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ワルキューレ シリーズ  作者: ヒルナギ
第一章 雪原のワルキューレ
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第一話 ライゴールの雪原

 雪原には容赦のない陽の光が、振りそそいでいた。

 真白く輝く雪原には、死体が横たわっている。それは、銀の海に漂う黒い魚達のようにも見えた。そして輝く雪原につけられた染みのような血は、光の中におちた昏い影のように見える。

 中原の遥か東北、このラーゴスの山中にて、戦いはすでに終結しつつあった。横たわっている死体の大半は蛮族のものである。彼らは、戦いと略奪の中で生活し、戦場にて死ぬことを誉れとする種族であった。

 蛮族達を罠にかけ、全滅させたのは北方の文明国、ライゴールの戦士達である。

彼らの目的は蛮族を排除することと、彼らの首領を生け捕りにすることであった。

そして、鋼の鎧で武装した彼らは目的を達しつつある。最後に残ったのは、蛮族の首領のみであった。

 ライゴールの兵は、自分たちの対峙している相手が追いつめられているとは思っていない。むしろ、自分たちこそが、怒れる神に差し出された生け贄だと思えた。

そう、彼らの戦おうとしているのは蛮族の王ではなく、血に飢えた戦いの武神に見えたのだ。

 血塗られた剣を構えたライゴールの兵達が囲んでいるその相手は、身のたけが4メートルはある巨人であった。その巨人は通常の巨人族にありがちな、身体の歪んだ部分が全くなかった。その四肢のバランスは美の化身といってもいいほど見事である。

 その巨人は女性であった。白銀の鎧の上に、純白のマントを羽織った真白き巨人は、輝く黄金色の髪を風になびかせ、美の女神のごとき美しい顔を怒りで曇らせている。

 彼女の持つのは2メートル以上ある長大な剣であった。常人であれば二人がかりでも持てないような巨大な剣を、片手で軽々と持っている。そしてその剣は存分にライゴール兵の血を、吸っていた。

 兵士達は完全に魅了されている。その美しく強大な、死の女神に。彼女は雪原を吹き渡り、生きるものを死滅しつくす、山上の吹雪であった。その剣は凍てついた猛風であり、青く怒りに燃える瞳は兵士たちの魂を氷つかせる。

 ライゴール兵の隊長が、気をとりなおし、叫んだ。


「怯むな、おまえ達、隊形を整えなおせ!俺とミカウの隊が正面、オーリの隊が右、ギルの隊が左だ。コーウェン、後ろに回り込め、一斉に攻撃するぞ!」


 隊長の声にしたがって、三人一組の小隊が体勢を整え、布陣をとる。

 そのとき、美しき巨人が哄笑した。兵士達の動きが止まる。


「愚かな、なぜ逃げ出さない。死ぬぞ、貴様ら」


 怒りに燃える瞳を持った巨人は、笑顔で言った。


「おまえ達、か弱き小人ども、死ぬのか?ここで」


 正面に立ったライゴール兵の隊長は、剣をふりあげ、叫ぼうとする。巨人はその時、動いた。

 まるで天上から落ちる雷のごとく、剣が振り降ろされる。巨人の振るう剣は、渓谷を抜ける突風のごとき速さで走り抜けた。

 巨人族にありがちな緩慢な動作とは無縁の、むしろ常人の数倍速い動きである。

 ライゴール兵の隊長は一瞬、視界が真っ青になったのに驚く。彼が、その青が晴れ渡った空だと気がついた時には、絶命していた。巨人の剣は彼の右肩から入り、左脇下から抜けている。剣の動きがあまりに速かったため、苦痛すら感じる暇はなかったはずだ。

 巨人の剣は容赦なく、猛威を振るった。振り降ろされた剣が再度ふり上げられる時には、二人の兵を跳ね飛ばし、死の稲妻としてふり降ろされた時には、三人の兵士が、首を跳ねられている。

 巨人は踊るように、動いた。巨大な身体は、風に舞うように、軽々と動く。それはまさに、死をもたらす真白き暴風であった。兵士は自分の剣で巨人の剣を、受けようとしたが、全く無意味であった。

 兵士の持つ長剣は、枯れ枝のように青白い火花を発して、折れた。兵士は魅いられた表情のまま、頭部を粉砕され、死んだ。

 兵士達の死体は、あたかも子供が紙人形を切り刻んだ後のように、切断されころがっている。身を守る鎧は、全く役に立たず、紙のように巨人の剣に切断されていた。

 最後に残ったコーウェンは、自分自身の死を見上げた。彼女は天上に住まう女性戦士、ワルキューレのごとく美しく微笑んでいる。

 青く輝く空の下で、燃える太陽のように美しい金髪が舞い、蒼ざめた剣は天を貫くがごとく、高く高く振り上げられた。


(ああ、俺は伝説の中で死ぬんだ)


 コーウェンは脈絡も無くそう思った。目の前の美しい巨人はまさに、伝説の詩歌の中の存在である。

 ごっ、と風が鳴いた。コーウェンの首は宙を舞い、コーウェンは陶酔の中で死んだ。

 巨人は、死体の輪の中から、歩みだす。

 巨人は聞いた。風の中に、さらに大きな部隊が移動する音が混ざっているのを。

 彼女は血塗られた剣を納めぬまま、走り出す。新たなる生け贄達をもとめて。巨人の動きにより風が動いた。

 雪原を雪を蹴立てながら、騎馬部隊が移動している。百騎以上はいるその部隊の先頭には、漆黒の鎧に身を包んだ女戦士がいた。彼女がライゴールの王、ジゼルである。ジゼルは白銀の雪原の向こうに、散らばる死体を認めた。そして、その中心に立つ白い影、巨人戦士も。

 巨人は、待ち受けている。ジゼルは、彼我の距離が約10メートルに近づいた所で、右手を上げた。百騎の騎士達は散開し、幾重にも巨人を囲む。騎士達はクロスボウや、槍を持ち、巨人に狙いを合わす。

 いかに巨人が無敵の戦士であれ、この重包囲は破れそうになかった。しかし、巨人の美しき笑みは、静かな怒りを潜ませ、端正な顔に浮かべられたままである。 ジゼルは面頬をあげ、浅黒く雪焼けした顔をみせた。その顔は、凍てついた荒野に生きる狼のように研ぎ澄まされていたが、野性的な美を存分に備えている。 ジゼルは嘲るような笑みを見せ、美しい巨人に叫んだ。


「剣を捨て降伏するがいい、蛮族の首領、ラーゴスのフレヤよ。お前の命はとらんよ。お前が従順であればな」


 美しき白い巨人、ラーゴスのフレヤは、聞き馴れぬ冗談を聞いたというように、笑った。


「小人の女王が私に降伏しろと?踏み潰されたくなければ、お前にふさわしい巣穴へ帰れ、蟻の女王。地べたを這いずるものが、二足で立つ者に命令するとはな」


 神のごとき美貌のフレヤの言葉は、傲慢さすら感じさせない。彼女は侮辱ではなく、当然のことを言っているのだ。ライゴールの騎士達は怒りに蒼ざめ、ジゼルに攻撃の許可を求める。ジゼルは逸る兵士を、片手を挙げて抑えた。


「フレヤよ、では、死ぬ覚悟をするのだな。まぁいい。どちらにせよ、お前は、お前にふさわしい見せ物小屋へ送ってやる。あわれな女トロールよ」


 ジゼルは剣を抜き、空に掲げた。

 ジゼルが攻撃命令を発する瞬間、巨人フレヤが跳躍した。白い竜巻のように宙へ舞ったフレヤは5メートル近い上空から、鋼鉄の柱のような剣をジゼルに向かって振り降ろす。

 ジゼルは馬を捨て、地面に飛んだ。ジゼルの乗っていた馬の悲鳴が、響き渡る。

馬は胴体を切断され雪原に倒れた。


「ジゼル、お前はここで死ぬ!」


 フレヤは叫ぶ。馬たちの間に、混乱が走る。騎士達は自分の馬を抑えるのに精一杯で、攻撃どころではない。ジゼルは怯える馬たちの蹄を避け、地面を転がり回る。


「ジゼル、お前はここで死ぬ」


 フレヤは剣を振るう。馬の首と一緒に騎馬兵の胴体も、両断される。湯気のたつ血と内臓が地面にまき散らされ、雪原に赤茶色のぬかるみができた。

 フレヤは車に剣を回す。その剣に馬達の胴体が切断され、死体が転がる。その様に怯えた馬たちが、逃げようとし混乱が起こった。フレヤの前に包囲の裂け目ができる。

 神であるフレヤの怒りにふれた獣たちが、恐怖のあまり作った道であった。その道の向こうに地面に墜ちた、ジゼルがいる。


「ジゼル、お前はここで死ぬ!」


 フレヤは再度叫んだ。

 ジゼルは、乗り手を失って暴れている馬を一頭捕らえ、跨る。そして、フレヤに背を向け、走りだした。

 巨人は、ジゼルを追って走ろうとする。その前に、三体の騎馬兵が立ちふさがった。


「邪魔な」


 フレヤは右から左へ、剣を薙いだ。それは凄まじい竜巻のように、右端の騎馬兵をその馬ごと宙へ跳ね飛ばした。そのまま馬は隣の騎馬兵へ激突し、鉄槌に撃たれたように、3騎の騎馬兵は崩れ落ちる。

 フレヤは立ち上がろうともがく騎士を、文字通り、踏み潰した。骨の砕ける音が響き、血が雪を染めていく。

 騎士達は、体勢を整え直し、巨人に向かって殺到するが、フレヤの大剣は草を刈るように、騎士と馬を薙ぎ払う。雪原に怒号と馬の悲鳴が、満ちあふれた。

 再びフレヤとの間に距離を置いたジゼルは、激しく罵る。


「怪物め、手を焼かす。キース!」


 ジゼルの呼びかけに、一人の長身の兵が進み出た。


「キース、お前の出番だ。見事あの怪物をしとめてみせろ」


 兵士は頷く。その手には細長い筒が、あった。


「退け!」


 ジゼルは、剣を振り上げ叫ぶ。兵士達はフレヤのそばから、退いた。

 フレヤは冷たい怒りを潜ませた瞳で、ジゼルを見つめる。


「観念したか、虫の女王」

「それは、こっちの台詞だ、妖魔の首領め」


 ジゼルは、傍らのキースに合図する。キースは円筒型の砲弾を筒に入れると、狙いを定め、引き金を引く。

 轟音と、黒煙がキースを包み、火の矢かフレヤへ向かい飛んだ。

 炎と爆音が、フレヤを飲み込んだ。爆煙か立ちこめ、フレヤの姿か消える。


「退がれ、退がれ」


 ジゼルの言葉に騎士達はさらに距離をあける。やがて煙が晴れ、フレヤが姿を現した。


「仕損じたか」


ジゼルの言葉にキースは2弾目の用意に入る。

 フレヤはゆっくりと、ジゼルに迫る。その大剣は頭上高く掲げられ、美しき瞳は青く輝いていた。


「これで終わりだ、小さき女王」

「ああ、終わりだ」


 フレヤの剣がジゼルへ届く所まで来た時、キースの筒が再度火を吹いた。爆煙がフレヤを再度包む。


「そろそろ、弾にしこんだ麻薬が効くころです」

「で、あればいいがな」


 フレヤはついに、膝をついた。息が荒い。風に流れた煙を吸い込んだ、馬と騎士が風下で倒れてゆく。ジゼルのほうは風上であるため、影響はでない。


「この怪物を縛るぞ。鎖を持て」


 ジゼルが叫んだ時、フレヤは剣を振るった。ジゼルの乗る馬の足が切断され、ジゼルの身体は地面に叩きつけられる。

 キースは3発目の麻酔弾を撃った。フレヤは剣でうける。爆煙に包まれながらも、フレヤは剣を振るった。キースの首が飛び、雪の上に転がる。

 ジゼルは血塗れの地面から、煙を通してフレヤを見上げた。美しかった。燃え盛る黄金の炎のような髪と、サファイアのように輝く青い瞳。白いマントに身を包んだ死の女神は、ゆっくりと剣を振り上げる。

 ジゼルは死を覚悟した。奇妙な陶酔が心に溢れてくる。再度爆音が響き、フレヤは煙に包まれた。

 振り降ろされた剣はジゼルをそれ、地に突き刺さる。

 ジゼルは這いずって、倒れて来るフレヤの身体を避けた。ジゼルは霞む意識の中で、美しい白い巨人が雪の中へ倒れるのを見る。あたかも巨大な白い鳥が、雪原に舞い降りるように、フレヤは雪の中に倒れた。


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