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ワルキューレ シリーズ  作者: ヒルナギ
第二章 妖精城のワルキューレ

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第十一話 純白の拳銃

 夜の支配者である月が、黄金の光で地を満たす。その夜は、闇で大地を覆うことを忘れたように、明るかった。

 レンファ・コーネリウスは、明かりを灯すことを忘れてしまいそうな月の光が差し込む窓辺で、手紙を読んでいる。それは、彼女の従姉妹であるイリス・コーネリウスからの手紙であった。

 イリスは、彼女が護衛としてつく事になった王子のことを書いている。伝説の偉大なる王の名を持つ王子、エリウスⅣ世のことを。

 レンファは、酷く奇妙な感覚を抱いた。何百年も昔のサーガに語られているような英雄が、甦ろうとしている。

 ふと、レンファの瞳が曇った。何かの気配が、外に感じられる。レンファは手紙を机に置き、引き出しから水晶剣を取り出した。

 蜻蛉の羽根のように、薄い水晶の刃。手のひらに収まる程の大きさの水晶剣は、革の鞘へ収まっている。レンファはその剣を、左の手首につけると部屋の扉へと向かう。

 屋敷の廊下は、しん、と静まり返っていた。この広い屋敷に、夜は彼女と彼女の父親であるジュリアス・コーネリウスの二人しかいない。

 不用心ではあるが、片田舎の古びた屋敷に忍び込む物好きな賊は、いなかった。

 特に剣の達人として有名なジュリアス・コーネリウスの屋敷ともなれば、むしろ避けて通るほどだ。

 レンファは優美な曲線を描く階段を下り、玄関ホールへと向かう。月明かりの仄かな光に満たされた玄関ホールへ、レンファは降り立つ。

 気配は、正面の扉の背後で酷く強まった。殺気に似たその気配に、レンファは思わず水晶剣を手のひらの中へ取り出す。

 たん、と扉が空いた。黒装束の影のような男たちがばらばらとホールへ入ってくる。その数は、10人近くだ。顔を墨のようなもので黒く塗っているらしく、男達の表情は伺えない。

 レンファは、水晶剣を放った。三日月型の透明な刃は、凍り付いた光のようにホールを飛ぶ。その剣はエルフの紡いだ絹糸で、レンファに操られる。

 ごとり、と黒い影が薄暮に出現したように、肘から先の腕が床へ落ちた。腕を落とされた男は苦鳴を押し殺しながら、腕を拾い下がってゆく。

 これで男たちは、丁度8人になったようだ。統率に乱れた様子もなく、レンファを取り囲む形で左右に展開する。

 盗賊を相手にする時は惨く斬れ、というのが父の教えであった。訓練されていない夜盗の類は、それで怯み逃げていく。結果的に流す血は、少なくて済むことになる。

 しかし、この男たちに乱れは無い。いわゆる野伏りというよりは、忍兵に近いようだ。それなら、別の手を取らねばならない。

 レンファが父に学んだユンク流剣術というものは、単なる剣技のみに閉じたものではなかった。格闘術、諜報術、本草学、治癒術から魔道、呪術を含む総合技術体系である。

 レンファは魔操糸と呼ばれる技を、使い始めた。魔道によってエルフの絹糸を操り、相手の動きを封じる技だ。できうる事なら男たちを生きたまま捕らえ、その意図を知りたいと思う。それに人を斬り殺す事に、レンファには躊躇いがある。人を斬ったことはあっても、殺したことは無い。

 この男たちを相手にするのであれば、殺さねばならい。彼女の父ジュリアスならば、躊躇わずにそうするだろう。レンファは、それが嫌だった。


「やめろ」


 一人の男が新たに戸口へ姿を現し、言い放った。その言葉に、糸を操るレンファの手が凍りつく。

 新雪を思わす白い髪が、月の光の中に浮かび上がる。その手の中には、白い拳銃が握られていた。骨のように白い銃身を月光に晒す、拳銃。

 レンファは拳銃を見るのは、初めてだった。一見似たような武器である、陶器の筒を火薬の力で発射する火砲は、拳銃と比べるとごく簡単な構造でできている。

 拳銃は火砲とちがい、鉄の固まりであった。オーラにてロキの支配下におかれているという、アースローズ協会。そのアースローズが持つ古代の技術を利用して、初めて作り出される武器である。6発の弾を収容する弾倉には雷管がつけられており、その雷管が撃鉄により与えられる衝撃で発火して弾倉内の火薬に火をつけ弾丸を発する仕組みだ。


「あんたの剣より、おれの銃のほうが速い。お嬢さん、あんたに勝ち目は無いよ」


 白髪の男の、言うとおりであった。殺すことを躊躇った瞬間に、レンファの敗北は決まっている。

 彼女が拳銃を持った男を斬ろうとすれば、命を取るしかない。それができないのであれば、死ぬのはレンファのほうだ。

 白髪の男が持つ白い拳銃から、妖気が立ち上るのを感じる。何らかの魔法が関与した武器である事は、間違いない。


「さて、まず剣を捨ててもらおうか、それから」

「やめておけ」


 白髪の男は突然声をかけられ、階段の最上段を見上げる。そこにいる初老の男こそ、この館の主ジュリアス・コーネリウスであった。

 白髪の男は、銃をコーネリウスへ向けようとする。


「既に、刃を風の中に潜ませてある。動けば首の血筋を裂く」

「はったりだろう」


 銃を手にした男は、反論しつつも、動けなかった。レンファに気を取られ、ジュリアスの出現に気付かなかった時点で、白髪の男は敗北していたといっていい。

 ジュリアスは、ゆっくりと階段を下ってゆく。痩せて長身のその老いた剣士は、未だ眼光鋭く、気力の衰えを感じさせない。猛禽のような殺気を漂わせ、ジュリアスはレンファの前に立つ。

 ジュリアスは皮肉な笑みを見せ、白髪の男に語りかけた。


「久しぶりの客だ。手厚くもてなしたいところだが。儂がジュリアス・コーネリウスと知って、この屋敷に来たのだな」

「そうだ」

「名乗ってもらおうか」


 少し躊躇いを見せる白髪の男に、ジュリアスは侮蔑の笑みを投げかけた。


「名乗れぬ程度の小物か、おまえは」

「おれの名は、ティエンロウだ」


 ジュリアスは、満足げに頷く。ジュリアスの放つ威圧感は、部屋の空気を砂に変えてしまったようだ。ティエンロウと名乗った白髪の男は、少し息苦しげにため息をつく。

 ジュリアスは、口の端を歪めて笑うと、語り始める。


「さて、ティエンロウ殿。おまえも儂の元に来るからには、ユンク流剣術の技を知っているのだろう。儂の技は不可視の水晶剣を高速で回転させ、空気の中に潜ませる技だ。この部屋の中には、既に十を越える刃を放ってある。一人でも動けば、おまえたちを殺す。よいな」

「嘘だ。剣など存在しない」


 ティエンロウは、ジュリアスに反論する。しかし、既に主導権はジュリアスに握られていた。剣の有無に関わらず、ティエンロウは銃を撃てない。ジュリアスの実力を、見切れないためだ。

 ティエンロウはジュリアスの術中に、はまりつつあった。


「確かに、儂は嘘をついてるのかもしれない。試してみるがいい、ティエンロウ殿。引き金をひけ。儂の言葉が嘘ならば、儂が死ぬ。そうでなければ、お主が死ぬ」


 ティエンロウの銃を持つ手に、緊張が走る。


「怯えておるな、ティエンロウ殿」

「違う!」


 ジュリアスの言葉に思わず叫び返したティエンロウであるが、その言葉とは裏腹に、額へ汗が滲んでいる。ティエンロウは、術中に落ちた。


「恥じることは無い、ティエンロウ殿。恐れているのは儂も同じ。お主と儂の技は互角。まずは銃を下ろせ、ティエンロウ殿。そうすれば、儂も剣を収める。互いに武器を収めて、話し合おうではないか。ここで血を流すのは、儂の本意ではない」


 ジュリアスは落ち着いて、誠実な口調で語りかける。ティエンロウの手が、少し震えた。


「さあ、ティエンロウ殿」


 突然、闇の中に哄笑が響いた。闇の中から狼の笑みを浮かべた男が、姿を現す。

 黒い髪の男が手を叩きながら、部屋へ入ってきた。ジュリアスは、ため息混じりで呟いた。


「ブラックソウル、おまえだったのか」


 ブラックソウルは陽気といってもいい、口調でジュリアスに語りかけた。


「さすがだ、ジュリアス・コーネリウス!ティエンロウが銃を降ろすのと同時に、斬りつけるつもりだったな。いいねぇ、さすがは、おれの兄弟子だよ」

「おまえは破門された。ブラックソウル、儂はおまえの兄弟子ではない」

「相変わらず堅いねあんたは、コーネリウス殿。さて、あわよくばティエンロウだけで片づけられるかと思ったが、やっぱりあんたの相手はおれのようだ」


 ジュリアスの顔から、表情が消えていた。黒い光のように放たれていた殺気も、すっかり影を潜めている。反対にブラックソウルは、とても楽しげだ。


「ブラックソウル、何の用だ。儂はもう神聖騎士団を退団してから、何年もたつ。儂から得られるものなぞ、何も無い」

「これがやっかいな時代になってね、あんたの知ってる事が必要になったんだ。妖精城への道をね、教えてもらいに来たのさ」


 ジュリアスの瞳が一瞬怪訝そうに、曇る。しかし、すぐに冬の冷気のような殺気が、甦ってきた。ブラックソウルの瞳がそれに応えるように、真夜中の太陽を思わす昏い輝きを放つ。


「無駄だ!コーネリウス殿」


 ブラックソウルの両方の手から、闇色の虹のような光が放たれた。それは、澄んだ音をたて、空気中に潜んでいたジュリアスの水晶剣を跳ね飛ばす。

 大気の中に水飛沫を散らしたように、薄い水晶の刃は闇色の光に回転を止められ姿を顕す。ジュリアスの水晶剣は撃ち落とされた蜻蛉のごとく、床へ落ちる。

 ブラックソウルの両の手には、太陽が沈んだ後の昏い海を思わす深い闇色の剣が姿を現した。その昏い色の薄く小さな剣を見たジュリアスは、呻く。


「闇水晶剣を、両手であやつるとは」


 闇水晶剣と呼ばれる、水晶剣よりさらに薄くさらに鋭い剣を操る技は、ユンク流剣術の究極奥義とされていた。その剣を操れる人間は、ユンク自身を除けば、その一番弟子であるケイン・アルフィスくらいのものである。

 しかし、ケインにしても、一度に一つの闇水晶剣を操るのがやっとであった。闇水晶剣を操る為には、通常の水晶剣を使う時よりも、遥かに多大な精神集中を必要とする。

 だが、使いこなしさえすれば、闇水晶剣は水晶剣の数倍の速度で空気を切り裂く。

又、その硬度においても、水晶剣を上回る。

 全ての剣をたたき落とされた今、ジュリアスには戦う術が無かった。ブラックソウルは相変わらず、楽しげな笑みを浮かべている。

 ジュリアスは敗北を知って尚、不敵な態度を崩さなかった。


「腕をあげたようだな、ブラックソウル。しかし、おまえにできることは、儂を殺すことだけだ。おまえに教えることなぞ、無い」


 ブラックソウルは、宴を楽しむように微笑みながら剣を手首の鞘へ納め、指を鳴らして待機している兵士たちへ合図する。黒装束の男たちが、レンファを押さえつけた。

 ブラックソウルは上機嫌で、ジュリアスへ語りかける。


「話したくないことを、教えてもらうやりかたは、色々ある。ユンク流剣術の体系の中にも、拷問術はある。しかし、おれは、おれ流でね」


 ティエンロウが、押さえつけられたレンファの前に立つ。にやにやと笑うと、レンファの着物を引き裂いた。レンファの悲鳴が上がる。


「やめろ」


 青白く燃える怒りを湛えた目で、ジュリアスはブラックソウルへ一歩踏み出す。

しかし、その体は魔操糸術に操られたエルフの絹糸で、絡めとられた。


「夜は長い。あんたの心が挫けるまで、ゆっくりやらせてもらうよ」


 ブラックソウルは狼の笑みで、ジュリアスの眼差しに応えた。


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