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処女宮 第6の試練



試練編のはずなのに、バトルシーンがラスト数行分しかないという体たらく。





「と、いう訳でして」

「はー……まったくしょうがないなあ。まだそんな事やってんの……」

 馬車に戻り事情を説明いたしますと、頭を抱え溜息を吐くウルカヌスお兄様の姿がそこにはありました。


「その、申し訳……」

「ああもう“そっち”じゃないよ!しょうがないなあって言ったのは、メルクリウスの方!」

 えっ!?

「あの子にも、そう言いたくなるだけの理由があるって分かっているけれども……今回は……今回も、かな?悪い癖が前面に出ちゃったんだろうねえ」

 アポロ様も、どこか苦笑しているご様子。

 しかし、あの方に悪い癖などあったでしょうか?

 ……わたくしが知らないだけなのかもしれませんが。

「そうそう、悪い癖と言うなら君も同じだよ、ユウェンタース。確かに自省も大切だけど、過ぎるは良くないって知っていたかい?逆に嫌味に見えたりもするもんなんだよ。……あの子が怒っているのも試練の発端が問題なのではなく、その辺が原因なのだろうねえ」

 そうなの、ですか?


 わたくしは、驚き目を見張ります。

 そんなわたくしに、ウルカヌスお兄さまは殊更優しい頬笑みでもって語りかけました。

「あのね、君は今、何の為に試練を受けているの。役目に戻る為?永遠を取り戻す為?……正直言ってね、私たちが試練を与える役に回った理由はそんなものではないのだよ。……本来の君は、もっと明るく朗らかな子だったはずだ。私たちはそんな君を取り戻して欲しくて、こうして協力しているのだよ。……だからこそ、あまり自分を責め過ぎてはいけないよ。何も、追い詰める為に試練を与えている訳ではないのだから。もっとも、原因を忘れて欲しくないのは彼の意見と同意したいところだけれど」

 そう、でしたか。

 お兄さまの優しく温かいご配慮に触れ、わたくしの気持ちも浮上したように思います。

 純粋に『わたくしの為』なんて、そんな風に言って下さるのは、いま目の前にいるお兄様だけ……。

 いいえきっと、わたくしの大切なお兄様お姉様方だけなのでしょうから。


「ああそれで、何の話だったっけ」

 止めていた手を再開しながら、お兄さまは話を続けます。

 アポロ様がわたくしの隣で「ここで広げるのを止める気は無いんだね……」と、お兄さまとは(恐らく)別の意味で頭を抱えていらっしゃいますが、お兄さまは一顧だにしません、ね。

 お話の内容も気になりますが、その大量の荷物、どうなさったんですの?

 こちらへ合流なさった時にはいつもの動く椅子に乗り、最低限の物しか持っていなかったと思ったのですが。

「よし、こんなもんかな。さ、ハーキュリーズ、装備一式こっちへ寄こして、剣もね。属性強化するから」

「は、……しかし、この火事場は一体どこから……」

「うん?携帯鍛冶場(コレ)の事かい?ああ、必要だと思ったからね、圧縮技術で小さくして持ち込んだのさ。極東の小型化技術は世界一イイィィィッッ!!なんちゃって」

 ……まるで笑い話のようにお話しする事ではないと思うのですが……。


「君のそのトンデモ技術で持ち込むのは、まあ良いよ。けどさ、煤とか汚れとかどうするつもりなの」

 どこか不貞腐れたご様子のアポロ様が、ウルカヌスお兄さまに冷たいまなざしを向けます。

 お兄さまは、そのお言葉に少しの間きょとん、とされ……。

「……てへ?」

「てへじゃないよっ!!……まったくもうっ、どいつもこいつも!!」

「ゴメンゴメンって」

「その、申し訳なく」

 ついでにハーキュリーズ様まで謝られてますが、お兄さまったら、そこまで考えてらっしゃらなかったのですね。

「まあその辺はおいおい考えるとして」

「ちゃんと考えてくれよ?」

「まあ後で考えるとして」

「頼むよ!?」

「メルクリウスの話だったね」

「流さないで!!」

「あ、今回この圧縮技術大活躍の予定なんで☆」

「聞いて!!」

 あの、お兄さま、あの(・・)アポロさまが本気で泣きそうなのですが。


「そもそもね、あの子の性格からいって、ちょっと過激な発言になっちゃってるだけで本気じゃないからね、アレは話半分に聞くくらいでちょうどいいんだよ」

 炉に入れ熱された剣や鎧を前に、さっそく槌を振るい始めたウルカヌスお兄さまは、顔をこちらに向ける事無くあっさりとそうおっしゃいますが。

 あ、アポロ様も深々と頷いてらっしゃいます。

 本当、なんですの?

「あの子自身、素直になれない性格に加えて、あの仕事量だろ?完全に八つ当たりなんだよね~」

 まあ……。

 ですがこちらも、例え八つ当たりだったとしても十分怒られるに値するだけの事をしてしまっていますし……。

「ハイッ、そこで落ち込まない!」

「は、はいっ!」

 いきなり言われ、思わずシャキッと背筋を伸ばしてしまいましたわ。


 お兄さまに強く言われ、滲みかけた涙もすっかり引っ込んでしまっています。

「メルにとっても君みたいな素直な子は、とっても当たりやす……言いやすいんだろうねえ。言った後で落ち込まれて、罪悪感から慰めようとしてかえって酷い言葉が口に出てしまう、っていう悪循環に陥っちゃっているみたいだけどさ」

「メル……メルクリウスはね、素直じゃなくてひねくれすぎてて直そうとしても直すに直せなくなってしまった……ある意味自業自得で、ちょっと可哀想な子どもなんだよ」

 そうなの、ですか?

「ユウェンタースにとっては、いじめっ子に見えるかもしれないけどさ」

 なんとも、言葉に出しずらいのですが、それは。

 

「お父上もね、あれこれと遠慮も容赦もなく仕事を振るだろう?それだけ彼が優秀だという証明なのだが……いかんせんあの方は、際限というものを知らずにいるもんだから……」

「メルもねえ、嫌いだけど認められたい、あわよくば愛されたい……なんて思うから余計溜め込んでしまうんだろうねえ」

「それで自分を追い込んで、イライラを周囲に当たり散らしていては世話が無いというか」

「彼なりに甘えているんだと思うけれど、それを甘えと取れない者もいるんだって、いい加減知るべきではないかな?」

「ハハハ」

 お兄さまとアポロ様、お2方だけで盛り上がってらっしゃっていて、わたくしもハーキュリーズ様も口を挟む余地がありません。

 ただ、聞いているだけでもメルクリウス様の意外な一面と言いますか、見方が変わればそうも見えるのだと初めて知った思いです。

 ……こういうの、目から鱗、と言うのでしたかしら?


「あの子の気持ち、分からないでもないよ。父親に複雑な感情を抱くのは誰もが同じ……なのだろうしね。特に『あの方』が父親の場合、なおさらさ。……思うに、あの方ははじめから役割ありきで子を増やし、そしてそこに愛情は……あまり関係が無いのだろう。だからこそ我ら子供は、自分を見て欲しい、愛して欲しいと願ってしまう。……ままならない現実、というヤツさ」

「良く言われるような浮気、とも少し違うね。あの方の“アレ”は、むしろそれ自体が仕事なんだ。……最近とみにそう思うようになったよ」

「仕事……」

 あちこちで浮名を流すユピテル神。

 その浮名自体が、神の役目による副産物的なものだとしたら。

 ならば、情無く告げたあの宣告もお父様にとっては至極当然、役目の1つ……だったのでしょうか。

 ですが、お兄さまは違う、と首を横に振られました。


「それでも君は、まだ可愛がられている方だったよ」

「そうそう。真に幼かった頃の事、思い出してごらん」

「忙しい中でも抱き上げあやしていた、そんな光景を私は覚えているとも」

 お2方に言われ、その通り思い出してみますと、なんとなくですがそんな気も?

 悲しい思い出に押しつぶされるように、曖昧になってしまったハーキュリーズ様と出会う以前の記憶。

 掠れて今にも消えてしまいそうな記憶の中に、確かに父と母とわたくしが共に笑い合っている、そんな思い出もあったのです。


「わたくし……すっかり忘れておりましたわ」

 愕然とするわたくしに、お兄さまが苦笑なさいます。

「仕方ないよ。周囲の声が大きくなれば、自分の見た事など取るに足らない幻のように塗りかえられてしまう事も無くは無い。ましてやそれが、思考する事すらおぼつかないような幼き意識ならば余計だね」

「あの(かた)は、子らに愛を与えるのが役目ではないからな。自らの子が周囲の声によって自分に対する物の見方を変えられたとして、手出しする余裕も無かったのだろうよ」

「そこはもう……言いたくは無いが、それこそ仕方が無いのだろうな。天の頂でも最上位に次ぐ12の神ならばともかく、末端の神々では真実を知らぬまま好きに囀る事もあろう」

「知らぬ方が、却って都合が良いのかもしれんがな、ククッ。……メルとは別の意味で憂さを晴らす道具にされていると知っていてなお、最上位であるはずのユピテル神は動こうとしない……いや、動けない、か?」

「御心がどうであれ“瑣末事”にすぎぬとなれば、捨て置く他は無い……と」

「そうして子らは、あの方の寵を諦めるか追い続けるか、選ばざるを得なくなってしまうのだよ」

「くっく、何とも罪深き方だ」

 罪深いだなんて、そんな……。

 お兄さま方の浮かべた、どこかほの暗い笑みを見たのもわたくし初めてで……。

 何と言うべきか恐れ迷う私を余所に、お兄さま方はあっさりといつもの調子を取り戻されてしまいます。

 しっかりと守るよう肩に置かれたハーキュリーズ様の手の温かさが無ければ……まるで、夢か幻でも見たのではないかと思うほどに。


「まあ、そんな“家族に誤解されても放置しっぱなしなくらい”多忙な最高神を補佐するのが、メルクリウスの役目なのだけれどね」

 毒が、滲み出ている気がするのは気のせいでしょうか、お兄さま。

「だけど、あれっだけの仕事量をさ、補佐一人でこなすのは限度ってものがあるんじゃないかなーって、ね」

 同意を求められましても、アポロ様。

「負担と責任の重さから逃れたくて、発散目的でついうっかり商家(コンビニ)で駄菓子万引きしたら、泥棒の守護神に祭り上げられたんだって?あの時の自爆っぷりは、悪いとは思ったけど笑ったなあ」

「あれは、祭り上げた人間の方が上手だと思ったけどね。後はまあ……“うっかり気質”は家系って言うか、さ」

 え?

 最後なんておっしゃいましたの?お兄さま。

 視線をそらしながらぼそりと呟かれたお言葉は、続くお兄さまのお言葉によってかき消されるように忘却の彼方へと。


「いいかい?ハーキュリーズ、これは君にも言える事なのだから気を付けなければいけないよ。はい、できた」

「は、はあ……あの、こちらは……」

 渡された剣に鎧を見て、ハーキュリーズ様が驚きます。

「見違えたろう?ふふっ。一応参考までに説明しておくと、鎧の強化には(ぎょく)と呼ばれる特別な石を使用している。質の良い石を奢ってやった……なんて恩に着せたいところだけれど、実際問題これくらいしないと後が怖いからなあ」

 その発言の方が恐ろしいのですが、お兄さま。

 ほら、ハーキュリーズ様も慄いてらっしゃいますわよ。


「剣は切れ味の強化と属性の強化だな。相対的に重量も上がっているが、君ならば問題なく扱える範囲だろう。今後は単純に斬れない敵というのも増えて行くだろうし、そうなれば重さが武器になる場合もあるだろう」

「まあ……」

 難しいのですね。

「そして“コレ”だ」

 最後にとっておきのドヤ顔で渡されたのは、紅白に塗り分けられた金属製の球、でした。

 あの、これ、どこぞの極東から発信され全世界に影響を及ぼしたという、いわゆる魔物球では……。

「ついでにこれも」

 もう1つ、手のひらに収まる程度の球を渡されます。

「こちらは?」

「単純に、誘いの為の小道具といったところだね。寝ている動物なら叩き起こし、起きているなら怯ませる……相手にとって不快な音が出る球、っていうと分かりやすいかな」

「音爆?」

「そうそれ!」

 いえーい!なんて、アポロ様と共に手を叩き合ってますけど……そんなノリでよろしいのでしょうか。


「ステュムパーリデスの鳥といえば、金属でできている鳥として有名でね」

「部分部分が金属製で、強いて言うなら腹側や喉が一番柔らかい」

「翼……特に羽根部分が鋭く斬撃に優れ、対空戦が不向きな大剣ではやや不利……ってところかな」

「主な攻撃方法は地上に急降下してからの一撃離脱か、地上戦では振り向きざまに翼で切り付けて攻撃ってところかな。基本的には、対空を念頭に入れつつ戦うと良いと思うよ」

「チャンスを狙わないと最悪首刎ねられてアウトだから、気を付けてね」

 唐突に始まった怒涛の説明に目を白黒させるハメになりましたが、最後のひと言は聞き逃しませんでしたわよ!

 首をはねられるだなんて、そんな!?


 神殿を出る時に聞いた、呪いのような恐ろしい言葉を思い出します。

 メルクリウス様、本気……ですのね?

 ですがハーキュリーズ様は、そのお話を聞いてもなお静かに立ち上がりました。

「それでも、往かねばなりませんな」

 ……ならば、わたくしも。

「信じてお待ち申し上げますわ」

 ――――――勝利を。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「くおおッッ!?」

 標高高き岩山の上、風切り音が頬を掠める。

 いや、掠めたのは音だけでは無いのであろう。

 音も無く流れ出る血と汗の感触に、ハーキュリーズは顔をしかめた。


 実際相手は、素早さと頑丈さを兼ね備えた厄介な敵であった。

 人の身には衝撃のみが伝わる『音の爆弾』で、相手を驚かせたまでは良かった。

 奇襲に成功と思われたのもつかの間、ただでさえ機動力に優れるのに加え、攻撃を受けるたび身にまとう金属……もはや装甲といっていいそれが剥がれ、さらに素早くなるのだ。

 結果として、次に受ける一撃がさらに苛烈になる。

 それを、繰り返す羽目になった。


「ぐうっ!?」

 かわしたと思ったが、衝撃にふらつく。……今のは深かった。

 時が経つにつれ、じりじりと早まる攻撃速度。

 このままでは、対応しきれなくなるのも時間の問題であった。

 ましてや……。

「やはり、手を入れていただいたのは正解であったようだな」

 強化されたはずの鎧だったが、明らかに接触跡が残っていた。

 鋭い刃物で引っ掛ける様に斬り付けた跡が。

 つまりあの鳥は、神の作りし鎧すらも傷つけるほどの力を持っているという事だ。


「このままでは……」

 ジリ貧、からの敗北。

 物理的に首が飛ぶ、という話もあながち間違いでは無いように思えた。

 炎の力を強化されている剣も、上空から急降下し一撃を入れてはまた空へと逃れの繰り返しで翻弄されれば当たるものも当たらず、また鋼の翼により斬り裂かれ、暴風によって巻き上げられる岩の礫が視界を狭め、落ちた礫は同じく落下した鋭い羽根と共に足元にまき散らされ、移動すらままならなくなりつつあった。

「いかんな」

 呟いた直後であった。


 ――――――神より賜りし剣が、まばゆい光を放ち始めたのは。








というわけで、次回にもつれ込む結果に。

だいたい保護者2柱のせい(責任転嫁)


なお鳥さんの記述に関しては、某ぽけっとな魔物攻略サイトさんから

くだけちゃう空気無道さんを参考にさせてもらっています。




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