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第5宮獅子宮 この先で待ち受けているもの

「試練の闘士ハーキュリーズ、ただいま戻りました。遅くなりました事、誠に申し訳ありません」

 会場内に響いたその声に、わたくしはたまらず椅子を降り駆け寄っていました。


 ネプテゥヌス叔父様と共に『特設ステージ』なる舞台にて地上の様子を観覧しながらお待ちしていたのですが、ハーキュリーズ様が本当に試練を1日で終わらせてきたのには驚きです。

 まったく叔父様ったら、ハーキュリーズ様がいなくなってから急に『うっかり大事な事を伝え忘れた』などと言い出すものですから。

 おかげでわたくし待つ間、本当に心配で。

「ハーキュリーズ様!」

「お待ちください!」

 いつになく強い制止の言葉に、わたくしは驚きその場から動けなくなってしまいました。

 何か不快にさせてしまったかと焦り、次いで試練内容を正確に告げなかった事にお怒りなのかと思い当たります。

 感情がそのまま表情に出てしまったのでしょう、不安な気持ちのまま見上げれば困ったように眉根を下げられました。

「その……いくら水で流したとはいえ……やはり臭いが……」

「まあ!」

 そんなの!そんな事くらい気にしませんのに!


「試練ですもの!厭いもせずに受けていただいた事に感謝こそすれ、結果どのような姿となり果てようとも疎んじる事などありはしませんわ!」

 好いた方が自ら被った(けが)れですもの!それ以前の問題ですわ!

 鼻息荒く言い切ったのが功を奏したのでしょう、もう咎められる事はありませんでした、が。

 その、少々女性としてはしたない行動でしたかしら、とは……困ったように微笑むハーキュリーズ様のお顔を見て思いましたわね。

 ……ま、まあ済んだ事ですわ!

 などと己を振りかえり悶えているとカツカツ音がして、勝手に顔を赤くするわたくしの後ろからネプテゥヌス叔父様がねぎらいにやって来るのが分かりました。


『よく戻ったなァ!』

「は、労い有難く」

 相変わらずマイクは手放しませんのね、叔父様。

 出立の前に1戦交えたからなのか、ハーキュリーズ様はいたって平静に受け答えなさっておりますけど。

 男の方ですし……そういうものなのでしょうか?

『まあそう固くなるなって。そんで、牛はどうした?』

「神殿に立ち入る際、神官の方々にて引き継いでおります」

『おお、そうか!地上世界に置ける『わずか』1日という期限の中でよくやったと褒めてやる!只今を持って第5の試練、これにて無事完了だァ!!』

 宣言しハーキュリーズ様の御手を取った叔父様は両手を天高く掲げ、それを見ていた観客から声援が飛んできます。

 中には「完璧(パーフェクト)英雄!」やら「これぞ神族パワー」などという声もありましたが……まあ、楽しそうなので良いのではないでしょうか。


『ついては試練の褒美として、貴様らに渡さなきゃいけねぇモンがある』

 褒美、ですか?

 唐突な宣言に心当たりが無くて、ハーキュリーズ様と共に思わず首を傾げます。

 褒美も何も、そういった物が目的の試練では無いと思ったのですが。

『なぁに、遠慮するなって。お嬢に関係があるからくれてやるだけのこった』

「わたくし、ですの?」

 では、それはハーキュリーズ様への褒美というよりは、わたくし自身の試練に関係する物……。


 ここまでくれば何となく分かります。

 今回の試練に大きく関わりがあった動物、その動物からとれる副産物といえば……。

 わたくしが理解したのが分かったのか、叔父様も笑みを浮かべ大きく頷かれました。

『困った時には牛乳に相談だ!ってな。アムブロシアを再現するのに、神の威光に触れた牛の乳は役に立つはずだぜ!それと……こいつはついでの話だがなァ、お嬢もちゃあんと飲んどかねえとでっかくならねえぞ?』

「……………」

 『大きくなった』のが一連の出来事のきっかけである事を、もしやもうお忘れですか?叔父様。

 試練のお話が出たのは、その後『小さくなりすぎて』困ったからなのですけれども。それとさりげなく胸を見るの止めていただけません?セクハラで訴えて勝ちますわよ。


 ……ちらりとお隣を見やります。というか見上げます。

 叔父様の寄こす視線にはちょっとムッとしましたけど……少しくらい、飲んでおいたほうが良いのでしょうか、ね、牛乳。

 …………ちょ、ちょっとだけでも釣り合いたいと思うくらい、良いではありませんか。

 いじましい乙女心というヤツですわ!

 …………もっとも、完全に元に戻ったところで全然足りないのですけどね、身長。

 ……仮に戻ったとして、その時点で扱いが親戚かご近所のお子様扱いだったら…………わたくし、泣いてしまうかも……です。


「ネプテゥヌス神よ。下賜されるというお話でしたが、その前に1つよろしいでしょうか」

『おう、何だ?』

「その、非常に言い難いのですが…………あの状態の牛から採れた乳ですと……その、いささか衛生状態に不安が残るのですが……」

 水で汚れが洗い流されている上、加護を受けている牛ですからそのような心配はいらぬと思いますが……心情的にはもう少し時間を置きたいところですわよね。

 ですが、さすがは叔父様……と言っていいのでしょうか?

『何が問題だ?むしろ栄養たっぷりでいいんじゃねえの?』

 ですから叔父様、それ多分植物だったら、の話ですよね?

 今のお話は、動物の事についてなのですが。

『お前ら揃いも揃ってんな目で見んじゃねえよ。分かってる。分かってるって!』

 ぶーぶー!

 ……今の、どちらに対するブーイングなんでしょう、ね。

「何も今すぐって訳じゃねえ。後で一等良いヤツ贈ってやるから心配すんなっての!」

 そう言って胸を叩かれますが……。

 大ざっぱな叔父様のなさる事ですもの、どこか不安になってしまうのもいたしかたない気がしますわ。


 その予感は、後日妙な形で当たってしまう事になるのですけれども。


『さて、次の試練に送り出す前に……お前らに1つ言っておかなきゃあなんねえ事がある』

 試練終了の宣を受け、いよいよ辞するという際、不意にネプテゥヌス叔父様が今までと違う声をかけられました。

 振り向いた先には、やはり今までと違いまっすぐに引き結んだ口元の叔父様がいらっしゃいます。

『この試練で1つ、不手際があった事詫びよう』

 わたくしはてっきり、このまま知らせず謝罪も無いままに済ませるおつもりなのかと思っておりましたが。

 それにしても、何故今になって?

『はっきり言おう。期限について知らせなかったのは故意であると』

 ブーイングが起こる事も無く、沈黙が辺りを支配しています。

「……理由を、お聞かせ願えますか」

 険しい表情になったハーキュリーズ様でしたが、言葉上平静を保ったまま問われます。

 そのご様子に、ほんのわずか口角を上げた叔父様でしたが、こちらもまた淡々と言葉を続けます。

『貴様らは、この試練が善意から成り立っている事を良く知っておくべきだ』

「……」

 教え諭す様な声音に、ハーキュリーズ様は黙ったまま顔を向けるだけ。

 わたくしもまた、口を差し挟むような真似はしませんでした。

 何か、非常に大事なお話をされている事だけは分かりましたから。


『いいか貴様ら。天の頂より地上を見守る神は、すべからく親族よ。親、子、兄弟、叔父叔母に甥姪、従兄弟って場合もあるだろう。ついでに義理のってつく場合もあるが、基本的に俺たちは家族……いや一族だ。だが、その全てが仲良しこよしでいるって訳じゃあねえ事くらいは知ってんな?今までの試練は貴様らにとって非常にやさしく出来ていた。思い出してみろ、ユウェンタース。優しい兄たちに理解ある親類、そういった連中が試練の見届け役として出張って来ていたはずだ』

 そのお言葉に、わたくしは頷くしかありません。

 確かに、その通りでしたもの。

 ですが、そのお話が出るという事自体、これからの流れを慮らせる様な……。


『察しの良いこった、嬢ちゃん。……いいか、これより先の試練、お前らにとって理不尽とも思える様な怒りを持つ者が現れるだろう。あるいは、本気で害意をぶつける者がいないとも限らん。……今回のように期限がある事を“わざと”告げずに送り出す、なんてぇのが優しい部類に入る連中がぞろぞろ出てくるって事を、よぉっく肝に銘じておくんだな!』

 指を突き付け宣言する叔父様に、そうされる心当たりがあったわたくしは表情を無くします。

 血の気が引き、顔は青ざめていたでしょう。

「ユウェンタース殿」

 背中に回って来る大きい手のひら。

 もしかして……気を使われてしまったでしょうか。

 ですが、この場合は聡いこの方に感謝すべきなのでしょう。

 気付かれなくてもおかしくない、そんな些細な変化であり……ましてや背丈が違いすぎるのですから、見ようと思って見ていなければ分からなかったでしょうから。


「それは、ご神託……という事でお受けするべきでしょうか」

『いや、どっちかってーと忠告だろう。そもそも12宮を巡る試練を受けるって事は、そんだけ生半可な事じゃねえのさ。……つまりはそれだけの事をしでかしたって事だからな、そのお嬢は。んで、中にはそいつを恨みに思う奴もいる。それこそ、そいつだけの理由でな』

 そこまでおっしゃった叔父様は真面目な顔を崩し『もっとも、この海神様は違うがな。なにしろおおらかだからよぉ』などと言って笑わせようとしてくれますが、それでも顔を上げる事ができません。

 ……ええ、そうです。

 わたくしのせいで『永遠』を失ってしまった神々が、それを恨みに思わないはずが無かったのです。


 こうしてはっきりと付きつけられ、わたくしはそれを考えないようにしていたのだと思い知らされました。

 ………ああもし、もしも彼が―――ハーキュリーズ様がわたくしの罪を全て知ってしまったなら……。

 彼もまた――――――わたくしに憎しみの目を向けるのでしょうか……。

 恐ろしさに足が震えます。

 ですがそんなわたくしを、ハーキュリーズ様はぎゅうと抱き締めるかのように支えて下さいました。

「ならば、その恨み憎しみの全てを―――私が受け止めましょう。ユウェンタース殿をお守りする事こそ、私の務めですから」

『そうかい―――ならば、見届けさせてもらおう。この宮からなあ!』

 ウワアアアアアアア!!

 歓声は、いつになく長く続きました。



「あら、アポロ様?」

 神殿の外へ出ますと、アポロ様が何かを手にせわしなく動き回ってらっしゃるのが見えました。

「ああもう!誰かさんのおかげで自慢の鉄馬車が~~~!!」

 あ、よく見たら手になさってるのフ。ブリーズでしたわ。

 ……これも、巡り巡ってわたくしのせい……という事になるのでしょうか。

「その、なんだか……申し訳ありません」

 とりあえず……と言っては失礼でしょうか。でもとりあえず謝っておきます。

「いいっていいって、元はといえばあそこまでほったらかしにしてた義叔父(おじ)上がいけないんだからね!まったくああもう!貨物車両の臭い、すっかり客車まで移っちゃって~~~」

 そういえばアポロ様ご自慢の馬車といえば、元々太陽を牽引する為のものでしたような。

 ……何といえば良いのか……災難でした、ね。


「あ、ハーキュリーズ君、君臭いちゃんと落としてきたかい?」

「は、その……川で」

「かわぁ!?冗談じゃないよ!風呂!お風呂入ってきて!今すぐ!じゃないと乗せないよ!」

「は、しかし……」

 その、そうですよね……1度出て来てまたすぐに戻るのも気まずいと言いますか。

 かといって臭いが移るのもちょっと……ですよね。

 どちらの仰る事も分かりますから、どちらに意見する事も出来ずおろおろしてしまいます。

 ですがやはり不潔なまま次の宮へ向かうのはマズイという事になり、ぽこぽこ湯気が出そうなくらいお怒りのアポロ様に押されるようにして神殿に戻りかけたその時です。

 ぴりりりりり、ぴりりりりり

 ……聞きなれない音が鳴り響きました。


「携帯?」

「そのようですわね」

「お出になられては?」

「では、失礼して。……まあ、お兄様ですわ」

 以前頂いた衛星携帯の画面に表示されたのは、なんとウルカヌスお兄様のお名前でした。

 もう1度視線で問いかけますと頷き返されるましたので、『ピ』と通話ボタンを押します。

『あ、もしもし?ウル兄だけど』

「お兄様」

『ああ、久しぶり。その声の感じだと少しは大きくなれたみたいだね』

 優しい言葉をかけられ、思わず涙が出そうになってしまいました。

 先ほどネプテゥヌス叔父様から言われた事もあって、ホッとしてしまったのかもしれません。


『今どこら辺?』

「第5宮、獅子宮ですわ」

『そっかー……もうちょっとで半分だね』

「そうですわね」

 激励して頂いているのでしょうか。

 それにしては、少し変な感じです。

 何か、考え込んでしまっている様な……。

 元よりウルカヌスお兄様は賢く器用な方でしたから、わたくしには想像も出来ない事を考えてらっしゃるのかもしれません。


『それで―――……じゃあ次は処女宮だよね?』

「ええ……そうですけど」

 おかしなお兄様。

 そんな事、当たり前ではありませんの。

 神で無くとも知っていて当然の事を聞かれ、わたくしは戸惑います。

 そうして、次のお言葉に驚愕する事になるのでした。


『処女宮……。多分アイツなんだよなあ……。父さんは絶対に出てこないだろうし、となるとアイツが駆り出される可能性が非常に高い……。んで多分、また仕事増えた……増やしたって怒るんだよな……。うーん……やっぱり心配だから僕もついて行くよ。そろそろハーキュリーズの持っている神剣も、強化が必要だろうしね』

「ええっ!?」

 よ、よろしいのでしょうか、そんな……多分勝手な事。

「いかがなさいましたか」

 驚いたわたくしに、どうしたのかとハーキュリーズ様が声をかけてきます。

「それがその……次の宮にウルカヌスお兄様もご同行なさる、と。恐らく、付き添いという形になるとは思うのですが」

「えっ!?」

 やっぱり、驚きますわよね?








アポロ神愛用のフ。ブはおひさまの香り。




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