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獅子宮 第5の試練


3年寝太郎的解決法。

……を目指した結果(コレジャナイ感)




「かような場所にご足労いただき、誠に……。申し遅れました、わたくし厩舎の管理を任された者にございます。ご神託により、貴方様のお役目をお手伝いするよう仰せつかっております故、今度(こたび)は何卒、よろしくお願いいたします」

 丘の上に建てられた管理小屋より、英雄と称される剣士―――ハーキュリーズは問題の厩舎を眺めやる。

 管理者と名乗る壮年痩躯の男は、それこそ床に頭をこすりつける勢いでこちらを伏し拝む。

 彼によれば、この地を治る王曰く『あれ』―――海神に献上した牛は、すでに只人が軽々しく触れて良いものではない。神にささげた以上はその牛も神に属するものとして崇め奉るべきである……との事らしいが、だからといって“本当に何もしないというのも間違っている”のではないかとハーキュリーズなどは思ってしまう。


 何せ、そよ吹く風がここからでは小さく見えてしまうほどに離れている厩舎の匂いを運んでくるのだ。

 しかも別に風下であるわけでなく、さらには丘の上という条件にもかかわらず、だ。

 近くに行けばどれほど強烈な臭いがするのかとげんなりしてしまうのも、仕方ない事だろう。さすがは30年物の汚物と汚泥の混合物である。

 その証明であるかのように、送迎を担当したアポロ神などは今回鉄馬車から1歩も出ていない。

 どこか悔しい気分になるのはきっと……気のせいであろう。

 ハーキュリーズは、迷いを振り切るように頭を振った。


「これは……」

「ええ、この惨状です。いくらすでに人の手を離れた供物とはいえ、正直……牛が哀れに思えるほどでして」

「そう、ですな」

 言葉に出して表すのも難しい……そもそも口を開きたくなくなる様な劇臭の中、ハーキュリーズは男と共に問題の厩舎を直に見て回っていた。

 鼻につく臭い、どころではない。それどころか、脳髄を突き刺すほどに強烈だった。

 布を顔に巻いてすら、遮断された気がしない。

 意味が無い気もしたが、それでも外す気になれなかったのは、ひとえに厩舎のあちこち……なにより足元を覆い尽くす汚物があったからで、万が一にも顔に引っ掛かったら……など、考えるだけで恐ろしい。

 ……ふと思いついた事があったので、隣の……嫌そうに眉根を寄せた管理者に問うてみた。

「しかしまた……何故王は、陸のものを供物にささげようと?」

 この際例の海神の―――よく言えば―――おおらかさには目をつぶるとして、本来ささげられるはずの感謝は、海の幸で表わされるべきはないかと思ったのだ。

 すると男は不思議な事を言いだした。

「海神ネプテゥヌス様は、元来陸の神でもありました。豊穣神ケレス様とのご婚姻も、その関係からでございましょう。……お話を漏れ聞くに微妙な仲のようでございますが。それとここだけの話、かの神は牛よりも馬の方に造詣が深くおありで、後から知った王は『しくじった』と膝を叩かれたとか」

 ずいぶんと詳しいと目を見張れば、自信あふれる笑みで「元は神学者でしたので」の返答が。

 なるほどと思うと同時に、頼りになる相方を手に入れたとも思う。

 ただ……。

「まあ、この状況にはあまりお役に立てそうにないのですがね……」

 その笑みも、一瞬後には乾いた笑いに変わってしまったのだが。

 さもあらん。

 汚物まみれの厩舎に牛たちを洗うには、彼1人ではとうてい手が足らないだろう。

 とはいえ、いつまでも手をこまねいている訳にはいかないのも事実。

 少しでも、1歩でも先へ進める様、今は手を動かすべきだとハーキュリーズは考えた。

「そう悲観なさる事も無いでしょう。さしあたっては、掃除用具の場所を教えて頂きたいのだが」


 神に捧げられ神の眷属となった牛というだけあり、このような最悪といっていい状況にもかかわらず体調面での不備、不安はないようだ。

 とはいえ、精神的な問題は別である。

 いくら衛生面からの罹患が無いとはいえ、牛もただ動くだけの彫像では無い。

 意思ある者にとって、この環境が酷である事は間違いないだろう。

 事実、牛たちは体をこすってやれば嬉しそうに嘶き、自ら掃除しやすいよう体を動かすのだから。

 しかしいくら牛たちが協力的であったとして、また相談できる管理者という男の存在があったとして……実際に働くのはハーキュリーズのみである事に変わりなく、あまりに非効率である事に違いは無かった。

 その上、である。

「あの、ハーキュリーズ殿。差し出がましいようですが……あと残り時間半日ほどしかございません。今のやり方ですと、それこそ何日もかかってしまいそうなのですが……何か腹案がおありなのでしょうか」

 管理者の言葉に、ハーキュリーズの動きが完全に止まった。


「あの、手、止まってらっしゃいますよ?」

「あ、ああ」

 今、彼は何と言ったろうか。

 海神は何と言っていたろうか。

 自分はいったい今、何を聞いたろうか。

 さしものハーキュリーズも、これにはかなり動揺したものだ。

 衝撃が過ぎ、いったん落ち着こうと大きく呼吸を1つ。

 そして、やおら向き直った。

「教えては頂けまいか。かのご神託は、いったい何と告げたのかと」

 一字一句、あまさず伝えて欲しい。

 そう言ったハーキュリーズの瞳はかつてなく厳しく、管理者の男はやや怯えながらもその全文を伝えたのであった。


 曰く、試練とは『アウゲイアースの家畜小屋』を“わずか『1日』”で掃除し終える事“であり、果たされたあかつきには『証明とし飼育されている牛の10分の1を譲り受け、持ち帰る事』であると。

 男は間違いなく、そう言ったのだ。


「それが確かならば……いや、神託に間違いなど無いのだから、これが真実……であるとして」

「ハーキュリーズ殿」

 どこかで認めたくない自分がいる事をハーキュリーズ自身自覚していたが、それでもたまに現実逃避するくらいいいではないか。

 そうは思うものの、ならば余計、見ないふりをして手を止めている場合では無いのだろう。

 「そういや伝え忘れてたな、すまんすまん、わはっはー」と豪快に笑い飛ばす海神の姿がよぎり、ありえそうだと思うと同時にこういう事は最後まできちんと伝えて欲しいとも思う。……ものすごく今さらだが。

 とはいえ真の試練がどういったものなのか明らかになったからには、例え腕を動かす速さを速めたとしても同様の作業内容では急に効率が良くなる訳でもなく……。

 いやさすがは英雄、半神の血を引くもの。只人の半分ほどの時間で掃除を終わらせていくのだが……敵は3000頭+それをおさめる巨大な厩舎の建物そのものであるため、遅々として進んでいない……様に思えてしまう。

 また、汚物を洗い流すため何度も水を取りかえる事も時間を無駄にしているように思え、ハーキュリーズは焦りと臭いでおかしくなりそうだった頭をもう1度振った。

「いかん、これではいかん。管理人、少し外に出る。……つきあってくれるか」

「は、お付き合い、ですか?お水を取り換えられるのではなく?」

「ああ。……貴殿は賢き知恵者であったのだろう?わずかでも良い、その頭脳をお借りしたい」

 誰かの手を借りるなという指示は受けていない。

 そんな開き直りとも取れる内心と汚物まみれの桶を抱え、ハーキュリーズはいまだ異臭の酷い厩舎を後にした。


「率直に聞こう。何かいい案は無いだろうか」

「いきなりですね。まああの場に長い時間いたら働く頭も回らなくなるでしょうが……。とはいえ、ハーキュリーズ殿に出来ない事を、自分に出来るとも思えませんし……。」

 困惑しているらしい管理人に、ハーキュリーズは粘り強く交渉する。

 ここで諦める訳にはいかない。なにより、ここから逃げたら人として何かが終わる気がするのだ。

「はあ……そうですねえ、今のままですと、期限内に負える事は難しいのは……おわかりかと」

「そうだな。そこをどうにかしたいのだ」

「使用している道具はブラシが主ですが、それだけではやはり手が足りない……いえ、そもそも個別に清掃しているから時間がかかるようにお見受けします」

「そうだな……やはり一時(いちどき)に全て終わらせられるような奇跡でもない限りは難しい、か。」

「ハーキュリーズ殿であっても、難しい……ですか」

「ああ。まずどうやって一度に終わらせるか。それが最初にして最大の難関だ」

「全てを水に流してしまえれば楽なのですがね……」

「…………それだ!!」

 座り込んでいた大地から、勢いよく立ちあがる。

 管理者の溜息のようなつぶやきが、今は天啓のように思えた。


「は、ハーキュリーズ殿!?」

「水に流してしまえば、汚物など恐るるに足らず。まずは牛たちをしっかりつなぎ直し、ああそうだ、ついでに建物自体も流されぬよう抑えておかねば……」

「ハーキュリーズ殿!!」

「はっ!?」

 気がつけば、管理者の男はこちらをじっと見つめていた。多分に呆れも混じった視線で。

「押し流すのは妙案といえるでしょうが、それほどの水で牛が水死してしまっては元も子もありません。あれらは神の威光に守られているとはいえ、生まれついての神属よりも劣るもの。病や飢餓とは無縁かもしれませんが、死ぬ事は普通にあり得ます。むしろ最終的にはそれが目的で捧げられていますが、そうなれば今回の試練の意味が無くなってしまうではありませんか。……そもそもです。豪雨で川が氾濫でもしない限り、あれらを押し流すだけの水を用意するなど不可能ですよ」

 一息に言い切り溜息を吐く管理者だが、ハーキュリーズはその言葉にも何か見出したようである。

 わずかに考え込み、顔を上げた。

「豪雨で川が氾濫しない限り、とおっしゃったな。という事は、近くに川があるのか」


「ええ、ございます。アルペイオス川とペネイオス川という2つが、この近くを流れておりますね」

「川幅は、流れはどうなっている」

 管理者の答えにハーキュリーズは、まるで獲物に食いつくかのごとく矢継ぎ早に聞いてくる。

 その様子にただならぬものを感じたのか、管理者の顔つきが変わった。

「川幅は……このあたりではよく見かける程度と申しましょうか。対岸が見えぬほどの大河ではなく、さりとて山の中をかけ下りる急流でも無い。流れの方ですが……図面にした方が分かりやすいでしょう。ここを厩舎とすると、ちょうどこう……このように、どちらも平行に走っておりますね」

 ざりざりと地面をひっ掻くようにして描かれた地図を眺め、ハーキュリーズはふうむと唸った。


「……で、あるならば、ここを……こうくっつけ合わせれば2本の川が合流する訳だ」

「さようですな。しかしここにこう……丘がありますので」

「ではこういう流れならばどうだ?ここに水を溜めれば、足りぬ分も賄えるはずだ」

 頭を突き合い案を出し合う。

 そこまでして、ようやっと管理者は自分の考えがずいぶんと荒唐無稽なものだと思い至った。

「あの、ちょっとお待ちください?堰を造るのですか?これだけの灌漑工事、わずか半日で行うおつもりで?無茶ですよ!それに水を溜めるにも川底は浅く、下手をすれば厩舎に行きつく前に溢れ出ます!」

「ああ。それならば問題無い。この……ウルカヌス神より頂いた神剣で大地を穿てば、川底を深くするも川筋を変えるのも造作ない」

 彼の言葉に、そして掲げられた……剣というにはあまりに巨大で武骨な“塊”に、管理者は今度こそ目をむいたのだった。


 時間が無いと即座に行動に移るハーキュリーズを、管理者の男は呆然と見ている事しか出来なかった。

 しっかりと牛を繋ぎ直してから川へ向かったかと思えば、やおらどっかんどっかん大きな音がする。

 時折“ちゅい~ん”だの“ばりばりばり”だの、奇っ怪な音が聞こえて来たのもきっと気のせいだろう。そう、多分、きっと。

 何が行われているのか、考えたくないと思考が放棄の悲鳴を上げる中、やがて帰って来たハーキュリーズはその腕に多くの大岩を抱えており、さて次とばかり厩舎の土台を掘り起こしてはその岩を埋め込む作業に没頭する。

全ての作業が終わったのは、西の空が美しい夕焼けに染まった頃合いだった。


「管理人殿?」

「……はっ!?わ、私は何を見ていたのか……」

 いまだ茫然自失の管理者に、ハーキュリーズは肩を叩いてうながす。

「今から堰を開けるところです。ここにいては危ない、共に参りましょう」

「あ、……ああ」

 あれだけの大仕事をし、それでもなおけろりとした顔のハーキュリーズに、管理者はこれが“神に認められた英雄の姿”なのだと心に刻む。

 つい数刻前には無かったはずの、2川(ふたかわ)の合流点。

 ハーキュリーズは管理者と共にその出口脇の小高い場所に立ち、そばに転がしてあった大岩を抱え―――思い切り強く、ぶん投げた。

「なあっ!?」

 がんっ!……ぎいっ、ぎしっ……ど ん!!

 投げつけられた大岩は、絶妙な力加減でもって組まれた石組みをものの見事に崩壊させた。

 同時に勢いよく水が飛び出し、瞬く間に下流へ―――厩舎へとまっすぐ流れて行き―――やがてぶつかって、どおん!という大きな音がしたのだった。


「ふむ、どうやら上手くいったな」

 ホッとした声音のハーキュリーズを、管理者の男は見上げた。

 水は厩舎の外も中も満たし、泥水となって流れ出ている。

 その勢いはぶつかる前とさほど変わらなかったが、水かさは屋根よりもやや低い位置まで上がってきており、やがて溜めこまれた水が消えると徐々に勢いを無くして行っているように見えた。

 静かになった流れを見ていたハーキュリーズは、まるで大した事が無かったみたいにごく当たり前の口調で促した。

「確認しに行ってみましょう」

「え、ええ……」

 厩舎の中は、先ほどまでの光景が嘘のように輝いていた。

 いや、あまりに汚かったのと、流れた水が反射して輝いて見えたのかもしれない。

 異臭は相変わらずだが、それも“このままであれば”数日でごく一般的な厩舎の匂いにまで戻りそうだ。

 牛たちも突然の鉄砲水に驚いていたようだが、ハーキュリーズがひと撫ですれば、それもじきに収まった。

 ……そうして、管理者は気付く。

 量をふやしただけでは牛の命も危ないとなれば、勢いで押し流すしかないと考えた末の堰でもあったのだ、と。

 次いで感心した。

 本当に、何から何までよく考えられている。

 力は元より、因果の末まで考える力さえ元学者の自分を超えているではないか。

 ―――これは、とんでもない事だ、と。

 

 かくて管理者は、『神』と『英雄』の(とんでもない)威光に触れ、恭しく牛を献上奉ったのであった。


 なお予断ではあるが、この急ごしらえな半日灌漑工事のおかげで川の流れが見事に狂ってしまい、この後たびたび洪水を引き起こすようになったという。

 まあ、洪水の結果土壌が豊かになった側面もあるようなので、一概に害とは言い切れない部分もあったようではあるのだが。



いつかどこかの極東神殿。

異国の少年神が2柱、携帯ゲーム機で牧場経営ゲームプレイ中。

少年神A「このさあ、牧場の改装シーン、どっかで見た事あるんだよなあ……」

少年神A’「ああ、場面っていうか、音?後何気に『’』って酷くないか?」

少年神A「(スルー)あ、思い出した!これ父さんの日曜大工(DIY)してる時の音だ!」

少年神A'「ああ!?」


元邪神巫女(現人妻2児の母)「(DIY音って……。明らかにレーザービームや雷の音、入ってましたよね?)」

勇者「(“あの方”は最高神の息子さんですし、元から雷属性強いですから)」

元邪神巫女「(そういう問題……!?といいますか、雷飛び交うDIY作業ってどんなですか。そもそも、天下に名だたる英雄神の趣味がDIYって)」

勇者「(ツッコんだら負けですよ。どこぞの邪神様とその神属(親族)で経験済みでしょう?)」

邪神巫女「…………(そうでした、ね)」


ロリ邪神「へーちょ」

ツンデレ金髪ロリ巫女「ちょっ!?汚いじゃないの!」





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