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白羊宮 第1の試練


「次は2頭クエ行ってみようか」

「無理です」




 闘技場に立った男は、開戦の合図を今かと待ち構えていた。

 神より与えられしは、ひと振りの石剣。

 しかしそれは剣というにはあまりにも大きく、分厚く、重く、そして大雑把過ぎる代物。

 そう、それは正に岩の塊というに相応しい。

 ゆえに斬れ味など申し訳程度であり、斬るというよりは押しつぶす為の剣……いや棍棒のように扱われるべき代物と化していた。


 人身よりも巨大な剣を、しかし男は造作も無く振って見せた。

 万神殿の礎を削り出したというその剣とも棍棒ともつかぬ今回の相棒は、神の述べるとおり、その御技に違わぬ力を秘めているのだろう。

 剣を見つめていた男は「開門!」という宣言に視線を前方へと戻す。

 思考を遮るように、がらがらと大きな音を立て眼前の門が上がって行く。

 いまだ影すら見えはしないが、控えるは間違いなく人食いの獣。

 殺めることあたわぬのなら、こちらが死ぬるまで。

 そんな至極当然の事を思いながらも、男は至って平常通りの精神状態のままであった。

 常の対人、対獣の戦であれば、軽くステップを踏んで状態を確かめさえするような。

 ……だが、そんな平常心もそこまでである。

 開幕直後、心の臓を掴むような咆哮で、平素などという温さは至極あっさり吹っ飛んだ。


「な……っ!?」

 現れたのは人の3倍、いや4倍はあろうかという黄金の獣。

 獅子の顔と人の顔を交ぜたような容貌をしており、四つ足でこそあるものの、巨猿のごとく前腕は太い。

 異形の獣はその相貌に苦悶の表情を浮かべ、何度も何度も吠え猛る。

 目立つ上半身の発達ぶりに比べて視線が生き届き難い下半身……いや脚も、大きく飛び上がって門から舞台中央まで降り立つだけあり、引き締まった筋肉がよく見てとれた。

 顔を覆う金の(たてがみ)は煌めくほどに美しく、胴は黒地に金の飾り毛に覆われている。

 遥か仰いだ背中の上には、不釣り合いな可愛らしい大きさの翼が申し訳程度にちょこんとくっ付いていた。

「ぐるるるるるる」

 冷汗が噴き出る。

 これ程までに生命の危機を感じたのは、一体何時ぶりであろう。

 獅子の頭には猛牛の如き捩じれた角が2本。

 腕といい頭といい、正面に立てばまさに死しか見えない。

 ――――――これは本当に『獅子』か?

 決して侮るつもりはなかったが、人知を越えたその異形に、男は改めて試練の苛烈さを思い知ったのであった。



「あれは……!ましゃか、スフィンク(しゅ)ではありましぇんの!?」

 幼い娘神は観客席で息を呑んだ。

 スフィンクスとは、本来ならば神の領域に片足突っ込んだ、いわば神獣というべき存在である。

 年経た獅子が昇華して為るとも、神の力を受けて為る、あるいは成るとも、獣同士の交雑により生るとも諸説あるが、決してあのような化け物ではなかった。

 賢者獅子とも称される明晰頭脳の持ち主である“はず”だが、当然、元来はあのような恐ろしげな姿をしていない。

 大きさは人の背丈よりやや大きい程度、いわばそこらに生息している野生の獅子くらいの大きさしかなく、時折思索に飽いて人の前に立ち、問答をけしかけては気に入らないと噛み殺す(いたずらする)……というのが一般的な生態なのだが。

「いやー、みごっとに、呪われちゃってるねえ。正道を歩めば立派な賢者になれたろうに、人の肉と血の味を知り、知と欲と魂と恨みで自分以外すべて敵とみなし、ひたすらに攻撃するだけの怪物と化しちゃってるよ」

 うんうん、と腕を組んで訳知り顔で頷く兄に対し、妹でもある幼い娘女神はその小さな手で首元に掴みかかった。

「今しゅぐ止めさせてくだしゃいまし!アレ(・・)は、ただ人が相対して勝てる相手ではありましぇんわ!」

 すでにして半泣きであるが、女神の兄は意に介さずのほほんと呟く。

「開幕から狂化激昂状態(げきおこ)かー。よし!この個体は今後『激昂金賢獅子(スフィンクス)』と呼ぼう!」

「そういう問題ではありましぇんわよ!?」

 幸か不幸かこの兄妹の会話は、階下の舞台で冷汗を垂らす男には届かなかったようである。



 いつまでも呆けてなどいられない。

 男は剣を構えなおし“敵”に向かって行く。

 『ちゅーとりある』だとかである程度事前に情報は得ていたものの、この分ではどれほど通用するか分からない。

 ならば実際に剣を、拳を交えてみて、それから考えなければならない。

 ――――――この馬鹿デカイ獅子という名の怪物を倒す方法を。

 次の咆哮はさほど怯まなかった。

 耳が痛む程度だ。

 しかしその直後、獅子は真横に飛ぶ。

「!?」

 素早い身のこなしに、視線が彷徨いかける。

 動きについて行くのが精いっぱいだ。

 いや、これしきで動揺してはならない。

 まだ、闘いは始まったばかりなのだから。

 しばらくは動きを見て観察する。

 かわす、避ける、その巨大な剣で防御する。

 当てられそうなら剣を当てに行く。

 鈍重な流れ。しかし、ここでの焦りは禁物だ。直死に繋がるのだから。


 がきん!

 また剣が弾かれる。

 とにかく堅い。

 刃が通じないというのはハッタリでも何でもない話だったらしい。

 素早い動きで後方に下がる。

 金の獣も同時に。

 今のところその4つ足で駆けるよりも、強靭な筋でもって跳ぶ方が多い。

 ……目視が追い切れず厄介だ。

 足止めが出来れば。

 考えたが、やはり足や腕に攻撃を仕掛けて鈍らせるしかない。

 ……長い闘いになりそうだと、早くも伝い始めた汗を舐めた。


 振り上げた剣を下ろす。

 その瞬間にはもう獅子の姿は己の頭上を越え、後方だ。

 すかさず振り向くと相手は仁王立ちになって―――

 腕が来る、と思った。

 しかし実際には―――

「くあっ!!」

「いやあっ!?」

 まさか、体ごと横に回転してくるとは。

 やはり一筋縄ではいかない。

 甲高い悲鳴が聞こえた気がしたが、すぐに忘れた。

 余計な事を考えていては、この闘いに生き残れない。

 後ろに飛びのき、そのまま覆いかぶさろうとするのを今度はこちらがかわす。

 剣で抑えようとしても、恐らくは無理だろう。

 重さが違いすぎる。

 相手が地面に手をつき動きが鈍ったところで、頭上に一撃を。

「むん!」

 今度のは少し手ごたえがあった。

 よく見れば、僅かに流血しているようだ。

 弱い部分は積極的に行かなければならない。

 例えそれが、自身を危険にさらす事になろうとも。

 長引けば長引くだけ、こちらが圧倒的に不利なのだから。


 起き上がり腕を振るってくる。

 そのまま押しつぶすように前進。

 初撃を剣で捌いた後は、その巨体ゆえにガラ空きの胴の下へ入り込み、そのまま後方から脱出する。

 腹の下で剣を振るう余裕などなかった。

 しかし後方が取れたので、そのまま尻を斬りつける。

 またもや横っ飛びをし始めたので、落ち着くまで見守る。

 無理して追いかけた所であの速度に追いついて攻撃など、いかな自分でも出来ないからだ。

 突進してきたのを避ける。

 これくらいならば大丈夫。

 動きもだんだんと見えて来たように思え、ならば少し攻撃に移るかとそう思った時だった。

「ガアアアアアアアアアア!!!」

 ぶわり、と空気が膨らんだ。

 いや、痺れた?震えた?

 ――――――これは、怒りか。


 仁王立ちで怒りをあらわにする金の獅子。

 気のせいではない。

 バチバチと体から何か放っている。

 恐らくは、雷。

「……馬鹿な」

 雷とは最高神の力そのもの。

 それを、いかな賢獅子とはいえ一介の獣に過ぎぬ獅子如きが扱おうとは!

 ますますの窮地。

 どごお!!

「!?」

 拳の一撃で舞台が抉れた。

 神の作り出したもうたこの舞台に傷を付けるなど!

 速さも力も先ほどの比ではない。

 だが、ここで怯んでいてはこの先に勝機は無い。

 冷静さを取り戻せ。

 心の中で己が言う。

 言うまでもない。

「がああああああああ!!」

 再びの咆哮の後、その巨体から体重を乗せきった拳が飛んで来る。

 右、左。

 片方を剣で弾き、もう片方は体ごと避ける。

 汗がどっと噴き出した。

 走って後方に回り込む。

 ――――――今のは危なかった。


 怒りにまかせて突進する獅子の後方目がけ、すれ違いざま一撃を。

 堅いなりに、今のは上手く入ったようだ。

 バリバリと雷を放つ獅子は、地面―――舞台に深く手を突っ込んでしまったらしく動けなくなっている。

 好機!

 縦、縦、横。

 鈍重がゆえに振り回す方向も決まっているが、そんな事は知った事ではない!

 ただひたすら、渾身の力で振り回すのみ!

「が」

「!?」

「ガアアアアアアアアッッ!!」

 ガララッ

 なんと獅子はその腕力でもって力ずくで腕を抜き、舞台の破片を持ち上げた!

 投げつける気か!!

 方向を見定め避けたものの、ぞっとする。

 己の力のみならず“道具”を利用する知恵は、まだ残っていたという事か。

 少々見誤っていたやもしれぬ。


 振り回し、飛び跳ね、時に回る。

 体全体を使った攻撃は、苛烈を極めた。

 タチの悪い事に、それでも獅子は疲れを見せない。

 もっとも、自身も多少息つく事はあれど、それに付き合えるのだから尋常ではないのだろうが。

 しかし、このままではいずれ詰むだろう。

 決定打になりうる“何か”を探しながら、ひたすらに避け、防ぎ、剣を振るった。

 事態はこう着に近く、慣れは自身への緩みともなる。

 実際一度後方に逃れたのち剣を振るえば、その後振り向きざまに2発ほど喰らうはめになったのだ。

 手足は痺れ、腹にも力が入らない状態で、それでも男は駆けた。

 足が止まれば死ぬ。

 それだけが、男を動かす唯一だった。


 そしてまた新たな動きを見せる獅子。

 その脚力で天高く飛び上がり、落下。

 男を追いかけるように幾度も飛び跳ねる。

 いや、よく見れば自身の体を丸め、体当たりに近い行動のようだ。

 その後は飛んだり跳ねたり舞台の破片を投げたりとやっていたが……。

「(動きが鈍ったな)」

 明らかに移動速度が落ちていた。

 しかし油断はできない。

 相手に攻撃に合わせ距離を詰め、脳天へ一撃!

 やはり弱い!

 わずかではあったが、足元が揺らいだ。

 隙を逃さず叩く!叩く!

 深追いせずに後ろへと飛ぶ!

 瞬間、その場が深く抉れた。

 そして後方飛びからの飛びかかり。

 剣を盾代わりに位置を守る。

 若干足が押されたが、自身は無事だ。

 その位置からまた殴る。

 相手の攻撃に合わせて後方へ回り込もうとすると、相手も動く。

 ちょうど真横で剣を振るう形になった。

「ガッ!?」

「よし!!」

「きゃあ!!」

 頭上から聞こえたのは……神々の声か。

 胴への一撃で、獅子は上手い事倒れこんでくれた。

 転がってもがく獅子に、容赦ない追撃を加える。

「属性だ!属性を開放しろ!!」

 まさに天啓。神のお告げ。

 使い方は教えられたはずだ。

 実際に軽くではあるが試しもした。

 だから、出来る筈だ。

「おおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」

 “力”を込めると、剣がその姿を変える。

 薄青い光を帯び、剣幅はより幅広に。

 もはやそれは、剣といっていいのか分からなかったが。

 とにかく、それを。

「ふんっ!!」

 振るう。

「ふんっ!!」

 振るう。

「ぬうん!!」

 振り下ろす!

「よっしゃあ!縦3!!」

 頭上から神の声。

 どうやら思惑どおりらしい。

 合っていた事に安堵すると同時に、自分の様なただ人でも神を喜ばせる事が出来るのかと笑みが浮かぶ。

 が、しかし。

 ふらつく獅子が大きく口をあける。

「がああああああああああああ!!!!」

 まさか、雷光の奔流がその口から出るなどと、誰が想像しようか。


「いやあああああ!!」

 直撃では無かった。

 奇跡と言っていい。

 自分でも驚くくらい本能で動いていた。

 しかし一連の戦闘ですでにかなりボロボロだった鎧は黒く焦げ、もはや守りとしての役をなさない。

 よって、もうここから先は身の守りを捨てる覚悟で行く事にする。

 相手もかなりふらつきが目立つようになった。

 弱った足に打ち込むと、堅いのに変わり無いがいともたやすく倒れこむ。

 頭上目がけ、幾度も幾度も青白い焔を打ち下ろした。

「ガアアアアアアアアッッ」

 再び咆哮。

 後に飛び退ろうとして、追いつかれる。

「ぐあっ!!ぐうぅっ!」

 そのまま腕に、いや手に握りこまれた。

「くそ……ッ!!」

 胴が締まって息が出来ない。

 このままでは窒息どころか、頭からバリバリ貪り食われるだけだ。

「何せ相手は人喰い獅子だからな……!ぁああああああああッッ!!」

「ぐぁう……!?」

 渾身の力で手のひらを広げてゆく。

「がううっ!!」

「ぅあっ!?」

 食べるのは無理だと悟ったか、いきなり放り投げられた。

 宙で何とか体勢を整えようとしたが、大地に叩きつけられるまでそう時間はかからない。

「ぐっ!」

 痛みをこらえ、また走り出した。


 振り向きざまに2、3度の攻撃。

 何度も見た手だが、間が悪すぎる。

 喰らいかけて必死で逃げ惑った。

 幾度か位置を変えて相対する。

 その間に、自身の心臓は落ち着きを取り戻してくれたようだ。

 落ち着いて当てに行く。

 いや、振り回す。

 剣の変化はまだ続いたまま。

 幅も長さも、この化け物を一刀両断できるほどに大きくなっている。

 ゆえに、ただ自分は振り回せばいい。

 弱った手足に、弱みを見せた頭上に。

 びぎん!

 堅い音を立てて角にヒビが入る。

 狙って撃ってやれば、いとも容易くあっけなく折れた。

「がああああああああ!!!」

 しかし、そこまで攻撃し続けてなお、相手はまだ大人しくはなってくれないらしい。

 剣の届かない高みに飛びあがり、体当たり、そしてまた跳ね上がる。

 こうなっては手の打ちようが無い。

 回避に専念する。

 と、一連の行動がやんだと思いきや、ふらつきながらも不自然に距離を取り始めた。

 ……ああ、野生なら逃げ出す場面か。

 しかしここは逃げ場のない闘技場(コロッセウム)

「残念だが、お前はここで終いだ」

 足を薙ぎ、腕を薙ぎ、倒れこむ金色の背に向かって渾身の一撃を。

 青白い焔でもって、ひと息に胴を薙ぐ。

「はああああああああああっっ!!」

「グアアアアアアアアアアッッ!!」

 びぃん

 断末魔の咆哮。

 ひと際大きく伸び上がった後、金色の獅子はどう、と地に倒れ伏し、そして2度と起き上がる事は無かった。

 


 男はようやく、剣を下ろした。







「どうしてあの獅子の体の色は黒いのでしゅか?」

「そりゃ呪われてるからさ」


 どう見ても激おこ○ージャンです、本当にry


 

 ちなみにおっさんの剣、青白い炎とか言っているけど解放属性氷です。

 やっぱりラー○ャン……。



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