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第5宮 獅子宮 開幕

 どうして、いえ、一体全体どうしたら……こんな事になるというのでしょう。


 ワアアアアア!!アアアアアアアアアア!!!


 ここは第5宮、獅子宮であったはずです。

 少なくとも、神殿門まではそうでしたから。

 どのような(かた)がお出ましになるのか、どういった試練になるのか。

 そんな事を話しながら、荘厳な雰囲気を漂わせる素晴らしい彫刻が施された重厚な石造りの扉を開き……ええ、そこまででしたら至ってごく普通のありふれた天界神殿……だったはずなのです。

 扉を開いた瞬間に浴びせられたのは、深き闇とみまごうばかりの暗い空間と、この……。


 ウアアアアアアア!!ワアアアアアアアア!!!

 

 大歓声でした。

 間違いありませんわ。この叫びは悲嘆にくれるでもなく、怒りに満ち溢れるでもなく、これから起こるであろう素晴らしいもの(・・)に対する崇拝と賛美だったのですから。

「ええと、これは……」

 両脇は高い壁で遮られており、それは進行方向……前方に向かうにつれて低くなっていきます。

 その前方は、真っ白に輝く強烈な光しか見えません。

 いったい、何があるというのでしょう。

「どうやらこの先を進むしかないようですね。しかたありません、参りましょう」

「え、ええ」

 手を引かれ、歩き出します。

 祝福とも違う……そう、まさに興奮の嵐の中、戸惑いながらもわたくしはハーキュリーズ様と共にその光景を見る事となりました。

 ……正直、頭が痛いです。


『やっと来やがったな!待ちくたびれたぞ、若造どもォ!』

 唯一の道の先にあった終着点。

 それは、すり鉢状に造られた巨大な空間の底でした。

 空間の中心には、四方から光を浴びて輝く、上部を三重に綱で囲うよう四角く形作られた舞台。

 そして舞台の上にはその光を一身に浴びる、人に刺さればタダでは済まなそうなほど大きな鋲をいくつも付けた胴着と装飾の無い黒の肌着を着込み、毛皮の脚具をつけた筋骨隆々な仮面の人物……いえ恐らくは“神物”が……ノリノリで集音装置(マイク)を握って周囲に向かって手を振りながら立っておりました。

「あの方は……」

『ふっふっふ。よくぞ尋ねた』

 この大歓声の中でも、さほど大きくなかったハーキュリーズ様のつぶやきの様な問いかけを聞き分けるとは、さすがと言うべきでしょうか?

 かの方は、大ぶりに身をよじっては何か……ポーズを決め、大音量でもって御名を名乗られました。

『オレは第2始祖『天の頂界のせが○三四郎』ことサトゥルヌスが一子ネプテゥヌス!天の頂きにおわす大神ユピテルの実兄にして実弟!数々の試練を乗り越え、ここまでよくぞたどり着いたと褒めてやる!が、しかぁし!真の困難はこれからだっ!第5宮獅子宮、第5の試練に【バキューン】(ヨウコソォ)!だぜぇ?親戚のちびどもよォ!』


 ……おじい様がせがた346だったなどというお話、孫の自分も初耳ですよ……?

 ついでに、天の頂界って何なんですの。

 それとその『ヨゥコソ』、今話に出てこなかった方のご兄弟の持ちネタ……といいますか、パクリのパクリでは?ネプテゥヌス叔父(・・)様。

 さらに言わせていただければ、一応婦女子もいる中で放送禁止用語を言うのはどうかと思うのですが。

 周りは気にしていないようですけれど……。

 ああ、ツッコミがさばき切れませんっ!

 叔父様がポーズを決めるたび、周囲の観客のボルテージはガンガン高まっていってるようです。

 ええ、観客です。間違いなく観客でした。

 といいますか、そもそも観客の大部分が海神の眷属(身内)ってどうなんです?叔父様。

 海の底って、いつもこんな感じなのですか?叔父様。

 違うって、ぜひ言って欲しいところです……。


『試練の前にひと言言っておく。……ようクソガキ。テメェ人間の中じゃあ一番に強いらしいな。どこぞの女神が『ちびの守役にふさわしい』とか何とかフカシこいたらしいが、んなことはどうでもいい。……そいつが本当かどうか、オレが見極めてやる』

 右手を突き出し手のひらを上向け、指先をくいくいとご自分の方へ曲げます。

 あれは言われなくとも分かりますとも。完全なる挑発に他なりません。

 試練を前に何をなさるおつもりですの?嫌な予感しかしないんですが!

「……失礼」

 す、と繋いでいた手が離れます。

 かと思えば……がしゃん、がしゃんと鎧を脱ぎ捨て……上半身は裸に。

 そして振り向きもせずにあの四角い舞台へと向かいます。

 あの……ハーキュリーズ様?

 最後に見えた表情、口元が少し上がっていた……笑みを浮かべていたように思えたのは、気のせいでしたでしょうか。

「ユウェちゃん、こっちこっち」

 わたくしはわたくしで、アポロ様に引きずられ……引っ張って……あまり変わりませんわね、ともかくどこかへと連れて行かれました。

 

 連れて行かれた先は、舞台の真下。

 非常に頼り無い造りの木と金属でできた(テーブル)には、鳴り物(ベル)と紙の束。

 どうやら何かの資料のようで、椅子はこれまた簡素な造りの金属で組んだもの。

 そしてその椅子に座り、用意された資料を前に話し込んでいるのは……。

「ウルカヌスお兄様!?それに、マルスお兄様まで!」

「お、来た来た」

お前(ユウェ)はこっち座れ。お、始まるぞ~♪」

 どこかうきうきそわそわしているお2柱のご様子に、首を傾げかけ……嫌な予感が再発します。

 お兄様方を挟んで一番反対側に座ったアポロ様が、卓にあったマイクを掴みました。

『赤っコーナー!人類最強、英雄ハーキュリーズ!対するは青コーナー、海の主神こと海神ネプテゥヌス!御神直々にその力量確かめるという、海神による試練の前に課されたさらなる試練!英雄ハーキュリーズは見事果たして見せるのか!』

 わああああああああ!!!

『実況はわたくし(・・・・)アポロ。特別解説にウルカヌス様、マルスを迎えお送りいたします』

 といいますかあの、これ、いいんですか!?

 かなり流されているのは自覚していますけれども、止め所が見つからなくて固まっている自分が言うのも何なのですけれども……試練の始まりとして、これはアリなんですか!?


 三重の綱を軽々飛び越え、舞台の中へ飛び込んだハーキュリーズ様でしたが……あの、すみません、素で引いていいでしょうか。

 ネプテゥヌス叔父様もハーキュリーズ様も、お互い凶悪な表情で壮絶に笑んでいらっしゃるのですが。

 やる気なんですね、やる気なんですのね。止めないし、止められないのですね。

 どうしましょう、お母様の狂乱の呪いが再発し、さらにその上でマルスお兄様の戦闘狂いの気が移ってしまったみたいです。

『いやー、お互いやる気十分って感じですねえ』

『そうでなくっちゃ困るぜ!いいからとっとと始めろー!』

 ウルカヌスお兄様はともかく、マルスお兄様ったら実況も解説もなさる気が無いのでは?

『ん~~~~~~~、ファイッ!』

 かーん!

 そうこうしている内に、開幕の鐘が鳴り響きました。

 がしいっ!

『おおっと!初手はお互いに力比べからかー!』

 鳴ったと同時に、両者ともに組み合います。

 脇でちょろちょろとされているのは……いつの間にか舞台上に上がった3人目の方。

 ……あれは、トリトンの方でしょうか。

 ぶつかり合うお2人と距離をとりつつ見守り、時にお互いを止めたりもしているようで、どうやら彼がある程度試合の流れを決めているようです。


『離れたと思ったら、いきなり強烈なク。ーラルボンバー(直角ラリアット)!?』

『おおっと!さしもの英雄も、これはたまらず吹き飛ばされてしまったか!ネプテゥヌス様は普段より三叉を主武器とされていますが、斧や鎌も得手であると証明しているかのようだ!威力自体もまさに海神の名にふさわしいと言わざるを得ませんね!これはシャレにならないぞ!どうするハーキュリーズ!!』

『ネプテゥヌス叔父上は冥界神(プルート叔父)の兄弟でもありますからね。父も含め、総じて長物は得意分野といっていいのかもしれません……おおっと!』

『相手も諦めてませんねえ!再び掴みに走ったぁ!』

『しかしそうは問屋がおろさない!叔父上、腕をかわし逆に固めに入った!』

『卍固め!これは痛い!ギリギリと締め付ける音が、ここからでも聞こえてきます!抜け出せるか、ハーキュリーズ!!』

 アポロ様もウルカヌスお兄様も、楽しそうですわね。

 どうでもいいですが、マルスお兄様はさきほどから「いけー!」とか「そこだー!」とかしか言ってません。

 わたくしは……格闘技が嫌いという訳ではないのですが……唐突に始まったこの流れに、まだついて行けておりませんでした。

 呆れてる、とも言いますわね。

 ハーキュリーズ様……真面目な方だとばかり思っておりましたけれど、誰に言われるでもなく自ら進んで舞台に上がったあたり、闘技を生業とする方だけに、やはり強敵との戦いは血が騒ぐのでしょうか?


『おおっとぉ!?ハーキュリーズ、ネプテゥヌス叔父上の仮面に手をかけたぞ!』

『これはいけません!』

 歓声に沸いていた会場が一転、ブーイングの嵐に包まれました。

 いけないと思ったのでしょうか、ハーキュリーズ様はどうやら攻法を変えるようです。

『おおっと!マスクを掴んだまま引き寄せてぇ、ヘッドバット!これはどうやら効いている様だぁ!』

『急所に当たってしまった様ですねえ。突き飛ばして~、距離をとる。さあて?お互いどうしかけるか』

『動いたのはネプテゥヌス叔父上!対するハーキュリーズ……う、動かない、だとぉ!?』

『待ちかまえているのは、何か狙いがあるからなのか!と!動いた!このままでは衝突コースです!』

『両者ともに、逃げも隠れもせず、正面からぶつかり合う気です!』

『果たして、どちらが有利か!』

 あ、とつぶやいた気がしましたが、気のせいだったかもしれません。


 それはまさに、一瞬。

 ハーキュリーズ様の背中が、急に小さく……いえ、低くなったのです。

『まさかっ!?』

『ハーキュリーズ、ネプテゥヌス様の下にもぐりこんだぁ!?』

『抱え上げて、いや違う!両手でもって、吹っ飛ばしたあ!』

『すげえ!!』

 ふわ。

 あまりの事に、口が開きっぱなしになっていた気がします。

 どちらも硬い筋肉に覆われた巨躯を誇る方ですが、その力は歴然のはず。

 いかにハーキュリーズ様が人として並外れているとはいえ、あくまで神と人ですもの。

 それを、吹き飛ばしてひっくり返してしまわれるなんて。

 しかし、事態はそれに収まらなかったのです。


『まさかっ、追いかけるだと!?』

『空中で追いつき頭を抱えて下へと押し込み、逆に足を掴んだ!?』

『さすが神の子!並外れたバランス感覚と強力(ごうりき)!ハーキュリーズよ、一体お前はこれからどうする気だーーー!?』

『不慣れな上に動きが取れないこの状況!空中に置いては海神であるネプテゥヌス様、やや不利かー!?』

『体勢を完全に入れ替えたぞ、ハーキュリーズ!!足で肩を抑えつけたーッ!』

『これはもう逃げられない!』

 固唾を飲んで見ていらっしゃるのでしょう観客席とは逆に、お隣の実況が過熱しています。

『うおおおおおお!落ちたああああ!』

『脳天から逝ったーーー!!!』

 わずかな時間のような、妙に長い間の様な、そんな時が過ぎ―――どすん!という音と共にお2方はそのまま舞台へと落下していきました。

 ネプテゥヌス叔父様、頭から落ちてますけれど大丈夫でしょうか。

『4』『3』『2』『1』『……0!』

 カンカンカンカンカン!!

 うおおおおおおおおおお!!!

『なんとまさかの逆転劇!英雄ハーキュリーズ、海神ネプテゥヌス様を打ち破ったああああああ!!』

 まあ……。

 あまりの出来ごとに呆然としてしまいます。

 ネプテゥヌス叔父様といえば、父に次ぐ実力者。

 そんな方まで倒してしまうなんて。

 父の血が、それほどまでに他と隔絶しているという証明なのでしょうか。

 いいえ。かの方の送られてきた『人生』の中で得た『力』が、存分に発揮された結果なのでしょう。

 わたくしは……わたくしとは、やはり……。


『あ゛~~~、ちょっくら油断したぜ』

 首回りをコキコキ言わせながら、至極あっさりとネプテゥヌス叔父様は立ち上がります。

 先ほどの10カウントの気絶は、もしやフリですか?

「……何故、勝ちを?」

 同じ事を考えたのでしょう、ハーキュリーズ様もプテゥヌス叔父様の事をじぃっと睨んでらっしゃいます。

 こちらも普段とは違うご様子なのは、やはり職に誇りがあるから……なのでしょうか。

 勝ちを譲られたとなれば矜持が傷つき、相手が神であろうと怒りに燃えてしまう。

 そういうものなのかもしれません。 

『睨むな睨むな。言ったろ?見極めるって。当然だが本気でやったら、お前死ぬぞ』

 本気の睨みを何事も無いかのように流すのは結構ですが、そのような事、例え事実だったとしてもさらっとおっしゃらないでくださいませ!

 と、いいますかもしや、意地でも放さないおつもりですね?マイク。


『まぁいい。お前については他の連中が、それこそ“嫌”ってほど難癖付けてくるだろうが、今みたいにそいつをあえて受け入れ、自分を示す事が出来ればなんとでもなるだろうさ』

 え、っと。

 それはどういう意味です?ネプテゥヌス叔父様。

 きょとんとしたであろうわたくしたちを余所に、叔父様は腕を高々と上げて宣言なさいます。

『それじゃあよぉ、そろそろ第5試練のお題、どーんといってみようぜぇ!』

 うああああああああああ!!!

 あ、もしやこれ、今回の試練が終わるまで、このノリで行きますの?

 

『ようクソ坊主、耳かっぽじってよく聞きやがれ?第5の試練……………それは!』

 

 ダラララララララララララララ……


 ドラムロールまで。

 用意が良いです事。

『それは!』

 タメはもういいですから。


 じゃあああん!!

『エーリス王アウゲイアースに預けてある牛、そいつら(・・・・)がいる牛小屋の掃除だっ!!』


 ……は?

 え?

 聞き間違い、でしょうか。

 厩舎の掃除、とは。

 周囲も何だかざわざわしています。

 もし本気であるとしたならば、それはまるで……。

 まるで、地上にあるという幼子の学びやで、罰として課せられる掃除のようではありませんか。

 いえいえ、そんな。崇高な試練が罰掃除とか……そんなはずは。


『元々は生贄として捧げられようとしていたのだが、いかんせん数が多かった!ついでに言えば俺は肉派ではなく魚派だ!そんな訳でめんど……げふんげふん、俺は適当な王に放り投げ……いやいや、世話をするよう申しつけたのだが、近年どうも放置されているらしいとの情報が入った!』

 え……ええー。(棒)

『なお!俺は海の神ゆえ、(おか)の事については疎いっ!牛とか献上されてもだな、んな動物の世話の仕方とか分からんっ!』

 ……そんな、開き直られても。胸とか張られましても。

『というわけで、頼んだ!』

 ネプテゥヌス叔父様は笑顔で、まるでごく普通によくある話のような口ぶりで宣言し、ハーキュリーズ様の両肩をバシバシ叩いていますが……ハーキュリーズ様、固まってしまっておりますわよ。


 たまに……ものすごくたまにつくづく思うのですが、わたくしの家系って他神(ひと)が言うより絶対威厳、ありませんよね。

 そろそろハーキュリーズ様の、やる気度の残量が心配になって来ました。

 幸せが逃げるとは言いますが……今だけでいいです、溜息吐いても良いですか?



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