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ワルキューレ シリーズ  作者: ヒルナギ
第二章 妖精城のワルキューレ

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第三話 白衣の騎士団

「大変です、オウラン様」


 嵐の過ぎ去った後の、穏やかな昼下がりであった。リンダが蒼ざめた顔で、部屋へ飛び込んでくる。オウランは縫い物の手を止め、ゆっくり立ち上がり玄関に立った。

 昨夜の強風が掃き清めたというかのように、青い空は無限の高みまで見透かせるほど透き通っている。澄んだガラスの輝きを思わす光が、空に残った雲の隙間から地上へ差していた。その光の下に、屍衣のごとく純白のマントを身に纏った者たちが佇んでいる。

 彼らは、のどかなスターデイルの田園風景の中に降り立った、ヌース神の戦闘機械である天使のようだ。ヌース神聖騎士団の精鋭6人が、オウランの目の前にいる。

その中には、昨日のイリス・コーネリウスもいた。

 彼らの騎士としての身分を現す純白のマント以外は、個性的な姿である。ある者は、深紅に染め上げた髪を空に向かって逆立て、またある者は、剃り上げた頭に色鮮やかな刺青を施していた。南国の浅黒い肌の者もいれば、死人のように蒼ざめた者もいる。

 人種も姿形もまちまちな者たちに共通しているのは、冬の夜空に煌めく星の光の冷たさを、その目に宿している事であった。

 一人が一歩前に出て、オウランの前に跪く。その者の額には、五芒星の刺青がある。


「ヌース神聖騎士団、ジャン・レヴィナスと申します。昨日は、イリスが失礼を致しました」


 オウランは、騎士たちを目の前にしても、変わらぬ笑みを見せる。


「いいえ、イリスさんは、とっても気持ちよくお話を聞いて下さいました。もう、何も言うことは、

残ってないのよ、お若い騎士さん」


 オウランの言葉にも、ジャンの表情は変わらない。


「私も、何も話す事はありません。私どもは、ただの護衛ですから」


 オウランが、息を呑む。木陰から現れた、その人を見た為だ。騎乗のその人の動きに合わせ、騎士たちが道をあける。その人は、馬から降りると、オウランの前へ立った。


「久しぶりだね、オウラン」


 栗色の長髪をかき上げると、王テリオスがオウランの前に立つ。きらきらと輝くブラウンの瞳は、3千年の歴史を持つ王国の王としてはあまりに無垢であり、汚れを知らぬように見える。しかし、口元に浮かぶ笑みは、したたかで抜け目なく、しぶとい性格の持ち主のものだ。

 半ば少年、半ば老人のように見えるその王は、言葉を失ったオウランに悪戯っ子のように微笑みかけた。


「どうしたの、オウラン。もう、昔のように愛を囁いてはくれないの?」


 オウランの頬に、血が上る。それを見たテリオスは、ますます楽しげに笑った。


「怒ったね、オウラン。けど言っておくが、君を追放した時には私も若くて力がなかった。私の意志など、大した価値をもたなかったんだよ。まあ、今もそうなんだけどね。私は、今も昔も変わらず、君を愛しているよ」

「よく、そんなことが言えますね」


 オウランの顔は、赤みをとおりこして、蒼ざめている。テリオスは、両手を広げ、優しげに首を振った。


「まあ、怒るのはしかたない。でも、君を愛しているのは、事実だからしょうがないんだ。嘘のつけない性格でね。理不尽だと思うかい。そうだろうね。だいたい、何千年も続いた王国の政治なんて、理不尽の固まりみたいなもんさ。僕なんて、朝おきて眠るまで理不尽じゃないと思う事は、ないね」


 オウランは、一つ息をつく。そして、きっぱりと言った。


「私を愛しているなら、帰ってください。あなたの世界へ。あなた方の理不尽に巻き込まないで」

「そうしてもいい。しかし、僕には相変わらず大した力はない」


 テリオスはもう、笑っていない。


「君には、この谷を血で染める覚悟があるのか?」


 オウランは、寂しげに笑う。しばらく誰も、口を聞かなかった。春先の暖かな日差しが、あたりに満ちている。穏やかな風が、木々を揺らす。空高く、小鳥が囀る。

 オウランは、ようやく口をひらく。


「エリウスをお渡しします、お望みの通り」

「ありがとう、オウラン」

「ただ、私はここに残ります」

「馬鹿な」


 テリオスの顔が、曇る。


「なぜ、そんな事を」

「あの子は、必ずここへ帰ってきます。その時まで、ここを守っておく必要があります」

「待てよ、僕は君を愛している。僕はどうなる」


 オウランは、少しうんざりしたように言った。


「あなたも、一つくらいは、痛みを味わいなさい」


 そう言い終えると、背を向け家にむかって歩みだそうとした。その瞬間、オウランは、神の手で時を止められたように、動きを止める。いや、そこにいる者たちひとりのこらず、蒼ざめた竜の吐息によって凍りつかされたように、立ちすくんだ。

そして、世界そのものが息を呑んだように、静まりかえる。

 その時、家から歩み出てきたのは、エリウスであった。時の止まった世界でただ一人動いているように、王たちへ向かって歩いてくる。

 そこにいる者たちが凍りついたのは、その美貌の為だった。王国が3千年の時をかけ、丹精に育てあげた黒い夜の夢のような、その髪、その瞳。十五年間、エリウスを育ててきたオウランですら、いやオウランだからこそ、そのエリウスが別人ではないかと怪しんだ。

 その少年は、中原で最も古い王国がその昏い夢の中で育んだ、黒く妖しく美しい花である。血と死を吸い、黒い金剛石のような美しさを磨いてきた闇の薔薇。幼子のあどけない純真さを持ち、いかな修羅場をくぐり抜けてきた王でも持ちえないような、威厳が少年にはあった。

 そして、何よりその場にいた人々に畏怖を与えたのは、その漆黒の瞳の奥に映し出された黄金の輝きである。それは、魔族の与えた刻印のごとく、冥界の昏き闇に咲く黄金の花の煌めきが、その少年の瞳にはあった。

 その少年はまさにエリウスであったが、昨日までのエリウスとは別人である事は間違いない。

 テリオスは、一切の怪異を目に止めなかったように、目の前に来た王子に声をかける。


「やあ、我が子よ」

「出迎え、ご苦労です」


 その少年の言い方は、老いた者が若者をいたわるようであった。テリオスは、皮肉な笑みを浮かべる。


「おいで、坊や」


 テリオスは、少年を抱き上げ馬にのせる。その後ろに、テリオスが跨る。


「やあ、空がきれいだ」


 その少年の呟きに、一斉にため息がもれた。それは、いつもの十五歳の少年の声である。その姿は、オウランがいつも見慣れた、野山を駆け回る少年、エリウスのものであった。その瞳からは、死せる女神の血が一滴落とされたような、黄金の光は失われている。

 オウランは、首を振る。今しがた見た真昼の白昼夢を、振り払おうとするように。

テリオスの馬が歩きだし、白衣の騎士たちがそれに続く。

 いつも通りの、穏やかな昼下がりであった。



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