第8話:初対人戦
長い間空いてしまって申し訳ありませんでした。
ギルドから帰った後はお互いなにをするでもなく普通に晩飯を食べ、風呂に入り眠った。
次の日も俺はいつも通りに朝の鍛練を行い、シャワーで汗を流して朝飯を食べてギルドに向かった。
ギルドでも受けられるクエストは相変わらずFランクのみ。今現在何ポイントあって、あと何ポイントで次のランクにあがるのか。どのクエストで何ポイント入るのか。などは一切教えて貰えない。
なので俺達の受けられるクエストはいつものように薬草の採取とゴブリンとビックボア討伐だけだ。
いつもと違うのはギルドの中の空気だけだった。ある者はニヤニヤと、またある者は不憫そうに俺達を見ていた。
俺はあえてその空気を感じてないふりをして外に出てアスティに問いかける。
「なあ、さっきの回りの奴らの雰囲気おかしくなかったか?」
「やっぱりユーキもそう思いました?私もなんか変な感じだなと思ってたんです。」
「今日1日何も起こらなければいいけど…。」
こうして嫌な予感を感じながらも今日もフィールドに向かった。
フィールドに出てからも特に何も起こらず薬草の採取とゴブリンの討伐をサクッと終わらせた俺達はまた例の丘に昼飯を食べる為に集まった。
ここでいつもとは違うことが起こった。
「ユーキ、今日はお昼ご飯買ってきてないですよね?」
「あ、しまった!ギルドの後で買おうと思ってたのに変な空気のせいですっかり忘れてた。」
いつも俺が2人分買って持っていくんだが。
嫌な予感の正体はこれだったのか…。俺は安心しつつも後悔した。
「もう。ユーキったら忘れてたんですか?」
「ごめんよアスティ。今から買ってくるからちょっと待ってて。」
俺は『クイック』と唱えてなるべく早く帰ってこれるように走ろうとした時、アスティが呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待ってください。忘れてたものが違いますよ。」
「え?」
違うと言われても現に昼飯が無いわけで。
俺がなんのことか分からない顔をしていると
「もう、本当に忘れたんですか?今日は私がお弁当作るっていったじゃないですか。」
「え、お弁当って言ってたっけ?俺はてっきり晩御飯かと思ってた。」
「あれ?言ってなかったですか?」
「うん、聞いてないと思う。素材が集まったから作れるとしか言ってなかったはずだぞ。」
「そ、それじゃあ私の勘違いだったんですかね。すいません。」
アスティが照れてあははと笑う。
「いや、いいよ。俺も勝手に晩飯と勘違いしてたし。それにこう言っちゃなんだけど買ってくるの忘れて丁度よかった。」
「そうですね。丁度よかったです。それじゃあすぐに用意しますね。」
そう言ってアスティは鞄の中からテキパキとシートを取りだして広げ、皿、箸、コップを並べ、最後に花見の時とか大人数で食べるときの二段のお重の弁当を取り出した。
「それじゃあお口に合うかわかりませんけどどうぞ食べてください。」
そう言ってアスティが蓋をとると一段目には色とりどりのおかずが敷き詰められていた。ビックボアと駿河茸の炒め物や、店で売ってた名前も知らない野菜のおひたし、卵焼きなどパッと見た感じだと和食中心のようだ。
「おぉ~。すごい美味そうだ。」
俺はこっちに来てからしばらく見てなかった料理に興奮していた。
「まだありますよ。」
そう言ってアスティが上の段を外すと下の段には炊き込みご飯と仕切りを間に挟んで甘露の実などのフルーツが並んでいた。
「おぉ!凄いよアスティ。ありがとう。」
「まだ食べてないじゃないですか。早く食べてみてください。」
「それじゃあ早速。」
俺は皿にご飯をよそい、おかずを少しずつのせて、まず定番の卵焼きから口に入れた。
「美味い…。」
それは向こうの世界で食べてた物とは材料が違うから多少は味が違うが、どこか懐かしさを感じさせるお袋の味がした。
「え、ユーキ?なんで泣いてるんですか?」
「えっ?」
俺は知らず知らずの内に涙を流していたようだ。
「ごめん。ただ俺の母さんの味に似ててさ。ちょっと向こうの事思い出したら自然に出てきたみたいだ。だから気にしないで…」
「ユーキ。」
アスティが俺の頭にそっと手をのせる。
「またいつでも作りますから。だってこれからもずっと一緒に冒険するんですから。泣きたいのなら、泣いていいですよ。」
アスティが俺の頭を優しく撫でる。
「アスティ…。ううん、いいんだ。もう大丈夫。ありがとう。さあ、一緒に食べよう。」
少ししんみりしたが、アスティの料理はどれも美味しく、2人で全部食べきった。
この時俺は完全に朝の予感の事を忘れていた。
「さて、そしたら次は森でビックボアを討伐だな。アスティ、嬉しいけど採取はほどほどにな。」
「あはは、が、頑張ります。」
これは今日も時間かかるかもな。と半ば諦めて森に入った。
案の定アスティは森に入ると早速甘露の実を見つけて採取を始める。
思った通りの行動だが、昼にアスティが幸せそうに甘露の実を食べていたのを思い出すとまぁいいかと思えてくる。実際苺みたいな甘酸っぱい味で美味しかったし。
それからも甘露の実、駿河茸、いろんな香草などを取っていき、結局いつもとほとんど変わらない時間になってようやくビックボアを倒し終えた。
「結局いつもと変わらないな。」
「すいません。どうしても森に来るとテンションが上がってしまって。」
「いや、またアスティの手料理が食べられると思ったら前より楽しいよ。」
「じゃあ今日まではしんどかったんですか?」
「まぁちょっとね。」
「うぅ…。すいません。」
「いや、だから今は楽しいからいいよ。」
そんな会話をしながら森を歩いていると少し開けた場所に出た。
そこには数人の冒険者がいて、俺達を見つけるとゆっくり近づいてきたと思ったらいきなり抜刀し俺に切りかかってきた。
「っ!何するんですか!」
「ごめんな坊主。ちょーっと訳あってお前には死んでもらう事になったんだわ。」
1人がそう言って残りの奴らはニヤニヤとしている。この時になって朝の嫌な予感を思いだした。
(チッ!油断した…。朝の正体はこれか。)
俺は心の中だけで悪態をつき、顔は目の前の光景に集中した。
話かけてきた奴はある程度できそうだが、残りの奴らは皆構えが素人臭く俺達でもなんとか対処できそうだ。
「アスティ、俺が正面の奴を何とかするから周りの奴らを頼めるか?近づけないように攻撃してくれれば大丈夫な筈だ。」
「やってみます。」
「最後の会話は終わったか?そろそろいくぜ!」
男の合図で全員が襲いかかってくる。
「『クイック』、『シールド』、『アタック』!」
俺はエンチャントをかけつつ敵の斬撃を回避する。
「オラオラ!避けてばっかりじゃ勝てねぇぞ!」
敵が大振りの一撃を出した瞬間、俺は懐に潜り込み無防備な腹に拳を突き入れる。
「っぐおっ!?」
男が後退し腹を抑えて踞る。
俺は一気に畳み掛ける為、肉薄し横っ面に一発入れーー
『ブリザード!』
ーーようとして急旋回、右に回避をとる。
(危なかった。相手も魔法を使ってくることを忘れていた。)
「くっ、てめぇなんだその力は…。俺はレベル25だぞ。なのにこんな冒険者なりたてのガキがなんでこんな強えんだよ。」
俺は答えない。こいつらにエンチャントの事を教えてやる義理はない。
「チッ!クソが!『ブリザード!』」
今度のは落ち着いて回避。
「『ブリザード』、『ブリザード』、『ブリザードーー!』」
何度やっても『クイック』をかけた俺には避けるのは簡単だった。
「クソッ!もう関係ねえ!この辺一帯と一緒に燃えちまえ!『ファイーっぐあっ!」
あいつは炎の魔法を唱えようとしたがそれは残りを全て片付けてから放ったアスティの『アイス』によって気絶させられた。
「間に合ってよかったです。」
「ありがとうアスティ、助かった。それにしてもこいつらは何の目的で俺達を襲ってきたんだろう。」
「なんだ?ガキ2人相手に全員やられちまったのかよ。」
その時森の入口の方から人が1人歩いてくる。
「こいつら全然使えねぇな。もうちょい追い詰めてくれると思ってたのによ。」
「先輩。これは何ですか?」
そう、昨日アスティを勧誘しに来た先輩だった。
「まだわかんねぇの?昨日穏便に済ませようとしたのにお前に断られたから今日は実力で奪おうと思ってよ。」
つまりさっきの奴らもこの先輩がけしかけたという事か。
「なんでそこまでアスティにこだわるんですか。そんなに仲間に入れたいんですか?」
「はぁ?別にそんなのはどーでもいいんだよ。まあお前はこれから死ぬんだし、冥土の土産に教えてやるよ。物好きな貴族連中にはエルフや獣人が好きな奴もいるんだよ。で、そいつらには奴隷として高く売れるんだよ。」
「奴隷だと…。」
この人は、こいつはアスティを仲間にする為じゃなくて売るために勧誘したのか。
「まぁつーわけでお前は邪魔になるからここで死んでもらうわ。」
そう言うと先輩は腰に差した剣を抜いて切りかかってきた。
「っつ!」
俺はギリギリでなんとか回避出来た。俊敏を強化してこれだから実力もかなり上なんだろう。
『アイス』
アスティが牽制の魔法を放つが
「ふんっ!俺には魔法は効かねぇぞ!」
奴はその魔法を剣で切り払った。
「嘘っ!魔法を剣で切るなんて。」
その後もなんとか隙をついて攻撃しようにも、ことごとく失敗する。
「くっ!なんで魔法が効かないんだ。」
「はははっ!無駄無駄!これは魔法を弾く魔剣だからな。そんな攻撃じゃ勝てねぇぜ!」
それならアスティの魔法での有効打は狙えない…。なんとしても俺があいつに攻撃を当てないと。
ひたすら斬撃を回避してチャンスを伺う。
しかし、無情にもリミットが存在する。
何度目かの敵の斬撃を回避しようと動いた際に急に体の動きが悪くなった。
(しまった!もう効果が切れたのか。)
エンチャントの効果時間が過ぎたのだった。勿論、俺を殺そうって敵がこの隙を逃すはずもない。
「どーした。急に動きが悪くなったぞ。早く逃げねぇと死んじゃうぞ?オラッ!」
「っぐぁっ!」
敵の鋭い斬撃が俺の左腕をかすめ鮮血を散らした。
「オラァッ!これで終いだクソガキ!」
大振りの一撃が目前に迫るが、先程の攻撃でよろめいたせいで体制を崩してしまい上手くいかない。
ここまでかと諦めかけた時、突然横から勢いよく突き飛ばされた。
「うあっ!な、なん…だ…。」
なにが起こったのか確認する為に振り向いた時、そこには地面に倒れるアスティと空に舞う赤い飛沫が見えた。