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皇國記  作者: M's Works
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第三十八話 海への糸口





 壊滅せしめた盗賊団は、大きな町が一冬を越すに足るほどの財産を溜め込んでいた。

 これらはもともと奪われたものであるから、元の持ち主に返すべきである。

 しかしなかには既に所有者を失っている貴金属なども含まれ、無作為に町村の出入り口などに放置することも憚られた。

 おそらく俺たちだけでは対処に窮していただろう。

 そこは手馴れた海賊たち、有形の財は無形の金貨や銀貨に換え、周辺の町や村で大盤振る舞いの飲み食いをした後、余分に過ぎるほど金の詰まった皮袋を置いて帰るのだった。

 荒っぽいマネー・ロンダリングのようだが、そうするのが最も角の立たない方法なのだ。

 換金した貴金属や高価な布などは、後々船に積み込んで他国まで売り払いに行くのだという。

 収支を考えればまるっきり損かぶりさ、とは海賊の副頭領、セルマ・ヴァーサの言である。


「うちらは食えるだけ食うのがお手当てみたいなもんさね」


 売るにも運ぶにも難儀するのは食料だった。

 そこで、重い皮袋を持って四方に散る集団とは別に、盗賊の砦に残るものたちはここで酒盛りを始める。

 ある程度保存が利くものは大概、酒の肴と相場が決まっているのだ。

 むっつりと押し黙っていた屈強な船乗りたちも、酒が入れば地上であることも忘れて歌い出す。

 元来陽気な性質である彼らは、今日出会ったばかりの傭兵団でもわけへだてなく肩を組み、杯が渇くことを許さない。

 傭兵団の正体たる城の正規兵も、そんな空気に中てられて相好を崩し、わずかに残っていただけの警戒心を手放して騒ぎを加速させる。

 酒気に満ちた乱痴気騒ぎは空が白むまで続けられた。


 目を覚ますと、既に太陽は中天から離れていくところだった。

 まわりには未だ惨劇の後のように倒れ伏す男たちが重なるようにして呻いている。

 気温が高く、潮気の混ざった風のせいで体中がべたついていて気持ち悪い。

 確か裏手に川があったはずだ。


「おや、おはようさん」

「おはよう、セルマ」


 途中、外壁にもたれて足を投げ出している美女に声をかけられた。

 昨日と同様、肩やら脚やらを剥き出しにしているが、残っている酔いのせいか合わせが雑なようだ。

 若干顔色が優れないところを見ると、濡れた髪を乾かしているうちに動くのが億劫になったのだろう。


「今そっちに行くとクリスとベッテに何されるかわからないよ」

「……それは怖いな」


 どうやら水浴びをしようと思ったのは俺だけではなかったらしい。

 偶然楽園に迷い込んだまま出てこられなくなるのは、まだ御免こうむりたい。

 適当な場所を見繕って、壁際に腰を下ろす。

 気だるげな空気がひとまわりすると、視線も動かさずにセルマの口が開いた。


「あんたらが悪い奴じゃないのはわかったけど、昨日のは本気で言ってたのかい?」

「冗談であんなことは言わないよ」


 会話の機会を得た俺たちは、彼女に向けて反皇国活動の概要をかいつまんで説明した。

 とりあえず南方に一大勢力を築きたいこと、下準備に動いているスヴェンたちのこと、盟主たるヴィッテルスバッハ卿を助け出さねばならないこと、新たな後ろ盾を得るために海路を往かねばならないこと。

 冗長な言い回しではなく率直に目的を伝えたのは、彼女の為人が率直さを旨としていることを感じ取ったためだ。

 説明は歩きながらすることになった。

 俺たちが先導し、海賊がその気ならば一網打尽にできるような隊形でもって。

 話の合間にはセルマからの質問や疑問点について丁寧に回答し、時折虚空を睨むように考え込んだり、小さく頷く彼女に、かなり正確な形で伝えることができたように思う。

 笑殺するでもなく、真剣に検討している様子を見るにつけ、俺たちの判断は間違いではなかったのだと確信させられる。

 砦に到着したために返事は先延ばしにされたが、一定の期待感は持つことができた。

 そして今、その続きを聞くことができるのだろう。


「……なら、あたしとしては協力することに問題はない。いや、進んでやらせてほしいぐらいさ」

「本当か」

「もともと御上には目を付けられてるならず者の集まりだ、それが変わるってんならあんたらみたいに話がわかる奴のほうがいい」

「違法は違法で困るんだけどね」

「そういうふうに言う奴のほうが窮屈じゃないだろ?」

「なるほど」


 真珠のような歯を零して快活に笑う。

 今は窮屈だから、ゆるくなるならそっちがいい。

 単純、と言えば考え無しのようで印象が悪いが、個人の感情としては単純であればあるほど真理に近いように思われた。


「まあとにかく、あたしは賛成だけど、問題はうちの頭領さね」


 どういう問題なんだ? と聞き返そうとすると、裏手のほうからクリスとベッテが歩いてきた。

 普段の態度や言葉遣いを見聞しているととてもそうは見えないが、遠目からだと「ああ、主人と従者なのだな」と納得できてしまう。

 声が聞こえなければ、甲斐甲斐しく世話を焼いているようにしか見えないのだ。

 ふと俺たちに気付いたベッテが、いかにも手抜きな身振りで挨拶らしき所作を向ける。

 互いに何か通じるものでもあったのか、いつの間にか不良秘書官との友誼を成立させたらしいセルマも似た動きで手招く。


「レイジ君も水浴び? ちょっと遅かったわね」

「意図的に遅くしたんだよ。見物料に何を取られるかわかったものじゃない」

「そんな小賢しい子、お姉さん好きじゃないなあ」

「あれ? あたしはてっきりレイジのほうが年上だと思ってたけど」

「それはそれよ」


 クリスは呆れたようにベッテの肩を叩きながら、俺に向けたその目で「そんなことをしたらただではおかぬ」と牽制している。

 だからそんな気はないというのに。

 視線による意思疎通を試みたが、納得してもらえたのかは今ふたつばかり自信がない。

 そうした様子を含み笑いを浮かべて観察している元世話係は、あえて無視することに決めた。

 どうやら世話されていた側も似た方針を打ち出したらしい。


「何を話していた?」

「協力を仰ぐにはひと手間かかりそうだ、というようなことを」

「うちの奴らもぼちぼち起きて集まってくるでしょ。面倒だから歩きながら話すよ」





 海賊の頭領オーロフ・ヴァーサは、誤解を恐れずに表現するならば「正義の人」となる。

 彼らの海賊団はもともと地域住民に対して不干渉の姿勢を保っていたが、その真意は住処のそばで騒がれても面倒だ、という至極当然の利己主義によってであった。

 どこの誰に襲われたかわからないから泣き寝入りをするのであって、拠点が明確であるなら抵抗や報復が起こらないわけがない。

 ならば相互不干渉という立場を取り続ける限り、比較的安全に生業を謳歌することもできた。

 しかしオーロフは前頭領から姓を享け、新たに組織を運営させるにあたって大きな変革を実行する。

 今まで無視していた地域との交流を深め、標的とする収入源は人々に危害を加えるもののみに限定したのだ。

 当初はそんな行動を訝しがっていた住民たちも、不当に徴収された物資などが還元されるに至ってその態度に一貫性を持つことになる。

 海賊は悪徳役人や貴族から金品を奪い、別の形に変えて地域に投下する。

 貴族たちは海賊を捕らえようとするが、住民は知らぬ存ぜぬで尻尾は掴ませない。

 腹を据えかねた権力者が集落ごと焼き打つようなそぶりを見せれば、別の角度から攻撃を加えることでその目を逸らす。

 こうして彼らは海岸沿いの地域で人々の守護者となり、実質上支配することに成功したのだ。


 つまり何が問題になるかというと、対症療法ながらうまく機能しているところに、わざわざ乱を起こそうとする俺たちが歓迎されるだろうか、という点だ。

 私見ではあるが、多分に排他的である海賊という集団を改革し、地域との和合を果たしたオーロフ・ヴァーサなる人物は人格、器量ともに卓越した指導者に違いない。

 その優れた指導者は、果たして率先して外患を取り込むものであろうか。


「……しかしそれは恒久的なものではない」

「ああ、目と鼻の先には海軍の一、ブランデンベルク侯爵の艦隊が駐留してる。それは今に始まったことじゃないけど、牽制されてるのは確かだわね」

「それでは悠長に構えているのは危険ではないか」

「頭領が言うにはね、皇国の意向には逆らい難い、でもブランデンベルクの心情はあたしら寄り、ってんで本格的な軍事行動は起こさないだろうってさ」

「何ともあやふやなものだな。それでは薄氷を踏んでいるのと変わらぬ」

「……そんなことあたしに言われてもねえ。そりゃもっと気楽に動けたほうがいいのは間違いないけどさ」


 不毛になりかけているクリスとセルマの議論は終わる様子を見せない。

 クリスとしたらどうにか足掛かりを見つけたいのだろうし、セルマも意地悪く意見を躱しているわけではない。

 いずれ破綻する膠着であっても、勝機もなしにそれを破ることは自殺行為と言える。

 もちろん聡明な上官のことだ、それはわかっているはずだが引っ込みがつかなくなっているのだろう。

 頃合を見て助け舟を送り込む。


「セルマ、やっぱり本人と話してみないとわからないよ。機会を用意してもらえないかな」

「……それは構わないけどね。断られても恨まないでおくれよ」


 助けると睨まれる、なんて理不尽な状況に慣れるというのは喜ばしいことなのだろうか。





 彼女らは話を通すために一足先に住処に向かう。

 視界が開ければ海岸まで見渡すことができ、左手に望む港町セルヴェスヴィークで待っていてほしいということだった。

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