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「おっす、清香!」

「清香、おはよー!」

「おはようっ」 


きっと、私が来るのを見計らっていたのだろう。私が教室に入った途端に、クラスメイトが蠅のごとく群がってきた。うんざりするが、もはや日常茶飯事と化しているため私も顔色ひとつ変えずに応対する。

「美紀、おはよー! あ、千里に洋子もおはよう!」

「何よ、私たちはおまけなのー?」

「仕方ないって。どうせ私たちはおまけなんだよっ」

「ごめんごめん、そんなことないって」 


美紀、千里、陽子。この三人が、私の――世間一般で言うところの「友達」に該当する存在である。 

私はしばし彼女らと、こんな何の中身もない空虚な会話を、半ば作業的に繰り広げた。朝の挨拶は確かに大事だけれど、美紀たちが集まってくるのにはまた別の理由がある。


「ねーねー、今日の英語の宿題やってきたー?」 

これである。

この子達は、毎日懲りずに「宿題忘れちゃったぁ」などとほざき、私に見せて見せてと縋ってくる。私が律儀に宿題をやってくるのをいいことに、それを当てにしているのだ。私が断らないことを分かっているから、遠慮なんて一切ない。

「うん、もちろんやってきたよ」

「さすが清香じゃん!」

「みせてみせてっ!」

「……いいよー」

心中を悟られないようへらへらと薄っぺらい微笑みを湛え、私は肯定の意を示す。ノートを取り出すと、三人がいそいそと自分のノートを持ち出して写し始めた。 


――たまには自分でやってきてくれないかな。 

その言葉を、思っても口に出せないのが私。何せヘタレなもんですから。

「てか、もうすぐ鐘鳴っちゃうんだけど。誰か一緒にトイレ行かない?」

「マジ? 私も行くー」

「あ、じゃあ私もっ」

美紀が提案し、千里が同意し、陽子もそれに続く。三人とも先ほどまで宿題を写すのに必死だったはずが、なぜか途端にトイレへ行く流れになってしまった。女の子の話題の移り変わりは激しい。


盛り上がる三人をよそに、私は密かに冷や汗を流す。

これはまずい。この流れはまずい。

どう考えても、これはお前も来いって言われるパターンだ。

「ほら、清香も行こっ」 

……やっぱり。

「――あ、ちょっ!」

美紀に腕をがしっと掴まれ引っ張られ、私は無理矢理席を立たされた。

もはや選択肢すら与えられなかったぞ、どうなっているんだ。

どちらにせよ容易に想像できる展開だったので、仕方ないといえば仕方ないけれど。

とはいえ頷く暇も与えずに、すたすたと先に行ってしまうのはどうなんだ。ちょっとくらい待ってくれてもいいじゃない。自分たちが誘ったくせに。

でも、これをスルーして教室で待機していようものなら、どんな陰口が叩かれることやら。

重いため息を吐き、私は美紀たちの背中を追いかけた。


「ね、ホントに鐘鳴っちゃうって!」

「ごめんって。ちょっと待ってよ」

「ごめんねー、もうすぐ終わるからー」

私が軟らかいトーンで急かしても、三者からはどこかのんびりとした返事。

梅雨の時季だからか、乱れ気味の髪を懸命に直している美紀と陽子に、唇かさかさで困っちゃうー、などと抜かして鏡と向き合いリップを塗っている千里。

なんともまあ、余裕のある方たちだこと。ホームルームに遅れたら、私も巻き添えで怒られるんですけど。 


――まったく。

連れションなんていうめんどくさい文化は、一体どこの誰が作り出したのやら。本当に迷惑極まりない。

クレームのひとつでも入れてやらなくちゃ気がすまない。いっそこの際、連れション反対同盟でも設立してやろうか。今に世界を脅かす巨大勢力へと成長させてやる。


「それにしても、清香ってせっかちだよねー」

「あはは、確かに! すっごい焦ってたよ」

結局私が急かしたおかげで、なんとか始業にはギリギリ間に合った。それなのに、皆の反応ときたらこれだ。悪気はないんだろうけど、そのちょっと馬鹿にしたような笑い方はなんなんだろう。

そっちが強引に誘っておいて散々待たせて、それで出る言葉がそれか。


「だ、だってさ。遅れちゃって先生に怒られたら……めんどくさいじゃん?」 

――そんな内心の苛立ちはおくびにも出さず、それっぽいセリフでお茶をにごす。

「あいつ遅刻とか、すごいうるさいからなぁ」

「うん、しかもしつっこいよね。うざいわー」

「うるさいと言えばねー、昨日家のオヤジがさ、勉強しろ勉強しろってうるさいのなんの」

「それうちもだわ。いい高校行くために今から受験勉強しろ、とか言ってんの。誰がやるかっつーの」「あ、あはは、それはめんどくさいねー」

美紀が話を振って、千里と陽子が広げ、私が適当に相槌を打つ。無味乾燥な発展性のない会話である。

気心知れた相手となら、こんな何てことないトークも楽しめちゃうんだろうけど、生憎美紀たちとはそういう関係じゃない。一緒にいるだけで楽しい、とかいう脳味噌お花畑なシステムは、私達には適用されないから。


――そんな、上昇のない安定した低空飛行の日々に変化が訪れる時がやってきた。それは、授業が終わって帰宅したあとのことだ。

その時私は、制服のまま不作法にベッドに寝転がってスマートフォンとにらみ合っていた。SNSのグループで、美紀たちの雑談に付き合わされていたのだ。やれ○○のドラマが面白いだの、○○のタレントがかっこいいだのという、次から次へと生まれては消えゆく話題のなかで、陽子がそういえば、と前置きしてこんなことを話しはじめた。


――今度うちのクラスに転校生がくるらしいよ、と。 

無類の噂好きの陽子。一体どこから嗅ぎつけてくるのか、彼女は○○が☆☆と付き合っているとか、結婚している某教師が浮気しているとか、そんな話をよくする。

それでもって、陽子が聞きつけてくる噂は、大抵真実なのだ、これが。だから、転校生についても、きっと本当のことなのだろう。


[へぇ、どんなやつがくるんだろ]

[かっこいい人がいいなー]

[もしイケメンだったら、みんな出し抜くの禁止ねっ!] 


――転校生、か。 

美紀たちの転校生予想という名の理想語りを眺めながら、何となしに考える。

どんな子がくるんだろう。男の子だろうか、女の子だろうか。

女の子だったら、仲良くしたいな。

男の子だったら――とりあえず、美紀たちと敵対しないよう、好意を向けないようにしなければ。何色目使ってんの、って露骨に態度にでるから、あの子たちは。


そして翌日、私が登校したときには既に、その噂はクラスで騒がれはじめていた。皆、そのことについて担任教師から話が出されるのを今か今かと待ち望んでいたけれど、結局それは週末までお預けされることとなった。そのせいで、転校生の話が担任の口から飛び出したときには、教室が騒然としたほどである。

ようやくか、と。

――教師によると、転校生は週明け、つまり月曜日にやってくるらしい。そして大事なのが、転校生は女の子だということ。

 女の子たちは、良い子を期待して。 男の子たちは、可愛い子を期待する。

私も、そんな子たちの一人だった。 

その後の土曜と日曜は、まだ見ぬ転校生のことを考えてずっとそわそわしてしまって、何をするにと全く手につかなかった。

月曜日をここまで待ち遠しく感じたのは、生まれて初めてだったかもしれない。

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