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皇國記  作者: M's Works
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第六話 決意




 アルヴィーカの奴らが十倍にもなろうかという正規軍を撃破した。


 その噂は近隣の町村にも流れ始め、人々は僅かながらも暗く厳しい圧政から開放されるかもしれない、という光を見出そうとしていた。

 しかし見せしめ、反乱の芽を摘むとして無関係の町や村が攻撃されないとは限らない。

 余計な真似をしやがって、と毒づく者も少数ではあるが存在する。

 その少数は或いは誇るべきだろうか。


 雪原の戦いの三日後、この機に乗じて蜂起しようと画策していた別の村が襲撃される。

 勢力としては周辺でも最大級と目されていたその村は、千人余りもの戦力を持ちながらただ一戦で壊滅した。

 息子を喪った貴族は保有する全兵力七千を動員し、領内の反乱勢力を根絶やしにするべく行軍を開始したのだった。


 皇国軍が身じろぎをしただけで踏み潰されそうな小勢力は、発端となったアルヴィーカに希望を求めて集結しようとしていた。


「やっぱりこうなっちまったな」

「仕方のないことだ。勝ち続けていればいずれこうなることはわかっていた。まあ、今回は予想以上に勝ち過ぎではあったのだが」


 皇国軍が兵を集め出した、という連絡を受けた時の二人はそうなることが予定通りだったように落ち着いていた。

 誤算はそのままこちらに攻めて来ると思っていたこと、その影響で身動きが取りづらくなってしまったことだろう。

 本来なら身軽に動ける少人数のほうが行動しやすかったのだが、民衆を助けることを目的とする以上、頼ってくるものを無下にはできない。





 先帝は厳格だが至誠に溢れた賢君だったらしい。

 しかし心不全による急死によって、当時第一皇子だったアルブレクトが十九歳の若さで跡を継いで皇帝となった。

 民は嘆き悲しんだが、アルブレクトは父に似て聡明と謳われており、国を総じて新帝の誕生を喜んだ。

 事実、即位したアルブレクトは臣下や民衆の意見をよく聞き入れ、先帝の施政を効率化し、能動的な警察機能を発展させるなど文句のつけようがない善政を布いた。

 しかし即位から三年が経ったころ、その態度が急変する。

 以前からの主な重臣が謂われもない罪で次々に投獄され、いかに遠戚であっても帝位継承権を持つ可能性がある者は全てが反逆罪として死を賜った。

 運よく逃亡できた者もいたが、半数は捕らえられた後に殺され、もう半数は見つかり次第殺されている。

 民衆に対しても税はそれまでの十倍になり、払えない者や反抗する者は容赦なく殺された。

 廃止されていた後宮の封も解かれ、集められた子女は一説に五千とも一万とも言われている。

 不要な建築や再建には延べ二百五十万人が動員されたが、無事に帰ってきた者は十万にも満たない。

 人々は悲嘆に暮れた。

 何故人が変わられたように暴虐を尽くされるのか。

 もしや先帝の急死も仕組まれたものではなかったか。

 そうした悲観や疑念はやがて怒りや憎しみに取って代わり、把握しきるのも困難なほどの反抗勢力を生み出すことになった。

 それらは無造作な弾圧によって壊滅させられていくが、弾圧は新たな勢力を生み出す温床となり、無限に続くかとも思われる連鎖は疲弊しきったまま現在まで続けられている。





 そして今その連鎖を断ち切ろうとして足掻いている……というのが先日クリスに聞いた「戦う理由」だった。

 間接的に多くの歴史を知る俺にしてみれば全く平凡な理由だ。

 善き支配者として始まったものが悪しき支配者として終わった例など、それこそ掃いて捨てるほど存在する。

 しかしそれは平凡に思えるほど多くの歴史に根付いた悲惨な理由なのだろう。

 俺にそれを否定することはできなかったし、する気もなかった。

 虐げられる民衆を救うために反旗を翻す、なんて劇的な状況にヒロイズムを感じてないといえば嘘になるし、単純に権力を持った傲慢な人間が嫌い、ということもある。

 強いて言うならばここが気に入った、とでも言うべきか。


 集まった勢力は大小併せて十三、総勢二千人にもなった。

 数は確かに力だが、だがこれは諸刃の剣でもある。

 指揮系統のまとまらない兵力など戦力に計算できないし、何より食料や資材が足りなくなる。

 勢いだけで何とかなるものならそれほど構いはしないが、持久戦になると圧倒的に不利なのだ。


 各勢力の長を集めて会議が開かれる。

 こちらの代表はスヴェン、実質的な総司令官としてクリス、そして軍師、作戦参謀を拝命した俺、と順次紹介された。

 大層な肩書を付けられて何となく居心地の悪い思いだが、実際、俺やクリスを見てあからさまに舐めて掛かっている者もいるようなので、格上であることを示さなくてはならないのは仕方のないことか。

 今回の議長役はスヴェンが務める。


「ここに集まった理由の大まかなところは察してるつもりだが、その真意を詳しく聞きたい」

「あんたのとこは十倍の敵に勝ったんだろう? ならその威光に乗っかりたいと思うのは普通じゃないかね」

「少しでも勝てる可能性が欲しいからな。負けるのがわかりきってる戦いなんて意味がない」

「……それは俺らに全ての指揮権を委ねると取っていいんだな?」


 そう言うと幾人かが難色を示した。


「うむ、最初はな、そのつもりだったんだが、小娘や青二才に任せるというのは下が納得しないのだ」

「揺ぎ無い実績や名声でもなければ全面的に従うのは無理というものだよ」


 にやにやと値踏みするような嫌な目つきで俺とクリスを嘗め回す。

 あわよくば失敗したら責任を取らせて、上手くいったら手柄だけせしめようという魂胆だろうか。

 くだらない。

 どこにでも腐った人間というのはいるものだ。

 表情を消して悪寒に耐えていたクリスが立ち上がり、扉に向って声を掛ける。


「ヒューゴ、そこにいるか」

「はい、ここに」


 扉が開かれ、妙に畏まった態で頭を下げる。

 頭の固い長たちにクリスが絶対的上位者であることを印象付けるための小細工だ。

 それが少しは功を奏したのか、軽い動揺が室内を駆け巡る。


「帰られる方がいらっしゃる。案内して差し上げろ」

「は」

「ちょっと待て、誰も帰るとは言っとらんぞ」

「我々を信用しない者がいては今後の指揮系統に不安が残る。それにより全員の命に危険が及ぶことも有りうる。数で劣る我々は団結に拠らねばならないが、信じられない者とそれができるとお思いか? 私たちは反乱ごっこをしているわけでは無いのだ」


 狼狽する者を切って捨てる。

 そうだ。

 駄々をこねる子供のような「反乱」では国は変えられないことを、俺は知っている。


「俺たちがするのは反乱じゃない」

「レイジ?」

「反乱やテロリズムでは歴史は変えられない。もっと大きな、強い意思の力でなければ国というのは動かせない。国というのは、思っている以上に重いんだ」


 三十二個の視線が俺に突き刺さる。

 予定に無い俺の発言にスヴェンやヒューゴが戸惑っているのがわかる。

 クリスだけは知っていた。

 ここで言うとは思ってなかったかもしれないが、その目には期待が込められている。


「では、どうしろと……」


 押し出したように掠れた声が俺に先を促す。

 用意していた言葉なのになかなか喉から出てこない。

 それほどまでに重い。

 一度深い呼吸を挟んで意を決める。


「俺たちがやらなければいけないのは、革命だ」


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