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顔をなくしたてるてる坊主

作者: 居眠

 運動会が嫌いだった。

 あまり体が丈夫でない私は、外にずっといるだけで気分が悪くなってくる。運動だって得意じゃない。できれば体育の授業も全部見学したいくらいなのだけれど、それを許されるほどまでには体が弱いわけじゃない。でも、本当は、そのくらいの中途半端さが、一番苦しいんじゃないかと、ときどき思う。

 ふとした思いつきだった。

 てるてる坊主を作って逆さに吊るすと、翌日の天気は雨になるらしい。昔、誰かから聞いたのか、それとも本で読んだのか。いつの間にか、その詳しい作り方が記憶の中にあった。

 ティシューを箱から二組抜き出し、一方を丸めて、もう一方でそれを覆う。首の部分を輪ゴムでくくる。普通のてるてる坊主であれば、これに顔を描いて完成。ただし、雨を降らせて欲しい場合、少し違った風にしなければならないらしい。あまり知られていないそうだが、雨を降らせて欲しい場合、てるてる坊主の顔は、上下逆さに描かなければいけない。

 顔が外を向くように、てるてる坊主を窓辺に吊るした。もちろん、明日の運動会が雨で中止になってほしいので、顔を上下逆さに描いたてるてる坊主を逆さ吊りにした。


 翌朝。

 雨の音で目を覚ました。カーテンを開けると、外は滝のような雨だった。

 今までにないくらい明るい気持ちでリビングに降りると、母は電話で何やら話していた。話し終えて受話器を置くと、母やこちらを向いて言った。

「今日、運動会、中止だって」


 翌朝。

 雨の音で目を覚ました。カーテンを開けると、昨日よりも更に激しい大雨だった。

 しまった。そういえばてるてる坊主がそのままだった。

 少し慌てて、窓辺に吊るしたてるてる坊主を降ろす。作った時は半信半疑だったけれど、ちゃんと仕事をしてくれたのだ。

 役目を果たしたてるてる坊主は、ティシューでできていることもあり、雨で結露した窓に触れていた部分が水を吸ってふやけていた。そのせいで、顔の部分は溶けて消えてしまっていた。

 とにかく、これで明日は晴れるだろうと、てるてる坊主をゴミ箱に放り投げると、リビングへ降りていった。

 母によると、学校は、川が氾濫するかもしれないので、自宅待機になったとのことだった。


 翌朝。

 雨の音で目を覚ました。なんで……思わずそう呟いた。カーテンを開けると、地面を叩く雨粒が弾けて靄になり、辺りを真っ白に覆い尽くしていた。

 リビングに降りると、父がいつも見ているニュースは、いつもとは違う雰囲気だった。画面の左右にテロップを乗せた大きな枠が敷かれ、アナウンサーはいつもより深刻そうに速報を読み上げている。川が氾濫し、浸水した道路が新たな川のようになっている映像が映し出されていた。

 慌てて自分の部屋に戻ると、箱からティシューを全部引き抜いて、ありったけのてるてる坊主を作った。全部に笑顔を描き、今度は逆さにせず、窓辺に吊るした。

 何十個ものてるてる坊主が、窓の外の大雨に笑顔を向けた。


 翌朝。

 雨の音で目を覚ました。

 どうして。

 布団の中から窓の方を見る。寝る前にカーテンを閉めたので隠れているが、確かに、逆さ吊りのてるてる坊主は外したし、ちゃんとしたてるてる坊主もたくさん吊るした。それなのにどうして。

 布団をのけて、窓辺に近づく。カーテンが少し膨らんでいるのは、窓辺に吊るされたてるてる坊主のためだろう。やはり、昨日吊るしたてるてる坊主はちゃんといるはずだ。

 カーテンを開ける。窓辺に吊るされた何十個ものてるてる坊主は、ちゃんとそこにいた。

 窓辺に、鈴なりになったてるてる坊主たち。

 吊るされたてるてる坊主たちは。

 皆、一様に、その笑顔をこちらに向けていた。

 引きつるように息を吸い込んだ。指の先から血が抜けていくように冷たくなっていく。後ろによろめき、尻もちをつくように、布団に倒れこんだ。

 昨日、寝る前は、てるてる坊主たちは外を向いていたはずだった。なのに今は、全部がこちらを見ている。笑顔でこちらを見ている。同じ笑顔でこちらを見つめている。

 とにかくこの部屋から出ようと立ち上がったが、足がもつれて再び布団に倒れこんでしまった。歯を噛み締める。手をついて、下半身を引きずるように動こうとするが、息が続かない。少し動いただけで、息が苦しくて目眩がした。どうしてかと思ったら、泣いていたからだった。横隔膜を痙攣させてしゃくり泣いていたせいで、うまく息ができないでいた。

 溺れてもがく人のように床をはって部屋の外を目指しているうちに、ゴミ箱を引っ掛けてしまった。中にはほとんど何も入っていなかったが、いくつかの小さなゴミがあたりに散らばった。その中に、あの、最初のてるてる坊主があった。

 てるてる坊主は、一度ふやけてたせいでぐしゃぐしゃになった顔を、こちらに向けていた。擦り切れて、ざらざらののっぺらぼうみたいだ。

 どうしてそんなことをしたのかはわからない。何となく、そうしなければならないような気がした。私は横たわったてるてる坊主を拾い上げると、その頭に、再び顔を描き入れた。今度は逆さにせず、ちゃんとした顔だ。

 それから、少し落ち着いた私は、てるてる坊主を部屋の入口のあたりに吊るした。やはり窓辺に近づくのは怖かった。

 その日はリビングで一日を過ごし、夜も両親の部屋で寝ることにして、自分の部屋には戻らなかった。


 翌朝。

 目を覚ますと、すぐに布団から飛び出して、カーテンを開けた。外は、昨日までの大雨が嘘だったかのように、朝の日差しに照らされていた。


 それから何年も経ち、私は大人になった。年を重ねるうちに体も強くなり、運動嫌いも自然と解消された。中高大と何事もなく進学し、いつの間にか社会人になっていた。親戚で集まると、従兄姉にはもう子供がいたりして、お前はまだかという視線に肩身が狭くなったりしている。

 あれがてるてる坊主のせいだったのかはわからない。幼いころの記憶は得てして脚色されるもので、実際は何の関係もなかったのかもしれない。

 ある時、親戚の子の一人が、てるてる坊主を作っていた。軒先に吊るすのだという。その子に教えてあげたのは、ちょっとした悪戯心だったのかもしれない。

 いつかこの話を思い出して、試してみる日がくるかもしれない。多分、何事も起こらないだろう。だけど、もし、大雨が降って、止まなくなったら、忘れないように。顔をなくしたてるてる坊主に、再び笑顔を与えてあげるのを。


 (╹◡╹)

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