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ワルキューレ シリーズ  作者: ヒルナギ
第一章 雪原のワルキューレ

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第十二話 魔導師の棺

 それは、巨大な吹き抜けであった。円筒の吹き抜けが、遥かに深い奈落の底から、ノースブレイド山の底部に向かって突き抜けている。

 ブラックソウルの一行は、その吹き抜けの周辺を、螺旋状に下ってゆく階段にいた。ジークが階段から身を乗りだし、地下を眺める。巨大な砲身の中に、いるようだ。

 その、定かに見ることのできない暗く深い地底には、確かに何か居る。その邪悪な気配は、まるで火山の火口から、立ち昇ってくる熱気のように、ジークの顔をうつ。


「あまり、覗きこまないほうが、いいわよ」


 灰色のマントに身を包んだクリスが、声をかける。


「この奈落の底には、あの邪神ゴラースがいるわ。ゴラースは、目覚めようとしている。へたをすれば、魂を引きずり込まれるわよ」


 ジークは晴れた空のように青い瞳を輝かせ、笑った。


「おっかないところだね。でも、おれは魂なんてないから平気さ」

「馬鹿いいなさい」


 クリスがあきれ顔になる。


「本当だよ。おれ唯物論を信じているから」

「この馬鹿は、ほっといていいです」


 ケインが口をはさむ。

 その時、背後から人の近づいてくる気配があり、一番後ろにいたクリスが振り向く。アニムスであった。


「ブラックソウル様」


 声をかけられ、ブラックソウルが振り向く。


「ドルーズは、魔族の魔導師をしとめました。ただ、体力を使い果たし、動けませんが」


 ブラックソウルは、少し微笑んだ。


「まあ、いい。帰りにひろうさ」

「ブラックソウル様」


 クリスが言った。


「ドルーズは、ここで片づけておくべきでしょう。今が彼を倒せる、唯一の機会かもしれません」


 ブラックソウルの瞳が、くらく煌めく。


「おれに指図するのか?」


 クリスは無言で、ブラックソウルを見つめる。ブラックソウルは、クリスに微笑みかけた。


「我々の目的は、黄金の林檎だ。ゴラースにもジゼルの野望にも興味はない。やつらが、たとえオーラを魔力で蹂躙したとしても、どうでもいいことだ。この手に黄金の林檎があればな」

「判りました、ブラックソウル様」


 ブラックソウルはクリスに頷いてみせると、先へ進み出す。ブラックソウル達の一行は、巨大な縦穴の周囲を回る階段を、下へ下へと降りてゆく。

 あたりを覆う薄闇がしだいに濃くなり、冷気と瘴気が合わさったような、闇のものの気配が強くなってきたころ、階段の終着点にたどり着いた。そこには、巨大な鉄の扉がある。その扉には、半神半獣の姿が、浮き彫りにされていた。

 フレディとアニムスがその扉に手をかけ、開けようとする。その巨大な扉は、悲鳴をおもわす、甲高い軋み音をたてて、ゆっくりと開いていった。

 重々しい音が響き、扉は止まる。そこは、清浄な青い光に満ちた、礼拝堂のような場所であった。ブラックソウル達は、そこへ、足を踏み入れる。

 緩やかな曲線を描く円柱が二列に並び、真っ直ぐ奥へと続いていた。ブラックソウル達は、その円柱の間を進む。正面には、聖壇の上に棺が置かれており、その後ろには荘厳な壁画が描かれている。それは、かつて黄金の林檎の光が地上に満ち溢れていた時代の、光景であった。

 金色の光を放つ黄金の林檎の回りには、歪んだ体を持つキメラや、青銅の色に輝く鱗に身を覆った竜、完璧な美を備えた真人である巨人達、そして、漆黒の肌に輝く黄金色の髪を持つ魔族がいた。それは、ノスタルジィと憧憬、そして夢見るような安らぎに満ちた世界である。そこに描かれた世界こそ、原初の黄金時代といえた。


「ここか、魔族最大の魔導師といわれる、クラウスの眠る場所は」


 ブラックソウルが、呟くように言った。聖壇を登り、棺の前に立つ。その口元は、不遜な笑みを浮かべ、瞳は挑むように、煌めく。かつて人類を家畜として支配した魔族に対する畏れは、微塵もなかった。

 ブラックソウルは、棺に足をかける。そして、言った。


「クリス、頼むぞ」

「は?」

「クラウスに、起きてもらわねばな。そうしないと、黄金の林檎を、どこにやったのか教えてもらえまい。クラウスの精神へ呼びかけて、目覚めさせてくれ」

「はい」


 そう応えたクリスの顔は、蒼ざめている。クリスは、蒼白の、しかし決意に満ちた顔で、聖壇のブラックソウルの横へ、上がった。


「ここは、任せる」


 嘲るような笑みをクリスに投げかけ、ブラックソウルは聖壇をおりた。


「さて、我が友人たち、ケイン君に、ジーク君」


 ブラックソウルは、ケイン達に向かい、言った。


「ここで我々の旅は、終わりだ。幸い何事も起こらず、君達の手を借りることもなかった。そこでだ」


 ブラックソウルは、邪悪な笑みをみせる。


「選ばせてあげよう、君達に。私がこれからクラウスから聞き出す話は、君達に聞いて欲しくない。どちらがいいかね、ここで我々と戦って死ぬか、この上の階で魔族と戦って死ぬか?」

「そういうことなら」


 ケインは獣のように笑う。


「あんたらを殺して、そのユグドラシルの枝から作った木刀をいただくよ。そして、この先へ進む。どうだい?」

「残念だったね、ブラックソウルさん」


 ジークが朗らかに言った。


「おれ達は、無敵なんだよね、人間相手なら」

「さて、どうかな」


 ブラックソウルは無言で、フレディに合図を送る。フレディは、ジークの前に立った。フレディは、入れ墨で隈どられた魔神のような顔に、笑みをみせる。


「嬉しいね、無敵を名乗る強い男と戦えるとは」


 そういうと、腰の木刀をはずす。もう一方の腰につけた、通常の長剣はそのままだ。木刀を傍らに置くと、フレディは構えをとる。


「始めようか、無敵の男よ」


 ケインは、アニムスを見て言った。


「ということは、おれの相手はあんたかい」

「いや」


 ブラックソウルが、楽しそうに言った。


「アニムスにあんたの相手は荷がかちすぎる。おれが相手になろう」

「ほう」


 ケインは、値踏みするようにブラックソウルを見る。どの程度の実力かは判らないが、ケインの技を見抜いているようだ。おそらく、魔族のいた広間で、闇水晶剣を手にしているところを、見られたのだろう。

 ケインがユンク流の剣技の使い手だと知り、なお戦いを挑んで勝てると思っているのなら、相当な技の持ち主のはずである。ケインは、間合いを測りながら、ゆっくり歩く。


「おっかないね、あんたは」


 ケインは、ブラックソウルに向かって言った。普通、戦いが始まる前というものは、独特の緊張と不安があるものだ。命のやりとりをやるのであれば、どんなに場数を踏もうと、気持ちの昴ぶりは抑えきれない。しかし、目の前のブラックソウルは、緊張のかけらも感じさせない、リラックスした笑みを見せている。

 もしそれが、見せかけだけで無いのなら、ケインは、とてつもない怪物を相手にしていることになる。


(こりゃあ、いきなり本気だすしか、無いな)



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