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ワルキューレ シリーズ  作者: ヒルナギ
第二章 妖精城のワルキューレ

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第七話 サルエルの砦

 砦を囲む森。森は、原始の闇に支配されている。月も、星も無く塗りつぶされたように昏い夜の下で、ギースはそう思った。

 夜の森。ギースの目の前のそれは、固形物のような闇で満たされていた。原始の、神々が果てしのない戦いを繰り広げていた時代。その魔法が圧倒的な力によって、世界を覆っていた時代の闇だと、ギースは思う。

 ユグドラシルを中心として、トラウスを囲む山稜。その円弧を描く山稜の外側に、サリエルの砦があった。ギースはその砦の入り口で、見張りをしている。

 この砦の位置からでは、天を覆う大樹といわれるユグドラシルを見ることができない。しかし、ギースは闇色の巨人のように聳える山稜を超えると、ユグドラシルが見えることを知っている。

 このサリエルの砦は、昔中原の各地から王国の首都トラウスへ向かうルートとして使用されていた街道の途中に、築かれていた。しかし、王国は戦乱の時代となりトラウスの力が衰退すると共にこの砦も忘れ去られてゆき、今では半ば廃墟となっている。

 ギースたちは、レッドソード団と呼ばれる盗賊であった。背後の砦の中庭では、略奪を終えたギースの仲間が祝杯をあげている。かつては王国の街道を守った砦も、今では盗賊の隠れ家にすぎない。

 本来、砦の入り口の見張りは、二人で行うものであるが、相棒は中庭の祝宴に行ったきり帰ってこない。この深夜に、闇に閉ざされた森を超えてまで砦へ来る者もいない為、見張りといってもあまり意味がないのだ。

 ギースは、背後の歓声を聞きながら、昏い森を見つめていた。太古より佇む巨人のような森の木。その木々を包む闇は、生きているように思える。

 森の闇は様々な生命の小さな囁きや、息吹に満ちていた。それは、夜の生き物たちの気配である。

 黒い水のように、森を満たす闇。原始的な生命体のように蠢く闇が、一瞬裂けた。

 ギースは、白い影を見る。

 気が付くと、目の前に彼女がいた。

 身の丈が、4メートルを超えるかのような、巨人。巨人の身につけた純白の鎧、純白のマントは、新雪のように汚れなく輝いている。黄金の炎を思わす髪に縁取られた巨人の顔は、神話の女神のごとき美貌であった。

 ギースは、闇を蹴散らして出現したようなその巨人を目の当たりにし、言葉を失う。砦も、森も、黒く塗りつぶされた夜空も全て、ギースの頭から消し飛んでいた。

 ギースの瞳の中には、巨人しかいない。白く輝く、巨人。その四肢は、巨人族にありがちな奇形的に歪んだところは無く、通常の人間以上に完璧な比率の肢体である。

 サファイアのように、青く輝く瞳はギースを見下ろしていた。その真冬の空を思わす輝きを持った瞳に、ギースはどう映っているのか。


「通るぞ」


 巨人は、あたり前のように、ギースの前を、通り過ぎようとする。ギースは、辛うじて声を出すことに成功した。


「待て!」


 巨人は、一瞬哀れむように、ギースを見る。しかし、すぐに青い瞳は冴え冴えとした冷たい輝きを取り戻す。

 一瞬、金属質の煌めきが、はしる。ギースは、黒い空を見ていた。心の中で、剣を抜こうとしたはずだと思う。身を起こすと、自分の足が視界に入った。下半身が、立っている。自分は、胴を両断され、地に倒れたのだ。

 ギースは、抜き身の剣を持つ、白い巨人を見た。巨人は、既にギースを見ていない。ギースは絶叫をあげようとしたが、意識は昏い闇に飲み込まれた。


◆          ◆


「この砦だな、ロキよ」


 巨人は、自分の背後へ声をかける。森の闇の一部が切り取られたような、漆黒の男がいた。ロキと呼ばれたその男は、闇色のマントと、やはり黒い色をした鍔広の帽子を身につけている。


「そうだ、フレヤよ。妖精族の王女は、ここに囚われている」


 フレヤと呼ばれた巨人は少し鼻をならすと、巨大な剣を振り上げ肩に担いだ。その剣は切っ先が戦斧のように平たくなった、半ばメイスのような、巨大な鉄材を思わす剣である。

 その無骨な外見に似合わず、ドワーフの鍛えたものに特有のきめ細かな輝きが、その剣にはあった。先程一人の人間の胴を両断したにも関わらず、繊細な光に曇りは無い。

 その剣を担いだまま、フレヤは歩き出す。砦の中庭へ向かって。


◆          ◆


 砦の中庭は、祝宴のただ中にあった。盗賊たちは、炎で炙った獣の肉を喰らい、浴びるように酒を呑んでいる。捕らえられてきた女たちは悲鳴をあげながら、男たちに組み敷かれていた。

 盗賊たちは、凶暴な笑い声をあげながら、あるものは、博打に興じ、別のものは女の柔肌を楽しんでいる。裸に剥かれた女が踊りを強制され、燃えさかる篝火のそばで、白い肌を手で隠し震えていた。

 中庭には男達の怒号と笑い声、女達の悲鳴が満ちている。中央で燃えさかる炎が、全てを紅く染めていた。

 揺らめく炎の輝きが、盗賊の男たちを魔物のように見せる。それは、あたかも魔族に呼び出された邪悪な精霊たちが繰り広げる、魔界の夜の饗宴に見えた。

 全裸に剥かれて震えていた女の一人が、盗賊の隙を見て逃げ出そうとする。男たちは、笑い声をあげながら女を追う。

 女は、丁度入ってきた白い巨人と鉢合わせた。女はその神の美しさをそなえた巨人を目の当たりにし、意識を失いその場に倒れる。

 巨人は、冴えた真冬の空を思わせる青い瞳で盗賊たちを、見下ろす。音が撃ち殺されたように、静寂が中庭を包んだ。白い巨人はゆっくりと、女を跨ぎ越す。

 美貌の巨人は砦の中庭に、降臨した女神のごとく立った。女を追っていた男たちは、呻きながら後ずさる。

 盗賊の男たちは、その場に凍りついた。その姿は、地上を蹂躙しているうちに天使と出会ってしまった邪悪な精霊を思わせる。古の神々の墓のような静寂につつまれた砦の中庭で、美貌の巨人が宣告するように言った。


「おまえたちの望みは、虫けらの生か、戦士としての死か?好きなほうを、選べ」


 盗賊たちは、かろうじて剣を手にとった。天上の美貌をもった真白き巨人に、男たちは魂を奪われている。

 魅入られたように、盗賊たちは剣を構えた。フレヤは、嘲るような笑みを浮かべる。フレヤの長大な剣が、天へ掲げられた。


「では、戦いの神に祈るがいい。最後まで戦士の誇りを、守りぬけるようにとな」


 フレヤの剣が、蒼い風となる。


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