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ワルキューレ シリーズ  作者: ヒルナギ
第二章 妖精城のワルキューレ

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第十三話 夜釣りの成果

 少女は絶望とともに、昏い夜空を見上げた。森の木々の裂け目から、闇色に輝く夜空が見える。少女は大の字になってその空を見上げていた。

 追っ手はもう、すぐ近くまで迫っているばずだ。逃げ続けてこの森まで来た。目的地はもうすぐそこにある。しかし、少女には、さらに逃げ続ける体力が残っていなかった。


(体が充分であれば)


 少女は思わず左腕を掴む。左手は肘から先が無く、残った上腕には包帯が巻かれていた。戦いで切り落とされたように見える。

 追っ手の数はせいぜい五人といったところか。両手があれば、戦って生きのびれる自信があった。しかし今は片腕で、しかも傷を負ってからそう日がたっていない為、体も充分に回復しているとはいえない。

 少女は死を覚悟した。


「やあ」


 少女はいきなり声をかけられ、驚きとともに身を起こす。人の近づく気配は感じなかった。それだけ自分が衰弱しているということか。


「何してるの、こんなところで」


 そののんびりとした声の主を、少女は見る。自分と同い年、十代半ばくらいの少年であった。星明かりでぼんやりと見るかぎりでは、天使の彫像を思わせる美しい顔だちの少年である。


「何してるて、あんたこそ何してるんや、こんなとこで?」


 少女の問いかけに、少年は呑気に答える。


「ああ、この先に湖があってね、夜釣りに行ってたんだ。僕はエリウスだよ。君の名前を教えてよ」


 少女は少年のあまりの警戒心のなさに、少し頭がとろいのかと思う。そののんびりした語り口に、多少苛立ってきていた。


「おれはバクヤ。なんでもええから、さっさと逃げたほうがええで。おれを追ってる山賊がもうすぐここへ来る。巻き添えをくわんように、はよ行き」

「ああ、山賊だったんだ」


 少年は闇に閉ざされた森を見ながら、まるで天候の話をするように呑気に語った。


「獲物を狙う狼みたいな殺気があったんで、何かと思ってたんだけど。五人だね。もうすぐそこまで来て様子をうかがってるよ」


 バクヤと名乗った少女は、あらためてそのエリウスという名の少年を見つめなおす。春の日向にいるようなほわんとした雰囲気に変わりはないが、闇に閉ざされた森が昼間のように見えているようだ。


「あんた、何者や」

「僕はエリウスだよ」


 相変わらずぼけた答えを返したエリウスは、釣り竿と魚の入った桶を傍らに置く。バクヤのそばに立ったエリウスは、全く緊張感が無くそのままあくびでもして眠りに落ちていきそうな雰囲気だ。


「来るよ」


 エリウスののんびりした声と同時に、三人の男たちが正面に姿を現す。黒装束に身を包み、顔にも黒い覆面をつけていた。闇の中で光を漏らさない配慮からか、手にした短刀は灰色に塗られている。

 バクヤはせめて刺し違えるつもりで、短刀を抜く。膝をついたままの体勢である。踏み込む相手の足を狙うつもりだ。

 エリウスは、くるりと振り返る。そこに同じような黒装束の男が二人出現した。短刀を手に飛び掛かろうとしてる。

 一瞬、エリウスの手元が光った。風が疾り抜ける。


「くうっ」


 男たちの苦鳴とともに、短刀を持った腕が二本、地面に落ちる。闇の中に鉄色の血飛沫が走った。

 エリウスは、再び振り向くと三人の男に向き合う。短刀を振りかざし飛び掛かろうとする男たちを、棒立ちで見つめる。ほんのわずかに、その腕が動いた。

 目に見えぬ鉈が宙を舞ったかのように、再び男たちの腕が切り落とされる。ほんのわずかの時間の間に、五人の男たちが利き腕を失うことになった。手を失った男たちは、闇の中に蹲る。


「血止めをはやくしないと死んじゃうよ。なんなら僕がしてあげようか」


 エリウスの呑気な言葉に促されるように、男たちは姿を消した。闇につつまれた森の中に残されたのは、流された血の後だけである。


「やれやれだ」


 そう呟きながら、エリウスは左手を胸元にあげる。その手には氷の破片のような水晶の刃があった。水晶の刃には糸がつけられており、その糸は左手の袖の中へ繋がっている。エリウスは小さな革の布きれを出すと、その表面を拭いはじめた。


「それはひょっとして」


 バクヤは驚きの声をあげる。


「水晶剣やないか」


 透明な水晶の刃を用いて、相手を切る技。その技自体はバクヤにとって馴染み深いものであったが、目の前の少し足りない少年がそれを操るということが驚きである。


「そうだよ。知ってるの」


 エリウスは、嬉しそうに応える。バクヤは立ち上がり、右手でエリウスの肩を掴んだ。


「その剣の使い方は誰になろたんや」

「先生だよ」


 バクヤは苛立ちを押さえて質問を続ける。


「その先生いうんは、誰や」

「ユンク先生だよ」


 バクヤの目が鋭く輝く。


「なあ、おれをその先生のところへ連れていってくれへんか」

「うん、いいよ」


 実にあっさりした返事に、バクヤはいいのだろうかと思う。そのなんの警戒心ももたない少年は、釣り竿と桶を手にするとついてくるようにと身ぶりで示した。


◆          ◆


「お主はてっきり夜釣りにいったものと思っていたが」


 痩せて魔法使いのような髭を生やした長身の老人であるユンクは、エリウスを見るなりそう言った。エリウスは、何が嬉しいのかほほ笑みながら答える。


「そうだよ、ほらちゃんと釣ってきたよ」


 桶の魚を見せられたユンクは、答えにつまる。


「いや、そうなんだろうが」


 ユンクはエリウスのつれて来た少女を見る。男の子のように黒い髪を短く刈り込んでおり、身につけている服もエリウスと大差の無い作業着である為、言われなければ性別はよく判らないだろう。

 しかし、その顔だちは整っておりもしもちゃんと髪を伸ばし、ちゃんとした衣装に身を包めばきっと素敵な少女になるだろうと思わせた。今は、ほほ笑む天使のように美しいエリウスのとなりに立っている為、どちらが少女か判らないところだ。


「その、あんたはバクヤといったかな」


 ユンクは、少女に向かって語りかける。


「そうや、おれはバクヤ・コーネリウス」


 少女の訛りのきつい言葉を聞き、ユンクの瞳が光りを帯びた。


「ほう、コーネリウスとな」

「ああ、先生の弟子のジュリアス・コーネリウスは、おれの父さんや。先生のことは、父さんからよう聞いてる」


 ユンクはほほ笑むと頷いた。


「まあ、座りなさい。エリウス、お茶でもいれてくれるか」


 エリウスは頷くと、奥へ行く。バクヤはユンクの前に腰を降ろすと、部屋を見回した。小高い丘の頂上にある小さなユンクの小屋は、様々な珍しいもので満ちている。

 東方のものと思われる複雑な幾何学模様を持った図判や、太古の叡知を未だに保持しているといわる知の大国クワーヌのものらしい実験器具が無造作におかれていた。何より目を引くのは大量に積み上げられた本である。当時貴重品といえた書物をこんなに大量に、こんなに無防備に放置されているのをバクヤは初めて見る。


「ではジュリアスの娘、バクヤよ。儂にどんな用があってここへ来たのか、話してくれるか」


 バクヤは、まっすぐユンクを見つめる。


「おれを、先生の弟子にしてほしいんや」

「ほう」


 ユンクは、真っすぐ見つめるバクヤの黒い瞳を、見つめ返した。


「なぜかね?」

「なぜいうて、ユンク流剣術を学びたいんや」


 ユンクはバクヤにほほ笑みかけると、顎髭をなでながら語りかける。


「ユンク流は知っているだろうが、王家のものが学ぶ剣術だ。その技はこの王国の秘密といえる。学びたいといわれても、そう簡単には教えられん。ジュリアスにそのことを聞かなかった訳ではあるまい」


 バクヤはたじろいだふうでもなく、真っすぐユンクを見つめたまま反論する。


「ヌース神聖騎士団に入れば、学べるのやろ」

「その通りだが、だれでも騎士になれる訳ではない。まず、動機を聞かせてもらおうか」


 バクヤは、暫く黙っていた。その間にお茶をいれたポットとカップを持ったエリウスが現れ、茶の支度をする。茶を注ぎ終わったエリウスは、ユンクのとなりに腰を降ろした。その時、ようやくバクヤが口を開く。


「先生の昔の弟子、ブラックソウルを殺したいんや」


 ユンクは無言で、茶を一口啜る。静かな夜であった。ずいぶん遠くのほうで、風が木をゆらす音がした。暫く間をおいた後、ユンクは穏やかに言った。


「なぜかな。なぜブラックソウルを殺したい」

「父さんと姉のレンファがあいつに殺されたからや」


 ユンクは深くため息をつく。その表情に変化は無い。ただ、黙って茶を味わっているようだ。長い沈黙の後、ようやくユンクは口を開く。


「茶を飲みなさい、バクヤ・コーネリウス。エリウスのいれる茶は美味いよ」


 バクヤは苛立った声で答える。


「先生、おれを弟子にしてくれるんか、どうなんや」


 ユンクは、目に硬い光りを宿してバクヤを見つめる。ユンクは何かを押さえ付けているかのような口調で話した。


「ブラックソウルを殺すべき者がいるとすれば、この儂だよ、嬢ちゃん。それは儂の仕事だ。譲る訳にはいかん」


 バクヤは右手をテーブルに叩きつけた。


「なんでや、あいつはおれの父さんとレンファを殺したんや。そしてあいつはおれの左手を切り落とした。あいつを殺す権利がおれにはある!」


 ユンクは最早、ほほ笑んではいない。王国最高の剣士と呼ばれるにふさわしい、鋭い目でバクヤを見つめた。


「では言わせてもらうが、片腕のおまえがどうあがいてもブラックソウルに匹敵する技を身につけれるとは思えん。また、バクヤよ、おまえもそのことを知っているだろう。ユンク流剣術を学んだところでブラックソウルには勝てないということを」


 バクヤは何かを言おうとしたが、口を閉ざし黙って頷いた。


「バクヤ・コーネリウス。まず何があったのかを詳しく聞かせてもらおう。ジュリアスは儂の弟子だ。おまえの言い方を借りれば儂にはそれを聞く権利があると思う。そして、おまえの本当の望みを聞かせてもらおう」


 バクヤは再び黙って頷いた。そして、ゆっくりと語り始める。


「おれの母さんのメイファ・コーネリウスは極東の大国カナンの秘密結社、ロウハンの一員や。父さんがヌース神聖騎士団の掟を破って騎士団を退団した時、誇り高いロウハンの一族は母さんの伴侶としてジュリアス・コーネリウスは相応しくないと判断した。騎士だからこそロウハンの気難しい長老たちも母さんとの結婚を許したんやけど、騎士の地位を不名誉な理由で失った男の元に母さんはおけないという話しになった。そこでおれと母さんはロウハンの一族の元にゆき、父さんとレンファは王国に残ることになった。ただ、年に一度だけロウハンの長老たちはおれと母さんが父さんとレンファに会うことを許してくれていた。ちょうど一月前や。おれが父さんに会うために王国に来たのは。今年は母さんが病で臥せって動けへんかったんで、おれ一人で王国に来た」


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