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皇國記  作者: M's Works
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第二十三話 雨の幕開け





 なだらかだがそれなりの起伏を持つ大地は、見据えた先が地平線と言えないほどには自然なうねりを造り出す。

 辺りには身の丈を越すほどの高木も無く、ただ膝下程度の野草だけがここは自らの領土であることを声も無く主張していた。

 しかし晴天ならば一面に広がるであろう野趣溢れる緑も、暗色のフィルターがかけられては本来の色が目立つはずもない。


 本来聞こえるはずの軍靴の響きや馬蹄の轟きは、地面をしたたかに打ち付ける雨音によって幾重にも包み込まれている。


 生い茂る草は足場の悪化を最小限に止めるとともに、逆に斜面では滑りやすくなるという負の要素も孕む。

 これには人馬ともスパイク状の靴や蹄鉄を履くことで対策を講じていたが、多少ながらも機動性を犠牲にしている事実は否めない。

 それでも平時ならば三日で済む道程を、この時期ならではの川越えをしたにも拘らず五日で踏破できた。

 兵の精強さと同時に、少なくても今は急拵えの指揮系統が的確に働いていることの証左になるだろう。


 総勢四万七千を数える革命軍は、この日、カール率いる皇国軍と対峙するに至った。


 地形的には、起伏があるものの雨季の川は現れず、両軍が布陣するにはここしかありえないと想定されていた地点だ。

 欲を言えばもう少し先に進み、前回と同じように渡河直後の不自由を強いる場所を確保したかったところだが、敵もそれを避けようとするのは当然である。

 まして常勝を謳う皇国元帥がそうした凡愚を犯すことは考え難い。





 俺たちは軍を三つに分け、変則的な三正面作戦を行うことになっていた。

 義勇兵を中心とした三万が敵の三万八千を正面に引き付けているうちに、ヴィッテルスバッハ卿率いる一万が挟撃に当たり、残る七千の三個連隊は主席大佐としてクリスが指揮を執り横撃を加える。

 兵力の分散という点で正道にもとるが、天候によって視界の利かない今であれば、各個撃破される可能性をかなり抑えられるだろう。

 小集団は大集団を確認しやすく、発見されにくい。

 都合よくも敵は一箇所に固まっているようだ。


「ヴィッテルスバッハ卿はうまく後背に回り込めただろうか」

「新参者の俺たちよりはうまくやるに決まってるさ」

「うむ、そうだな」


 迂回するために二日前から別行動となった部隊の安否を問うにも、雨の障壁を破る声は大きくならざるをえない。

 ここに来て雨脚は強くなる一方だった。

 伏兵の存在を隠すには絶好の空模様と言えるが、それもそろそろ限界だ。

 冷たく降り続く水滴は徐々にだが確実に体力を奪ってゆくし、いざ戦闘になった時にかじかんで動かないのでは話にならない。

 兵たちは出来る限り音を出さないようにして体を温めているが、彼らの駆る馬はそうも言っていられないのだから。

 予定では間もなく正面部隊が交戦に入る。





 ……ことさら雨中の戦いを選択した理由の一つに、決定的な要因があった。

 銃火器。

 カールはその重要性を早くから見出し、軍事レベルで有効に運用できるようにした第一人者であるという。

 以前から戦争に使われてはいたが、単発式であることや命中精度の悪さ、短射程から来る懐に入り込まれてからの弱さが、最前線では敬遠されてきた主な理由になるらしい。

 ではどうやって効果的に銃火器を運用したのか。

 当然俺は三段構えで回転効率を上げ、敵を寄せ付けない弾列を敷いた織田信長の鉄砲隊を連想した。

 実際に長篠の戦いに於いてそれが行われたか、という考察は置いておくにしても、なるほど、理に適っているように見えるのも確かなのだ。

 それを告げた時のクリスたちは一様に驚きの表情を見せたものだから、俺の優越感はわずかながらも心地よい刺激を享受したわけである。

 要するに、圧倒的な火力を誇る銃火器を数多く揃えているであろうカール軍にとって、火薬の使えなくなる雨は大きなマイナスとなり得るということだ。


 単純な兵力ではこちらに分があり、装備も大差ない。

 ならば勇猛並ぶ者無きヴィッテルスバッハ兵にとって、負ける要素など見当たらないではないか。


 俺は直前まで拭い切れなかった不安をこうして無理矢理抑え付けたわけだが、それでも咽喉に引っ掛かった小骨のような違和感は決して消えてはくれなかった。





「それにしても私はもっと貴様がごねるものと思っていたが」

「……俺にそんな権限があればそうしてるけど。それに、説得力のある代替案は思い付かなかったから」

「生真面目な奴だ」

「そんなつもりはないけど、まあ、ヒューゴやベッテなんかよりはそうかもね」


 呆れたように肩を竦めるクリスに曖昧な表情を向けてはぐらかす。

 策が無かったわけではない。

 しかしそれは勝率と比例して損害も増えてしまうものばかりだった。

 長期戦になれば集団としての体力に劣る俺たちが不利になるのもわかっていたし、やはり何より死傷者が増えるであろう作戦を進言するというのは、俺自身の精神的な体力を必要とするものでもある。

 今回の作戦はより短期で、より少ない損害で、という点では文句のつけようがなかった。

 ある一点、よりハイリスクになりうる可能性を除いては。


 趣味的な歴史愛好者の弊害だと個人的に思っているが、比較的ほぼ同等な条件での戦争は興味を持ちづらい。

 少数を以って多数を打ち破るような英雄譚、その際の魔術的な戦術、戦略、或いは歴史的な敗者側から描かれる美談や群像劇に憧れて歴史に傾倒する、というのは少なからず存在すると思う。

 例えば三国志演義や新撰組関連あたりから歴史に興味を持った人もそうした傾向があるのではないだろうか。

 つまりは現実としての「戦争」を知らないわけで、寓話になるような衝撃的なできごとの他は一般人とそう変わらない程度でしかない。

 賤しくもその代表である俺が、歴史上の英雄のように独創的な思考の芸術を練り上げることはできるはずもなかった。


 言い訳をさせてもらえば、俺の興味の中心は「戦史」であって、「軍事史」ではなかったということだろう。

 戦争の起きる原因とその結果、さらにはそれに起因する文化、風俗の変遷は熱心に紐解いたが、戦争に勝つための手段を学んだわけではない。

 ……それが免罪符になるとは思わないが。


「貴様は……」

「戦闘、開始しました!」


 駆け付けた伝令の報告がクリスの言葉をかき消し、防音壁を貫いて喊声と地鳴りが届く。

 何かを言いかけていた上官に目をやると、この話はまた後で、とばかりに強い意思を湛えて頷いた。


「では、我々も往くぞ!」


 馬上で剣を抜き放った指揮官はそのまま天にかざし、一拍を置いて水平まで振り下ろす。

 いつの間にか聞こえていたもう一つの轟きに触発されたかのように、音の濁流となって進軍を開始した。


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