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ワルキューレ シリーズ  作者: ヒルナギ
第二章 妖精城のワルキューレ

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第一話 王の名を持つもの

 天空に輝くサファイアを埋め込んだような、青い空が広がっている。空の高みは微かに昏く蒼ざめており、他界へ溶けこんでいくように見えた。

 黒い瞳の少年は、谷底を見おろす。大地に穿たれた傷痕のように見えるその谷の底には、少年の住む村、スターデイルと呼ばれる地がある。少年は振り向くと、尾根筋を、昇ってゆく。

 切り立った斜面を登り切った所に、開けた場所があった。そこは、太古の城壁に囲われている。少年は、その半ば崩れた城壁が、天空から見おろせば五芒星の形を成していることを、知っていた。

 少年は、崩れた壁の切れ目より、太古の遺跡の中へと入ってゆく。山上の風は少年の頬を、母親のように優しく撫でて通りすぎる。見渡せば、ミルプラトー山地と呼ばれる山々が、聳え立つ巨神のように回りを囲んでいた。

 城壁の中は、崩れかけたアーチや、円柱が並び、それらの間から木々の聳える、無秩序な庭園のようである。かつては、巨大な尖塔が立っていたであろう土台や、地下へつながる階段があちこちにあり、かなり規模の大きな城塞があったものと、想像できた。

 おそらく暗黒時代が訪れ、王国が崩壊する前の建物だと思われる。なぜこんな山上に城塞を築いたのか、今となっては、誰にも判らない。

 少年は瓦礫を乗り越え、中心部へと進んでいく。天空を疾駆し、魔物を駆り立てる武神の彫像が、半ば崩れ落ちた顔で少年を見おろす。大地を腕に抱く、地母神の彫像が、崩れおちた地面から少年を見上げる。

 辺りは色とりどりの、花や木の実に溢れており、今この城塞の主は、自然の草花や、小動物達であった。少年は、迷路となった庭園のような遺跡の中を、迷うことなく進んで行く。ここには、ある種の薬草をとる為、少年は何度も訪れている。

 その五芒星をなす廃虚の中心付近で、少年はめざす薬草を見つけた。少年が薬草に手を伸ばそうとした時、背後から声がかかった。


「そこに、誰かいるのか」


 少年は、ゆっくり振り向く。黒い、陽光を浴びて、ダーククリスタルのように輝く瞳が、背後の繁みを見つめた。その瞳は、茫洋として、夢見心地である。少年は、一歩踏み出す。星もなく、闇に閉ざされた夜空のように黒い髪が、風にゆれる。

 繁みの中には、確かに人の姿があった。その人は、身体に草花や、蔦がからみついており、植物の一部のように見える。

 少年は、ゆっくりと歩みより、その人影の前に立つ。口元に夢見るような笑みを浮かべ、春の日差しのように慈愛にみちた眼差しで、その人影を見おろす。その様は、公園でひっそり咲く小さな花を愛でる老人を、思わせた。

 繁みに埋もれた人影は、ゆっくり身をおこす。あちこち裂けた、風雨に晒され汚れたマントを身に纏った様は、立ち上がった廃虚のように見える。

 灰色の髪の下の顔は、傷痕のような深い皺に埋め尽くされた、老人のものであった。少年には、その男が、どれ程年老いているのか、見当もつかない。

 そして、その男の本来二つの眼があるべき場所には、闇夜のように昏く深い傷跡があるだけであった。その男の瞳は、何者かによって、あるいは、自らの手によって抉りとられている。

 その男は痩せ細り、皺に覆われた両の手に杖を持ち、立ち上がっていた。やさしい風が、男を慰めるように吹き抜け、その灰色の髪をゆらす。少年はただ茫洋とした笑みを浮かべ、男の前に立ち尽くしていた。


「そこに、誰かいるのだな」


 男は、独り言のように、繰り返した。


「あまり夢ばかり繰り返して見たせいで、幻と現実の区別がつかなくなった。いや、お前も私の夢、いや、この私が夢かもしれない。いや、いや」


 男は、意味不明のことを呟く。熱病に犯された者のように、男は呟き続けた。


「お前を見つけたということは、私の旅は終わったのか。いや、とっくに旅は終わっていたのだが、それでも私の枷ははずされなかった。いや、とっくに私は、捨て去られていた」


 男は、顔を少年に向けていった。


「名を、教えてくれ、お前の名を」


 少年は、素直な声で答えた。


「エリウス。エリウス・トン・トラディショナル」


 盲目の男の顔が、一瞬固まった。まるで、自分の問に対する答が、返ってくるべきでは無かった、とでもいうように。


「どうしたことだ、これは」


 盲目の男が、振り絞るようにして、ようやく口をきいた。


「こんな所で、古の偉大なる王の名を持つ者と出会うとは。そういうことか、そういうことだったのか!なんと恐ろしい」


 盲目の男は、力なく首を振る。その杖を持つ両手は、小刻みに震えていた。エリウスと名乗った少年は、闇色の髪を風に靡かせ、春の日差しのような笑みうかべたまま、小首をかしげる。


「エリウスよ、お前にこれを与えよう。おそらく、これは、お前が持つべきものだからな」


 盲目の男は、懐に手をいれると、金色に輝く指輪をとり出した。それは、夜空に輝く月の光を凝固させ造りあげたような、冴えた煌めきを持つ金属である。

 盲目の男は、無造作に指輪を手から落とした。エリウスは、水滴を手でうけるように、そっとその指輪を手の平に受ける。その黒曜石のごとき黒い瞳は、煌めく指輪を見つめ、闇色の宝石のように輝く。


「ゆけ、古の最も偉大な王の名を持つものよ。その名にふさわしい運命を、その指輪が与えてくれる」


 語り終えると、盲目の男は、力つきたように、元の繁みの中へうずくまった。再び、廃虚の一部と化したように、動かなくなる。おそらく、鳥や、野鼠がその頭の上を通りすぎても、その男は動かないだろうと、感じさせた。

 エリウスは、始めからその男が廃虚の一部であったかのように、その存在を受け入れ、振り返ると、薬草の収拾を始める。天空に輝く日差しは、ようやく真昼の訪れを告げていた。そして聳え立つ神々のような、蒼ざめた山々が、総てを見おろしている。


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