たちが廃墟のある森を越えたらしいのに気づいている。そこはアイオーン界と現世の狭間にある道だった。

 やがて白い洞窟のような霧は薄れ始める。潮の引いた海面に岩が現れてくるように、銀色の影が浮き上がってきた。それは銀色の木のようである。

 乳灰色の薄闇の奥に煌めく銀色の木々は、次第に数が増えてゆく。それは銀色の結晶体が林立する幾何学的形態を持った森であった。

 フェイファは呪文を詠唱し、死者を導く精霊のように霧につつまれた銀の森を歩んでゆく。突然、雷鳴が轟くような音が響き渡った。獣の咆吼である。

 闇色の蜘蛛たちが走った。八足の機動甲冑がフェイファたちを囲むように円陣を作ってゆく。しかし、その円陣は閉じられることは無かった。

 金属の軋む音が響き、一体の機動甲冑の装甲が裂ける。鋭い鉤爪に引き裂かれるような傷が次々と装甲につけられてゆく。しかし、傷を負わすものの姿は見えない。

ただ、激しい獣の息づかいだけが何ものかの存在を示していた。

 引き裂かれた装甲の中から、兵士が引きずりだされる。悲鳴があがり、紅い血が飛沫いた。目に見えぬ獣の牙で抉られるように、兵士の身体が破壊される。


「リード」


 ブラックソウルが、うんざりしたように言った。咎める調子が多少含まれている。

リードは引き締まった口元に少し笑みを浮かべ、黒衣の女に眼差しを向けた。


「リリス」


 リリスと呼ばれた女は、一歩前へ踏み出す。それと同時に、左手を振った。その手先から黒い糸のようなものが放たれる。それは鋼鉄の糸であった。

 獣の咆吼が響く。それはじきに苦鳴に変わった。突然、破壊された機動甲冑のそばに、巨大な獣の頭が落ちる。

 それは灰色熊の頭部であった。ただ、その紅く輝く瞳が昆虫の複眼であることをのぞけば、灰色熊そのものである。

 暫くして、霧の中から頭部を失った灰色熊の胴体が姿を現した。リリスは、その身長が3メートル近くはありそうな巨大な灰色熊の首を切断した、鋼鉄の糸を手元へ戻す。地響きと共に巨大な獣の胴体が、地に倒れ伏した。

 ブラックソウルはため息とともに、リードを見る。リードは苦笑した。


「おれの反応が遅かったといいたいんだろ、ブラックソウル。ま、そう責めるなよ。あんただって身体を他の次元界に置いた状態で攻撃をしかけてくる幻獣がどんなものか見たかったんだろうが。次からはちゃんと防御するさ」


 ブラックソウルは無言のまま肩を竦めると、フェイファに再び歩み出すよう指示する。鋼鉄の蜘蛛たちは陣を解くと、後ろに退った。後には破壊された機動甲冑と死んだ兵士、幻獣の死骸が残されている。

 一行はフェイファに導かれ、銀の森をさらに奥へと入って行った。


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