第7話:互いの思い
ギルドからまっすぐに宿に帰り店主に晩飯をお願いして部屋に戻った俺達だが、ギルドからずっとアスティはブスッとしたままついてきていた。
部屋に入ってお互い椅子に腰かけてやっとアスティが口を開いた。
「ユーキは勝手です。報酬を全部私に渡すなんて。これだと私はお金のかかるだけの役立たずじゃないですか。」
「そんなことないって。それに言ったろ?今日のは授業料だって。俺にとってアスティに教えてもらった知識はそんなはした金じゃ足りないくらいの大きな恩なんだ。それに素材の方は俺がもらってるんだからむしろ俺の方が得をしてるよ。」
これは俺の偽らざる本心で、実際にアスティに魔法やステータスパットのことを教えてもらわなかったら俺の方がただの役立たずだったところだ。それを考えたら授業料の300Eなんて安すぎる。俺が薬草とかの素材をもらってることも加味すると全く恩を返せていないと言っていい。
「でも、それでアスティが不機嫌になるなら俺のは恩返しじゃなくてただの押し付けになる。だからこれは今回限りで、明日からはきちんと半分づつ分けよう。俺達は互いに互いを必要としてるが、そこに上下関係や、へんな遠慮はしない。これならアスティも納得かな?」
「それならいいですけど、今回のことは貸しにします。ユーキに返せるタイミングで返しますから。」
アスティはこういったとこは頑固らしい、これ以上は無理だと思い俺も納得した。
「わかった。いずれ返してくれ。そしたらこの話はおしまいな。ちょうど飯も来たみたいだしな。」
話が終わるタイミングをうかがってたのようにノックが響き、ユーキ達は晩飯を食べた後風呂に入り、1日中外を動き回った疲れからか互いにすぐに眠りについた。
翌日からも同じようにFランクのクエストを何個か受けてフィールドに出てゴブリンを倒したり、薬草などの素材を採取したりして日銭を稼いだ。その間の戦闘では魔法に慣れる為にエンチャントをかけて戦ったが、エンチャントをしてももともと弱かった魔法攻撃はたいして威力も上がらず、結局全て格闘とアスティの魔法で戦った。
そんなことが続いて今日で5日目、レベルは互いに変化がないが、Ecは少しづつ潤ってきていた。
今日もいつものようにギルドに赴き薬草の採取やゴブリンの討伐、昨日から受け始めたビックボアの討伐とその肉の納品を受注して俺達はフィールドに出た。
いつものように薬草の群生しているポイントに行く途中で遭遇したゴブリンを討伐し、薬草を少し多めに採取、その後残りのゴブリンを探して討伐してから初めて魔法の練習をした丘(そこは俺達がいつも昼飯をしたり魔法の練習をする場所になっていた)に行って少し魔法を練習(と言っても闇魔法の発現の仕方を模索したり、基本属性をなんとか実戦で使えるようにする為のものだが、どちらも未だ成果は全くない)して、いつもの木陰で昼飯を食べる。
今日の昼飯はビックボアの串焼きではなくギルドの近くで売っていた『ドラゴンサンド』というハンバーガーみたいにパンに肉や野菜を挟んだ食べ物で、ドラゴンと言ってるがその肉はここより少し奥の岩場に生息している『ロックリザード』という大きな蜥蜴のモンスターの肉だ。
今までずっと串焼きしか食べてなかったから味に飽きてきたのと、少しとはいえ野菜も欲しかったからちょっとだけ高いが今の収入なら問題ないしと買ってみたが正解だったようだ。『ロックリザード』の肉だし名前の通り硬いかと思ったがその肉は柔らかく、噛めば肉汁が溢れてパンに染みてとても旨かった。
「ロックリザードって実はそんなに硬くなかったりするのか?」
俺は素直に疑問をアスティに聞いてみた。
「いえ、たしかロックリザードの皮膚は名前の通り岩の鱗で覆われていて物理的な攻撃と火属性は効かないはずですよ。でも、水にすごく弱いのでここの人たちにとっては特に脅威ではないモンスターですね。」
「なるほど、ここの人達は水の加護があるからな。それでそいつを水で攻撃したらどうなるんだ?」
「鱗が水を含んで動きが遅くなるんですよ。それに鱗も脆くなって剣が通るようになるんです。」
「それなら俄然やり易くなるな。」
「そうですね、もう少し連携とかを練習したら一度行ってみてもいいかもしれませんね。」
そんな話をしながら俺達は昼飯を終え、そこから5分程歩いたとこにある森の中に入った。
薬草の時もそうだったがアスティは種族柄森とかに強く、道に迷うようなことはなかったし、森の中での方が戦いもスムーズで索敵も正確で広範囲になっていた。ただし得意の火の魔法は使えなくなるのでそれはやりにくそうだった。
しかし森の中を索敵しながら俺の前を歩くアスティだが、今回の目標であるビックボア2体はまだ見つからず代わりに
「ユーキ見てください。また『甘露の実』ですよ。それもこんなにたくさん!この森は本当に凄いですよ。」
昨日からアスティはこの真っ赤に熟した甘露の実という甘い果実やキノコを採取したりして森に入ってから出るまでに時間がかかるのが難点だ。
昨日もビックボアがむこうから近づいてきて初めて戦闘になったくらいだ。
「アスティ、そろそろビックボアを…」
「わー!ユーキ、これ駿河茸ですよ!これも美味しいんですよ。」
どうやら今日もダメらしい。昨日もビックボアを倒した後もこれが続き、暗くなりだしてようやく帰り支度を始め、帰る途中もずっとウキウキしていてとても怒れるような感じじゃなかったし…。今日も森に入る前にそれとなく注意しようとしてたの忘れてたし本当早く出てきてビックボアさん。
その後もこんな感じで30分程してアスティの鞄がパンパンになってからようやくアスティが
「さて、そろそろビックボアを探しに行きましょうか。」
「やっぱり探す気なかったんだな…。」
「あはは~すいません。この森が素晴らしくてつい。でも大分食料も集まりましたし、これで後はビックボアの肉があれば約束通り作れますね。」
「なにを?」
「もう、この前ユーキが私の地元の料理が食べたいって言ったじゃないですか。流石に地元と同じ食材でって訳にはいかないですけどこれだけあればそれに近い味には調整出来るでしょうし。」
「アスティ、もしかして俺の為にずっと素材を集めてたのか…?」
「あ、いや、私が楽しくてってのも勿論ありましたけどね。あはは。」
「そうだったとしても俺は嬉しいよ。ありがとうアスティ。」
「ずっと付き合わせちゃいましたし、まだ作ってないんですからありがとうは違いますよ。」
「そうだな、それじゃ楽しみにしとくな。」
「はい、ご期待に沿えるように頑張ります。」
「それじゃそろそろビックボアを倒しに行くか。」
「えぇ。素材用も含めて4体は倒したいですね。」
「了解!」
アスティの作業も一段落して、積極的にビックボアを探しだしたら5分もかからず発見し、いつも通り俺がエンチャントして格闘、アスティはアイスで援護(水の魔法が一番自然に優しい為)という形だが、ゴブリンの時のように一撃でという訳にはいかず、大きさにもよるが、5発ほど攻撃してやっと倒れる感じだ。これを4回繰り返し目標を達成した俺達が森を出た頃には陽が西に大分傾いてもう少しで陽が暮れるところだった。
「ちょっと遅くなったな。急いで戻ろうか。」
「すいません私が夢中になって素材集めてたばっかりに。」
アスティが申し訳なさそうに顔を歪める
「それはもういいよ。俺の為でもあるわけだし、俺も楽しみだしな。だから早く帰ろうぜ。」
「はい。」
それから俺達は少し急いで町に帰り、ギルドに戻った時には空は完全に茜色に染まっていて、ギルドの中も他の冒険者で一杯だった。
「これは時間がかかりそうだな…。」
俺達も列の最後尾に並び順番を待つ。並んでいる間も続々と後ろに他の冒険者が並んでいく。クエストを報告して報酬を受けとるだけだから流れは早いのが救いだ。
どうにか報告して報酬を受け取って外に出たら回りからいい香りがする。
「俺達も腹がへったし早く帰って晩飯にしよう。」
「はい、早く帰りましょう。私もお腹がペコペコです。」
俺達が宿に向かって帰ろうとすると後ろから呼び止められた。
「ちょっとそこの2人待てよ。」
振り向くとそこにはこの前受付のとこで会った先輩冒険者が今日は1人で立っていた。
「お前ユーキとか言ったっけ?お前のそっちのツレどこで知り合ったか教えろよ。出来たら他のエルフ紹介しろよ。」
その人は要求を言いながらこちらに歩みよってきた。
「どこでも何も先輩も知ってるでしょう。僕と先輩の共通の知り合いなんて1人だけですよ。」
先輩は何を言ってるのかわからない風だったが少し悩んでから分かったらしく
「もしかしてあんときの物乞いか!?なんだよあん時エルフって分かってりゃあんな態度とらなかったのによ。」
先輩がそんな話をしているとそのパーティーメンバーが集まってきた。
「どうしたよリーダー。そんなでけぇ声だして。」
「いや、あんときの物乞いが実はエルフでよ。今から勧誘するとこよ。」
「は?」
俺はこの人が言ってる意味が一瞬分からなかった。
「つーわけでよ、エルフの嬢ちゃん。うちのパーティーに来いよ。」
「リーダー、俺知ってるぜ。そこの男外で戦ってる時も腰の剣使わねぇでずっと殴ってやがった。もしかして剣が使えねぇんじゃね?」
「なんだよお前そうなのか?あはは!そんなので冒険者やってんのか?それなら尚更じゃねぇか。嬢ちゃんこっち来いよ。そんな使えねぇ男と2人でやるよりはよっぽど儲かるぜ?」
確かにアスティは早く強くなって里の皆を見返せるようになりたいって言ってたし向こうの方が身入りがいいだろう。実際向こうのリーダーの装備は武具屋でみたあのバカ高い装備だった。
アスティを見るとどうしていいかわからず不安そうな目で俺と向こうとの様子を伺っている。
そんなアスティと目があって、何かを俺にうったえかけようとしていたが何を言いたいのか俺には分からない。
「おいおい、何をそんな悩んでんの?どー考えてもこっち来た方がいいだろ。」
向こうも急かしてきている。
「アスティ、俺に気を使わなくてもいいぞ。確かにアスティとはまだ一緒に冒険していたいけど、向こうの方が強くなれるだろうってのはあってるしな…。だから遠慮せずに向こうに行って…」
バシッ!
俺がなるべく気持ちを押さえるようにアスティの方を見ないようにしてアスティを送り出そうとしていると、急に頬に衝撃が走り台詞が中断された。俺はゆっくりと顔をあげるとそこには
「なんでそんなこと言うんですか!」
さっきまでとはうって変わって、怒りと悲しみを混ぜ合わせたような顔を浮かべるアスティと目があった。
「なんでそんなことを言うんですか…。ユーキにとって私は邪魔者ですか?」
「そんな訳ない!おれにとってアスティは恩人で、仲間だ。だけど俺といてもアスティの目標が達成できる程の強さはてに入らないかもしれない。だったらこの人達といた方がってアスティの為を思って…」
「それだったら!私の為にって思うなら俺といてくれって言ってくださいよ…。私はずっとユーキと一緒に冒険者をやりたいんですよ…。」
「アスティ…。ごめん。でも、俺だってアスティと一緒にいたいよ。でも俺とだと時間がかかるし、そもそも達成できるかわからないんだぞ?」
「そんなのどうでもいいんです。私の今の目標はユーキと一緒にいろんな世界を見てまわるのが夢なんです。里のことは別にいつでもいいんです。私は里に居たときよりユーキといる方が全然楽しいですから。」
「アスティ…。」
俺はアスティにここまで言わせないと自分の正直な気持ち、『アスティと一緒にまだ冒険者をやりたい』という気持ちに整理がつかなかった自分が恥ずかしくなってきたとこに救いの手ではないが声がかかる。
「あぁ~っと、お暑いとこ申し訳ねぇけど、結局どうなの?来ねぇの?」
「はい、すいませんが彼女はお渡しできません。彼女は俺の大切な人なんで。」
「チッ!それならまた出直すわ。精々フィールドで気を付けな。」
先輩は舌打ちをしてから俺を睨み付けて去っていった。
「ごめんな、アスティ。危うく大きな過ちを犯すところだった。」
「もういいんですよ。その後ちゃんと言ってくれましたし。私の方こそ声を荒げてしまってごめんなさい。」
「よし、それじゃあ遅くなったし今度こそ帰ろうか。」
俺はアスティと2人で少し早足で宿に帰った。




