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皇國記  作者: M's Works
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第八話 突然の訪問





 ヴィッテルスバッハ辺境伯領。

 アルヴィーカから南へ一ヶ月と少し。

 日に日に気温は上昇し、雪を見かけなくなり、俺の感覚では春に差し掛かる季節になってようやく、新しく芽吹く森の緑と、上流からの雪解け水を湛えた湖の青に囲まれた山間の天然要塞に辿り着いた。

 家族の一群と合流して遅くなったとはいえ、かなりの距離を踏破したことになる。

 この間にも様々な出来事があったが、特筆すべき問題が発生しなかったのは幸いといえた。

 強いて挙げるなら、せいぜいヒューゴが一分の隙もないほど完璧に振られたことぐらいか。

 そろそろ立ち直ってくれないと困るのだが。


 ここまで来て、俺にはある疑念が生じた。

 いや、実は以前から感じてはいたが、あまり考えないようにしていた、というのが正しい。

 果たしてヴィッテルスバッハ辺境伯とやらは俺たちに会ってくれるのだろうか。

 反皇国派とはいえ、広大な領地を持つ為政者が革命軍を名乗る庶民に目通りを適わせるとは思えない。

 そのあたりはどう考えているのだろう。


「クリス、聞いていいか」

「答えられる問いには答えよう」

「どうやって辺境伯の協力を取り付ける気なんだ」

「何だ、そんなことか。貴様は心配せずともよい」

「そんなわけにはいかないよ」

「今から教えてやる。城には貴様も連れて行くからな、多少は見れる格好にしておけ」


 要領を掴ませてくれないまま、颯爽と身を翻していった。

 こうなったら信じてみるしかないではないか。


 身支度を整えているとヒューゴが来た。


「本当に三人で行くのか?」

「そうみたいだな」

「せめて護衛に俺ぐらい連れて行けよ、もし何かあったらスヴェンだけじゃどうにもならないだろ」

「大勢連れて行って警戒させるよりはいいと思うけど」

「じゃあ三人が四人になるくらい……」


 そんなに行きたいのか。

 まあ別に俺は構わないのだけれど、クリスがどうしても三人で、と言うからには何か理由があるのだろう。

 本音を言えば少しどころではなく不安だ。

 信頼しているといえ、盲目的な狂信者ではないのだから。

 それにしても俺を戦力に計算していないのはどうだろう、或いは正解なのだろうか。

 納得いかない様子のヒューゴをどうにか宥めて支度を終わらせる。

 とは言っても、正装や盛装を持っているわけでもない。

 少し伸びた髭を剃って、汚れていない服に着替えただけだ。


 クリスとスヴェンは既に城門前の広場にいた。

 スヴェンは白いシャツの上に綺麗になめした革チョッキを着込み、伸ばし放題にしていた髭もきちんと整えられている。

 好意的に見れば貴族に仕える執事兼ボディーガードのようだ。

 一方クリスはといえば、ドレスとまではいかないが上品に裾を広げたワンピースだ。

 普段はそのままか一つに括るだけの髪も結い上げられ、さりげなく宝石をあしらった髪飾りで留められている。

 そういえばここまで女性らしい出で立ちのクリスを見るのは初めてだった。


「……クリス、女の子だったんだ」


 つい軽口を叩いてしまい、向こう脛を思い切り蹴られたが、今回は甘んじて受けよう。

 一頻り大笑いしていたスヴェンからひったくるようにしてクリスが濃紺の布を投げて寄越した。

 片側の肩で留める形のマントだった。

 子供の頃のヒーローごっこを思い出してしまって恥ずかしくもあるが、ここではそれが普通なのだ。

 クリスが微妙な表情の変化に気付いたらしいが、何でもないよ、と苦笑してマントを広げる。


「さて、馬鹿をやってないで行くとするかね」


 城門には二人の衛兵が四メートルはあろうかという装飾槍を掲げて立っている。

 我々が近付くと槍を頭上で交差させて警戒するが、実際その長さの槍では戦えないのではないだろうか。


「あれは守るためにいるのではないからな。門の飾りだ」

「そんなものか?」

「門のすぐ裏には屯所があって、そこの兵士が来るまでの数秒を保たせるための長槍でもあるがな」


 一応そういう目的もあるのさ、とさして興味もなさそうに俺に教える。

 槍が交差したままゆっくり下ろされ、それに阻まれて足が止まった。


「何用だ」

「ヴィッテルスバッハ辺境伯はおられるか」

「今日は特に訪問者があるとは聞いておらぬ。出直すがよかろう」


 当然だ。

 それがわからないわけはないだろうに、何故こうも堂々としていられるのだろう。

 するとクリスは無造作に首のペンダントを摘み上げた。


「これを見ても同じ台詞が言えるか?」

「……それが何だと……」


 訝しげに確認しようとした衛兵の体に緊張が走ったかと思うと、スローモーションに見えるほどの素早さで槍を引き上げ、最敬礼を取った。


「失礼致しました! 直ちにご案内させて頂きます!」

「急がなくてもいい」


 衛兵の一人が伝令のためだろうか、槍を置いて駆け出していく。

 何が起きたのか理解できずに呆然としていた俺をスヴェンが促して城内へと進む。

 すぐに案内係らしい女性がやってきて応接室へと通された。

 クリスがその女性と何か親しげに会話をしていたようだったが、会話の内容は聞き取れなかった。

 室内は適度に広々としていて、余計なものが置かれていない。

 どの調度品も質素に見えるが、よく見ると繊細な彫刻が施されている。

 高級、というのはこういった押し付けがましくないさりげなさを言うのだろう。

 依然として俺は混乱の渦中にいたが、今の状況が尋常でないことは理解できている。


「さっき見せたものは何だったんだ?」

「もう少しだけ待て。黙っていれば何れわかる」

「そういうこった。そんなでは理解できるものもできなくなるぞ」


 確かにそうだ。

 多少落ち着いたが、今一度大きく深呼吸をする。

 空気を全て吐き出すのと、樫の扉が開くのはどちらが早かっただろう。

 入ってきたのは三十歳ほどに見える青年だった。

 肩まで伸ばした鋭い金色の髪から額の銀鎖が覗き、透明度の高い湖のような澄んだ水色の瞳が整った顔立ちに生気を与えている。

 黒を基調とした装飾の少ない機能的な服に身を包み、立ち姿も嫌味なく実に美しい。

 恐らくこの人物がヴィッテルスバッハ辺境伯なのだろう。

 飾り気がないことを除けば、俺の想像していた貴族像とほとんど違わない。


「どなたがいらしたのかと思えば、クリスティナじゃないか。随分と久し振りだが、また一段と可憐になった」

「あなたは相変わらずだな、ヴィッテルスバッハ卿」

「手厳しいな。今日こそ名前で呼んでくれるかと期待していたのに」

「もう婚約は解消されたのだ、その必要はないだろう。それにこんなことを話しに来たのではない」


 ……婚約?

 既に混乱を通り越し、理解することを半ば諦めて後で聞きなおそうと思っていた俺の耳に飛び込んできた単語。

 さらに追い討ちをかけるように辺境伯が言葉を紡ぐ。


「それは残念。ではクリスティナ・エリーザベト・メクレンブルク皇女殿下。貴女は私に何を望むのですか」


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