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皇國記  作者: M's Works
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第三十三話 北と、東へ





「東、ですか」

「そうだ。オクセンシェルナは皇都の向こうにあるのでな、海路のほうが早く安全だろう」


 大雑把な印象になるだろうが、アヴェストリアの国土はちょうど宮城県に似たような形をしている。

 違うのは北部がすぐに海であること、太平洋側北部には東に陸続きの大陸があるということ、総面積が日本の四倍から五倍にもなるということだ。

 それを踏まえて細かい位置関係を説明するならば、今俺たちのいるヴィッテルスバッハ辺境伯領は白石蔵王の辺り。

 俺が倒れていたアルヴィーカは作並周辺で、皇都は多賀城付近、問題のオクセンシェルナ領は石巻といったところか。

 北部、西部が山、東側が平野で海に面しているなど、おおよその地形も似通っているようだ。

 尤も、これらは正確な測量に基づくものではないから、雑多な資料の整合性をどの程度信用するかによって多少以上の誤差が発生するだろう。


 陸路でもって警備の厳重であろう皇都を迂回するとしたら極端な遠回りとなり、ただ往復するだけで半年は掛かりそうだ。

 ならば海路で、というのは十分に納得のいく選択ではあるのだが。


「海上の安全というのはどの程度確保されるものですか」


 これは海難事故だけを指しての疑問ではない。

 今まで山間部での生活しかしていなかったため、航行の技術や軍事的にどの程度の規制があるのかが全くわからなかった。

 それこそ現代でも船舶の越境警備には穴があることを考えれば大したことはないだろうが、例えば常に海上を哨戒しているかいないかではその意味は大きく異なる。


「この辺りの海は一年を通じてそれほど大きく荒れることはない。仮に荒れても適切な判断さえできれば転覆するほどの事もないだろう」


 どうやら比較的強い気圧変動、台風やそれに類するものもないようだ。

 台風は発生しないということはないだろうから、うまく針路から外れているのだろう。


「人為的な面では、皇国海軍は大型艦が五隻、大型艦一隻を旗艦とする船団が四つ。それぞれ中型の高速艦が主戦力でおよそ三十、それに小型艦と輸送艦で総数は二百から三百程度。総数は千を越えるな」

「その全てが皇都に?」

「いや、一船団は南部に駐留し、残りの三船団は皇都を拠点として交代で哨戒任務に着いているため、常に皇都にいるのはふたつだけだ」

「大型船が一隻余ってますが」

「それは皇帝専用の総旗艦だ。親征でもなければ動くことはない」


 とすると哨戒任務中の船団に当たりさえしなければある程度自由に航海できるということか。

 確かに余計な人目につかない分、海路のほうが安全かもしれない。


「ともあれ、風の気分にも左右されるが、三月もあれば往復できるはずだ」

「わかりました。では護衛の人選も進めておきます」


 ベッテに護衛が必要かどうかは考えどころだが、何か人手が必要になるかもしれない。

 それに知人とはいえ、貴族に面会するのに単身というわけにはいかない、ということもある。

 訪問の内容が内容だけに、万全は期して然るべきだろう。





 これでオクセンシェルナへの連絡には目処が立った。

 しかしそれが実を結ぶまでの間、特別表立って行動できないのは変わらない。

 そうなると厄介なのは、俺たちも含めた兵の潜伏先が確保できない、という事実なのだ。

 一度各々散開して後日集合、というのもひとつの手段だが、それでは火急に対応できなくなるうえに機密漏洩の可能性も出てきてしまう。

 理想は近辺にアルヴィーカのような集落を作り、順次要塞化して拠点とする、といった先も見据えたものが望ましい。

 だがそれに適した土地では目標になりやすく、またシュトルーヴェのように守りの硬い地形というのもそうあるものではない。

 やはりどこかで妥協しなくてはならないだろうか。


「提案なんだけどよ」


 先程から何かを考えては頭を振るような動作を繰り返していたスヴェンが口を開いた。

 俺もクリスも老中佐たちも行き詰っているのを見かねたのだろう。


「北の山中にいいところがある。ちょっと遠いが、そう簡単には見つからねえ」

「アルヴィーカでは遠すぎるぞ」

「そんなに行かねえよ。こないだアルヴェーン伯を追い返しただろう、あの辺りの山ん中に廃村がある」

「その辺りなら街道を外れると滅多に人は入りませんな」

「ああ、派手に要塞構えたって気付かれやしねえだろうよ。移動に向かないようにも見えるが、川を使えば海まで二、三日で着く」


 想定していた地域とはかなり離れるが、これはもしかするとさらにいいポジションかもしれない。

 後々を考えるとより効果的でもある。

 何故最初からその可能性を考慮しなかったのだろうか。

 遠くない将来、皇国に抗おうとするならばそこ以外考えられない、とも言える。

 古来より領土の境界は山か川であることが多かったのだから。


「……確か山間の街道は一本しかありませんでしたね?」

「そうだ。平野まで下れば他にもいくつかあるがな」

「なら拠点はそこに作ることを薦めます」

「何を思いついた?」

「もちろん説明しますよ」


 ……かつて豊臣秀吉の逸話の中に墨俣一夜城という件があった。

 一夜にして敵の目の前に前線基地を作る、という魔術的な逸話である。

 方法としては川の上流で木材を切り出し、それを下流に流して現地で組み立てる、という実に単純なものだ。

 しかし当時は現地調達が普通であった木材を他所から運び込み、さらにある程度組みあがったものを流すことで、現地での作業時間を大幅に短縮したことは特筆に価する。

 ただ現在に於いては、この話は江戸時代の創作ではないか、というのが通説となっているが、この際は史実かどうかが重要なのではない。


 これを応用して、一夜は無理だとしても短時間で河川流域を制する。

 準備は山奥で行うために察知されず、いざ行動を起こすとなれば皇国の対応前に制圧は完了するだろう。

 まだそれを実行するには早過ぎるが、準備としては決して早くない。

 そしてその作業を行う人員も、既に確保されているのだ。


「……というように、敵の意表をついて下流の街道に要塞を設置することができるかと思います」

「……なるほど。確かに先のことではあるが、その発案は興味深い。カッセル中佐、今の人数でそうした作業は可能か?」

「多過ぎるぐらいだな」

「よし、ならば兵たちには悪いが少しばかりの間、土木作業に従事してもらうとしよう」


 オクセンシェルナとの連携ができれば、この布石が無駄になることはないはずだ。

 対皇国としての決定打にはならないかもしれないが、それ以外にでも十分な交渉材料となりうる。

 今できることで役に立つのならばやっておくべきだろう。





 こうしてスヴェンの指揮する大部分は北へ、俺やクリスを含めた数十人は東へ、それぞれ別れて行動することになった。

 別れる直前になって聞いたのだが、廃村はスヴェンの故郷であるらしい。

 もともと傭兵を生業とする一族で、十年ほど前の戦で戻る人間が居なくなったのだそうだ。


「よかったんですか、スヴェン。そんなところに俺たちが踏み込んでしまっても」

「がはははは! いらねえから捨てられたのさ。そこをどう使おうが勝手だろうよ」

「しかし……」


 知らせるかどうか迷っていたじゃないですか。

 そう続けようとしたところで思い切り背中を叩かれた。


「いいんだ。くたばった奴らも、出て行った奴らも、みんなこの国をよく思っちゃいなかった。俺らが使ってやれば本望ってところだ」

「はい……」


 その時は普段どおりに豪快な物言いだったが、村のことを話す時はどこか無理に振舞っているように見えた。

 恐らくできることなら足を踏み入れたくはないのだ、と勝手に憶測しているが、その正誤は俺なんかが検める必要もないだろう。

 スヴェンの言葉どおり、本望だと思ってもらえるようにするしかないのだ。


「おい」

「はい、どうしました大佐?」

「それだ、しばらくはそれをやめろ。どう見ても軍人らしくない貴様はいいが、皆がそうではないのだからな」

「……クリスも見た目は軍人に見えないけど」

「わかったのか、わからないのか、どっちだ?」

「わかりました」


 しかしクリスはいいとしても、クリングヴァル中佐やフェーンストレム中佐をどう呼べばいいのだろう。

 そう気軽に名前を呼ぶわけにもいかないのではないのだろうか。

 まあ、公共の場ではあまり名前で呼ぶような会話をしなければいいだけだ。

 

「そういえば貴様、港町は初めてだったな?」

「こっちの世界ではそうだね」

「どこでもそうだと思うが、港のある町は活気があっていい。シュトルーヴェもなかなかだが、他の土地の人間が行き交う様は独特のものだ」


 俺たちの世界では寂れてしまったところも少なくないが、それも栄えていた時期があったからこそだ。

 多くなりすぎたものは力の弱いものから順に淘汰される。

 それは自然の摂理であり、当たり前のことではあるが、どこか物悲しさも感じずにはいられない。

 果たして本当に弱いことが悪いのか、または強くなりすぎるものが悪いのか。

 どちらもそれぞれの主観に於いては正しいことだが、同時に反対の意味も持つことになる。


「今の状況では不適切だろうけど、楽しみだと思ってるよ」


 苦笑を向けた俺に、少女も同じ表情で応えてくれた。


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