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転校生がやってくる当日の朝。

私はいつになく意気揚々と、スキップなんかしながら登校して、転校生の登場を待った。

ホームルームの時間、先生の声に促されて入室したのは、天使と見紛うほどの――いや、それは少しおおげさかもしれないが――ともかく、かなりの美少女だった。


「わぁ……」

その美しさに、クラスメイトたちが息をのむ。そして私は思わず声を上げてしまった。


日本人離れした、彫りの深い西洋人形の精巧さを感じる美しさ。すらりとした長い脚に、モデルのような繊細な体躯。腰まで伸びる長い金髪には枝毛なんて一本もなくて、とってもさらさら。撫でたらすごく気持ちよさそうだ。

前髪にはピンクの髪留めをつけていて、凛々しい印象の容貌とはギャップを感じるけれど、でもそれがキュートで似合っている。美少女のイメージをそのまま体現したような、ザ・美少女である。

ただひとつ、胸だけはちょっと慎ましいようで、その点だけは私が勝っている。なんて、自分で言っていて虚しくなりそうだ。


ともかく。

彼女は教卓に立つと、せっせと黒板に名前を書き始めた――ひらがなで。

丸っこくて可愛らしい字なのはいいんだけれど、なぜ? 

その疑問について回答を求め思考を巡らすよりも早く、彼女は口を開いた。

「ほしかわありさです」

背中をぴんと延ばし、私達をまっすぐ見つめるその凛とした佇まいには似合わないくらい、戸惑いをはらんだ声色だった。どこかふわっとした喋りが、見た目とのギャップを深めている。


「字はこうやって書くんだ」

横から先生がフォローして、漢字で書いてくれた。星川有紗、と。

「あー……星川はフランス生まれのフランス育ちなんだ」 

その言葉で、教室がざわめいた。

え、帰国子女、ってやつ? もしかしてハーフなのかな。 

好意というよりも、むしろ好奇の視線が星川さんに注がれる中、私は一人、密かに納得していた。なるほど、だから日本語が不慣れなんだ、と。

「みんな、仲良くしてあげてくれよ」 

星川さんがぺこりとお辞儀する。 


――帰国子女。 

ああ、なんて美しい響きだろう。今までそういう人に出会ったことがないから、彼女の人柄も何も知らないのにそれだけで羨望と憧憬の念を抱いてしまう。


「じゃあ、星川は窓側の一番後ろの席。で、いいよな?」

「……はい」 

堂々とした歩き方で、席へと向かう星川さん。そうして私の席の隣を通り過ぎていく、その瞬間。

「おおう……」

ふわっ、と。

長い髪がさらりと揺れて、その拍子にどこのシャンプーを使っているんだって問いただしたくなるようないい香りが、私の鼻に襲いかかってきた。それは南国を想起させる、華やかな香り。


くそう、なんて容赦のない攻撃なんだ。 

くらっとしてしまう。いや、むしろしない方がおかしい。万物を落とす、恐るべき誘惑である。


ああ、仲良く……なりたいな。 


「ねぇねぇ、星川さんっ」 

しかしさすが、見目麗しい星川さん。休み時間に突入すると、忽ちクラスメイトたち(七割が男の子)に囲まれてしまった。特に男の子たちなんかは下心丸出しにして、鼻の下を露骨に伸ばしている。

散れ。お前らのせいで、声をかけられないじゃないか。

廊下からは、他クラスの男の子たちが星川さん目当てにちらちらと視線をとばしている。

去れ。お前らのせいで、声をかけられないじゃないか。  


趣味は何?  

部活は何をやるの?  

勉強は得意?  

好きな男性のタイプは? 

芸能人で言うと、誰?  


矢継ぎ早に質問を投げかけられて、困りながらもなんとかひとつひとつ返している。律儀な子だ。転校生っていう話題性だけで周りに流されて集まっているミーハーな奴だっているだろうに、ちゃんと真面目に答えている様子には好感を覚える。


「……なにあれ? さっそく男子に囲まれちゃって、さぞかし楽しそうだねぇ」

「男には苦労しなさそうだよね」

「この歳で、もうやりまくりなんじゃない?」

「あ、あはは……確かに、ね」 

ああ、美紀たちが黒いオーラを発している。

星川さんの人気ぶりを遠目から眺め、ぽつりぽつりと愚痴をこぼす美紀たち……いや、私もか。流されて意見を合わせている時点で同類だ。 

 

――つくづく、嫉妬に狂った女子というものは、恐ろしい。あの下がった眉根とか、明らかなる愛想笑いとか、まだ不慣れであろう日本語で頑張って話をしていたりとか。そんなのを見て「困惑している」じゃなくて「楽しそう」と捉えるのは、相当穿った見方をしなければできないだろう。

転校生補正だってあるだろうに、見逃してやりなよ、と。そんなの言えたら苦労しないわけで。 


どうやら美紀たちは星川さんのこと、気に入らないみたいだけれど。それでも、やっぱり私は仲良くなりたいと思う。


 ――それにしても、星川さんのハイスペックぶりときたら、並大抵のもんじゃなかった。

体育の時間には、長身を活かし縦横無尽に走り、飛び、走り、飛びの大活躍。いくつかのチームに分かれてバスケの試合をやったんだけれど、コートを華麗に駆け、蝶のように優雅に舞うその勇姿たるや、まるで戦乙女。とにかくもう、終始その圧倒的な運動神経をいかんなく発揮していた。

これは余談だが、長い髪をくくったポニーテール姿が、堪らなく格好よかった。髪を下ろしている時の清楚な女の子の印象からガラリと変わって、すごく活動的な感じになるのだ、これが。

しかも、走るたびにテールがぴょこぴょこ揺れる。まるで生き物のように躍動感あふれていて、そこからちらりと垣間見えるうなじがとってもキュートだった。

で、私はそんな彼女の勇姿に目が釘づけになってしまったのだった。おかげで授業にまったく集中できず、私の評価は散々だった。

これについては、正式に星川さんに苦情を申し入れるつもりだ。だって、今後の授業にも支障をきたしかねないから。まったく、迷惑なことこの上ない。


しかし、何てクレームを入れようか。

「ポニテが可愛すぎて、授業に集中できないんだけど! むかつくんだけど! いやもっとお願いしますっ! というか写メとらせてください!」 


――こんなの、どんな顔して言えばいいのやら。というか、後半は苦情ですらなくなって、ただほめちぎっているだけになっているし。 


閑話休題。

運動に加えて、星川さんは学力も高いらしい。数学や理科の授業では、転校初日早々当てられまくっていたけれど、はきはきとした口調で悠然と答えていた。動揺を一切みせない、自信に満ち溢れた立ち居振る舞いは、やっぱりクール。紛うことなき才女である。


そしてそして。なんといっても、星川さんは優しかった。

どういうことかというと、それは数学の授業のとき。しっかり正解をかっさらっていく星川さんの次に私が当てられてしまって、何かハードル上がった感のあるちょっぴり辛いタイミングだった。

数学が苦手な私は、焦燥と緊張で思考がうまくまとまらず、そしてまた焦るという悪循環に陥り、答えられなかった。それだけなら先生に呆れられて終わりなんだけど、問題はそのあとだった。

落ち込んじゃって注意散漫になり、机の脚にけっつまずいてしまうという大失態を演じてしまった。挙句の果てに、その拍子に消しゴムが転がってしまい、授業中に席を立たざるを得ない状況になるという、不幸の連鎖に意気消沈。当然教室中にくすくすと笑いが起こり、私の精神がゴリゴリ削られる。しかも転がっていった先が星川さんの席の近くというのが、運の尽きだった。恥ずかしいところを見せてしまった、って。

「わ、わわっ」 

それが更なる焦りに繋がり、動揺が広がる。そんな危機的状況にあった私を颯爽と助けてくれた(拾ってくれただけだけど)のが、星川さんだった。

長い髪が垂れて床についてしまわないようそっと掻き上げながらしゃがむその仕草には、どことなく気品があった。

「はい」

私の使い古した汚い消しゴムをつかむ、小さな手、細い指、そして白くてきめ細かな肌。とにかく全てがきれいだった。

見とれてしばし受け取ることを忘れてしまったから、星川さんにはきょとんとされてしまった。

「あ、ありがとう!」

星川さんが発したのはたった二文字だけで、言葉を交わしたのは一言だけ。それでもなぜだかとてもうれしくて、誇らしかった。

文武両道。容姿端麗。

そして、クールで優しい。もてる要素をこれでもかと詰め込んだようなチートっぷり。これほどの実力を実際に目の当たりにすると、天は二物を与えない、なんて言葉がいかに嘘っぱちか、嫌でも思い知らされる。しかも二物どころか、三物も四物も持いるのだから、まったく末恐ろしい。


それからというもの、私はぼんやりと星川さんを目で追うことが多くなった。

たとえば。

今時、小学生でも使わないと思われる、一昔前の子供むけキャラクターの文房具を使っていたとか。

ペンケースにはデフォルメされたカエルちゃんのキーホルダーがついていたとか。

そんなわりとどうでもいい小さな発見をしては、意外とファンシーな趣味なんだなって、密かにニヤニヤするのだ。

本人にバレたらドン引きされること間違いなしだが、今のところはその様子はない。

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