第十六話 オーラの機動甲冑
ブラックソウルは慈父のように、微笑んだ。
「ほう、いったいいつの間に?」
「たった今ですよ」
巨大な獣達が、どこか地下奥深い所で目覚め、唸りをあげ始めたように、その瞬間空気が蠢いた。宮殿自体が巨大な生き物であり、その生き物が息を吹き替えしたように、奇妙な波動が地底より立ち昇ってゆく。
「それでこの宮殿を、支配したつもりかね」
クラウスは、いたずらをした子供を見つめる親のように、笑っている。ドルーズは平然と笑みを返す。
「さてね。この宮殿の存在する空間、これ自体が、我々の生きる宇宙から切り放された、虚空としての小宇宙といえます。その小宇宙に意志があり、その意志が邪神ゴラースになるのですが、この小宇宙は様々な物理的接点を我々の宇宙に持っています」
ドルーズは、教義を伝導する信徒のように、語った。
「つまり、無数の次元回廊というべきものがあり、その接点としてこの小宇宙がある。例えば、こんなふうに」
ドルーズの足元に、五芒星が輝いた。空気の焦げる臭いが、あたりに立ちこめる。
礼拝堂全体が電気を帯びたように、透明な輝きが拡散した。
「貴様、」
クラウスが呻いた。
「ゴラースの道を開いたな」
ドルーズは夢見る乙女のように、美しく微笑んだ。礼拝堂の中に、エネルギーの塊が生じていく。それは、白く輝く光の球体となり、クラウスの回りを囲んだ。
光の球体は、全部で五つある。ドルーズは黒衣に包まれた右手を上げ、さっと降ろす。それと同時に、輝く球体はガラスが砕けるように拡散し、光の中から青灰色に光る鋼の巨人が姿を現した。
「機動甲冑だと!」
クラウスが、呻くように言った。
五体の鋼の巨人は、フレヤとほぼ同じ背丈である。その体の厚みは、フレヤの倍以上あった。鋼の巨人達は、その手に持つ4メートルはある槍を、クラウスに向けて構える。
「貴様ら!」
クラウスは叫んだ。しかし、魔導の力を使う暇は無かった。五本の長大な鉄柱のような槍が、クラウスの体を貫く。真紅の血が、漆黒の肌の上に散る。
「なめたまねを」
クラウスの金色の瞳は、死んでいない。むしろ、激しい怒りに燃え盛っている。
ドルーズは親しい友人を見るように、クラウスの視線を受けとめた。
「さようなら、旧世界の支配者」
クラウスは、両手を天に掲げる。目映い極彩色の球体が、出現した。青灰色をした鋼の巨人達は、光を受けその姿が霞み始める。異界への扉が開こうとしていた。
ドルーズはその様を、嘲るような笑みを浮かべて見ている。再びドルーズの手が天を指し、振り降ろされた。六つ目の光の球が、クラウスの眼前に出現する。
「おおっ」
クラウスは咆哮した。白い光が弾け、闇を纏ったような黒い鋼の巨人が姿を現す。
漆黒の巨人を目の前にし、クラウスは最後の力を振り絞った。空間が歪み、無限に変化していく光の渦が巻き起こる。漆黒の巨人は、光の渦を断ち切るように、巨大な鋼の剣を振るった。
黄金に輝く髪を頂いたクラウスの頭が、地に墜ちる。輝く月が、黒い太陽の前で地の底へと沈んでいくように。
潮が退くように、張りつめていた緊張が解かれた。空間に満ちていたエネルギーは、すでに消えている。聖拝堂には、元の静寂が戻った。
鋼の巨人達は、フレヤのほうを向く。白衣のフレヤは、剣を抜いた。漆黒の巨大な甲冑の前面が開き、人間の女が姿を現す。ジゼルであった。ジゼルは荒野を駆ける獣のように気高い瞳で、フレヤを見る。
「女トロール、お前を見せ物小屋に送るのは諦めた。ここで殺してやるよ」
「機動甲冑とは、呆れたものを持ち出したな、虫けらの女王」
機動甲冑は、それ自体が亜生命体である。鉄の表皮を持つ、ある種の甲虫が巨大に進化した姿であった。それは、古の王国の秘技が産みだした、古代兵器である。
四百年前の、暗黒王ガルンの侵攻により、王国が崩壊した為、古代の秘技も失われてしまった。しかし、古代兵器のいくつかは、オーラの武器庫に残っている。ジゼルの乗っているのは、そうした物の一つであった。
人工進化により創り出された古代兵器は、自分自身の意志は持たず、乗り手の意志に従うこととなる。その体内に持つ空洞に乗り手を納めた機動甲冑は、繊細な触手を乗り手の体へ這わす。触手は乗り手の皮膚に溶け込み、その神経電流を機動甲冑へ伝える。機動甲冑の脳は乗り手の意志を感じとり、あたかも乗り手の四肢のように自在に動くのだ。
ジゼルは、夜を纏ったような黒衣で、漆黒の機動甲冑の中に収まっている。ジゼルは、狼のように笑った。
「こんな大層なものは趣味に合わぬ、しかし、貴様と戦うには必要だからな」
フレヤは哄笑した。
「それで互角になったつもりか、矮小な体にはりぼてを纏った姿は滑稽なだけだぞ」
「すぐに黙らせてやるよ、女トロール」
黒い装甲が降り、ジゼルは再び機動甲冑の中へと戻った。青灰色の鋼の巨人達が、フレヤを囲む。フレヤは楽しげに微笑んだ。
「お前をここで殺せるとは、礼を言いたくなる程だよ、虫の女王」




