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双児宮 第3の試練 



試練編ですが、視点はユウェンタースちゃんのままです。




 神殿を出て鉄馬車がとまる停車場へと向かいますと、アポロ様が外でお待ちになってらっしゃいました。

「さて、じゃあ地上へと向かうよ」

 しばらくぶりにお姿を見せたものの、らしからぬどこか陰のある表情に、少々驚きの表情が出てしまったかもしれません。

 アポロ様は苦笑し、零す様に言葉を紡ぎます。

「ボクにだって苦手なものくらいあるさ」

「苦手、ですか」

 やはり意外だったのでしょうハーキュリーズ様が、アポロ様の言葉をなぞる様に繰り返され、アポロ様はそれに対してどこか憂さげに肩をすくめました。

「光というのはね、本来なんでも照らし出すものさ。けれど、それも絶対という訳ではないんだよ。遮られてしまえばそこで仕舞いだ。高貴な者が亡くなる事を“隠れる”と言うだろう?『光』と『(くらやみ)』―――『死』とは、元来相容れないものなのさ」

 それだけ言うと、アポロ様はわたくしたちに背を向けて歩み出します。

 しばらく前までのテンションの高さが嘘のよう。

 薄暗闇の中、溶けて消えてしまうかと思うほどに、アポロ様の存在は静かで微かなもののように感じられました。

「……ユウェンタース殿、参りましょう。……こうしていても、悪戯に時間を消費するだけです」

「……そうです、わね」

 暗い風景というのは、こうも不安を掻き立てるものでしょうか。

 いえ、恐らくそれは先のプルート様のご様子であり、今しがたのアポロ様のご様子を見たからなのでしょう。

 大丈夫です、きっと。

 地上は明るいはず。

 陽光あふれる場所へとたどり着けば、アポロ様も、常と変らない愉快なご様子を見せてくれるに違いありません。

 試練だとて、そう難しいものではないとプルートー叔父様もおっしゃっておりましたもの。

 ですから、大丈夫。

 ぎゅ、と少しだけ力を入れた手を、ハーキュリーズ様は何も言わず握り返してくださいました。


「はーい、到着(とうちゃっく)!ここが今回の試練の場『エリュマントス山』の麓さ!」

 麓とは言うものの周囲はすでに濃い緑に覆われており、鬱蒼とした森林の中といった風情です。

「ここからは歩いて行ってね。それとハーキュリーズくん、君にはこれを」

「これは?」

 アポロ様がハーキュリーズ様にお渡ししたのは、1つの球でした。

「うん、捕獲といっても拘束するのも手間だろう?檻の準備も無いしね。だからこの丸薬をぶつけて、深くふかあく眠らせようというのさ。俗に言う“捕獲用麻酔玉”だね!」

 ……狩りですわ。まごう事無き狩りですわ。

 間違ってはいませんが、何かが間違っている気がしてなりません。

「ちなみに天の頂の医局に勤める、とあるケンタウロス一族の方に調合してもらいましたっ☆」

 っ!?

 その方とはもしや、死者をも蘇らせたという“あの方”ではありませんの!?

 世の理を乱すという理由から、生物としての生をはく奪され、天の頂に召されたとか。

 そもそも半人半馬のケンタウロス一族は、地上世界において文武両道をうたう優れた種族です。

 そんな人物?の作りだした妙薬ですから、その効果も絶大なのでしょう。

「では、有難く頂戴いたします。……ユウェンタース様、御手を。はぐれてはいけませんからな」

「ええ。……足を引っ張らないよう、精一杯がんばりますわ」

 決意を新たにした、その時でした。

 カッカッと何かひっかくような重い音がして、振り返ればそこには先ほど話題に出たばかりの、半人半馬の不思議な髪形をした男性がいらっしゃったのです。

「―――なるほど、試練を受けるというのは君たちでしたか」

 わずかに首を傾げた男性に向かって、隣にいたハーキュリーズ様が珍しく大きな声を出しました。

「先生!?キロン先生ではありませんか!まさか、このような場所に!」

 ハーキュリーズ様がこうまで驚くのも珍しい事と思うのですが、目の前の方はそれもどこ吹く風といった様子で、にっこりと微笑まれます。

「久しぶりですね、ハーキュリーズ君。そしてそちらは、天の頂より降り来る女神ユウェンタース様とお見受けします。ご挨拶が遅れ、申し訳ございません。わたくし、ケンタウロスの一族に連なる者、キロン。英雄の家庭教師です」


「家庭教師、ですの?」

 ひょうきんそうな明るい声にのせられた言葉に、想像力がうまく働かずきょとんとしてしまいます。

 教え導く方にしては、いささかハーキュリーズ様とのお歳の差が合わないような……?

「ユウェンタース殿、あまりお気になさらぬよう」

 身をかがめ「こういう方ですから」とそっと耳打ちなさいますけれど、あの、それは一体どういう……?

「聞こえていますよ、ハーキュリーズ君。よろしい、ならばこたびは我が『キロン流殺法』の神髄をお見せする事に致しましょう」

 こほん、と咳払いしたキロン様はアポロ様に「では、お役目の通りに」と深々とお辞儀をし、「行きますよ」とわたくしたちを連れて山の奥へと向かうのでした。


「さて、狩りの極意とは何でしょう。それはいかに上手く相手を罠にかけ、危険を排除し、自らの優位性を保つかにかかっているといっても過言ではありません。人を集めて敵の視線を分散させる事もまた、その1つの手段です」

 つまりどれをどう攻撃するか、選択肢を与えることで相手を迷わせ、逆に隙を作るという手段ですねー、と“先生”はおっしゃいます。

「というわけでハーキュリーズ君、今回は“パーティ”を組んで戦ってもらいますよ」

「はあ、ぱーてぃ、ですか?しかし……」

「今回の試練に関しては、制限など不要。そうですね?」

 渋いお顔をなさるハーキュリーズ様をよそに、キロン先生はぱちん、と両手を胸の前で叩きます。

 妙に用意がいいのは、プルートー叔父さまが何か事前に神託でも下していたのでしょうか?

 がさごそいう音の後、木々の間から武装したケンタウロス一族の方々が現れました。

「先生、こっちは追い込み完了だ!目標は、予定通り山腹の広場に向かって移動しているぜ!」

「落とし穴、準備完了です」

「いつでも行けますっ!」

「よくやりましたね。ハーキュリーズ君、彼らはケンタウロス一族の中でもとりわけ将来有望な若者たちです。今回の狩りは、彼らにとっても貴方にとってもいい刺激となる事でしょう」

「…………よろしく頼む」

「フーン?あんたが“あの”ハーキュリーズさん?まあせいぜい、足引っ張らないようにしてくれよな」

「ちょっ!?あ、あの、すみませんっ、こちらこそよろしくおねがいしますっ!」

「……その腕、確かめさせてもらう」

 大弓を背負う者、ケンタウロス一族には珍しい剣と盾を持った者、馬上槍を携えた者。

 どの方もよく鍛えられた体をお持ちの、凛々しい若者たちです。

 なかなかに個性的な方々のようですが、キロン先生が認めた方たちですもの、腕は確かなのでしょう。

 今回の試練も、うまくいきそうでよかったとホッとします。

 叔父さまもさほど難しくないとおっしゃっていましたし、これだけの人数が要るんですもの、きっと大丈夫ですわ。

「うんうん、その調子ですよ。さて、ユウェンタース様は、わたしとともに離れて見学していましょうね?」

 危険ですから、と片目を器用につぶるキロン様に、こくりとうなづき返します。

 わたくしこそ、足を引っ張ってはいけませんものね。


「あれ?お嬢ちゃん、その手に持っているのは何なんだ?」

 ふと、ケンタウロスの中でも一番大柄な、弓を持った方がわたくしに気付きます。

「これは神酒(ネクタル)です。不完全ではありますが、多少のお怪我ならこれで治せますよ」

「とはいえ、だからと言って無理や無茶は決してしないように。万能という言葉を過信するとどうなるか、貴方にはさんざん教えてきましたよね?」

「分かってるって、先生!そうだ、ついでにこいつも“預かって”くれねえか?」

「こちらは?」

 差し出された容器を受け取りながら首をかしげます。

 どうやら何か液体の入った容器のようですが。

「神酒とまではいわねぇけどよ、こいつはケンタウロス一族に伝わる特別な酒なんだ。こういった名誉をかけるような特別な狩りでは、必ず俺みたいな族長候補に預けられるのさ」

「まあ、そうでしたの」

 という事は、この方は次期族長候補さんという事ですわね。

「だから今はあんたに預かってて欲しい。先生と一緒にいるんなら、これほど安心できる場所も無いだろうからな」

「ええ。そういう事でしたら喜んで。お勤め頑張ってくださいましね」

「おう、任せとけ!」

 自慢なのでしょう、自らの武器を誇らしげに掲げて笑みを見せてくださいました。

「もし万が一しくじったとしても……“こいつ”さえありゃあな」

 そっと大弓を撫でてから、彼は仲間たちの方へ戻って行きます。

 ふと気が付けば、彼の戻る方向にいたハーキュリーズ様が、わたくしの方をじっとみつめていらっしゃいました。

 わたくし?いえ、それは自意識過剰というものでしょう。

 きっとわたくしだけでなく、先生の事も見ていらっしゃったんですわ。

 染まる頬をどうにか落ち着けさせようと奮闘しつつも、先生にそっとうながされ、わたくしは彼らと共に山腹へと向かう事になりました。


 エリュマントス山に巣くうという人喰い大猪は、その名に恥じず大きく異様で、とにかく凶暴でありました。

 広場に入るや否や、ハーキュリーズ様方の存在を認めるとすぐに突進してきたのです。

 その様はすさまじく、まるでアポロ様の鉄馬車が暴走しているかのようでした。

「うーん、慣性ドリフトですかねえ、あれは?」

「……よくわかりませんが、恐らく違うものではありませんの……?」

 広場よりやや上の木立に隠れるようにして見守っていたわたくしたちですが、恐ろしい命がけの試練のはずなのに、先生ののほほんとした感想に気が抜けそうになります。

 とはいっても、大猪が大変危険な存在であるのに変わりはありません。

 突進も、進行方向に向けてまっすぐ駆け抜けて行くだけでなく、広場の端から端へと縦横に駆け回るのですからたまりません。

 ただ……それも型が見えてしまえばこちらのもの。

 おとり役と待ち構える役、2人1組で散開し、おとり役の背後に待ち構える攻撃役が、溜め込んだ力をその都度全力でぶつけるのです。

 ハーキュリーズ様も幾度かあえて猪の進行方向に立ち、大猪最大の武器である天へと向かう巨大な牙を、神から授かりし大剣にてへし折ろうと奮戦します。

 しかし、苛烈なはずの剣戟の隙をかいくぐり、大猪は後方にいた大弓の射手めがけて突っ込んで行きました。

「っく!?この、舐めやがって!」

 回避が遅れた彼は、かろうじて避けはしますが地面に転げてしまいます。

 すぐに立ち上がったものの、その表情は怒りに満ちておりました。

「冷静になれ!周囲が見えなくなれば、勝てる戦いも勝てなくなるぞ!」

「慢心するからこうなるのだ」

「ッハ、むしろ慢心せずして何が才あふれる誇り高き一族だ!ついでに言うなら、俺はその次期族長様だぞ!」

「寝言だな。貴様は未だ族長の候補であるという、それだけであろう?身の程をわきまえろというのだ」

「もうっ、2人ともケンカしないでってばー!」

 あら?あらら?

「いけませんねえ、彼の悪い癖が出てしまっているようです。……これは……後でお仕置きが必要でしょうか?」

 ええと……。

 本当に大丈夫なのかと不安になって先生の顔を見れば、先生も困惑した表情をされてらっしゃいましたけれど……。

 その発言内容にどう返せばいいのか、わたくしまで困惑してしまいますわ。

「集中しろ!来るぞ!」

「うるせー!お前の指図は受けねえよ!おらぁっ、キロン流弓術『弓がしなり弾けた焔、天空を凍らせ撃ち』ッ!!」

 叫んだ後、大弓を天に向けて撃ったかと思えば、その矢は幾本にも分かれて大猪めがけて降り注ぎます。

「やるな……ではこちらも!キロン流大剣術奥義『キロンブレイク』」

「「なにぃーっ!?」」「!?」

 ハーキュリーズさまが腰だめに構えた大剣は、雷の如く光の軌跡を残して横になぎ払われます。

 皆様驚いてらっしゃいますけど、そんなに凄いんですか?

「ぴぎいーっ!!!」

 あ、でも、今の一撃は驚くだけあってかなりの傷を負わせたようです。

 どう、と倒れ込んだ大猪は、それでもまだ余力が残っていたのか、皆の見守る中ふらふらと立ちあがりました。

 ですがこれでもう、勝ち目はないでしょう。

 逃げ場もありませんしね。

「好機だ」

「さっきまのお返し、たっぷりさせてもらうぜ!」

「倒したらダメだってば!猪さん、こっちだよ!キロン流剣術、必殺『キロンストラッシュ』!みね打ちだけど!」

 盾と剣の少年が、挑発して誘導します。

「ぶひいぃぃぃ!!」

 それだけで、大猪は逆上し彼の後を追いかけ……がらり、と崩れた足元に姿勢を崩し、地面の下へと姿を消しました。

「今ですよ!」

「はい!」

 とっさに放った先生の声に応えるように、ハーキュリーズ様はアポロ様から頂いた不思議な球を投げつけました。

 ぼわり。

 わずかな煙が上がり、やがて穴の中からぐおー、ぐおー、といういびきが聞こえてきました。

「やった!」

「捕獲成功、だな!」

「ああ」

「……」

 よかった。

 本当によかったです。


 大猪が目覚めない事を確認した後でわたくしと先生が広場へと下りますと、ハーキュリーズ様方は健闘をたたえ合っておりました。

「おつかれさま。でもさすが英雄って言われるだけあるよね、奥義を放って息切れ一つしないなんてさ」

「なあ、どうせだからよ、大猪を肴に一杯やって行かねえか?俺も話を聞いてみてぇんだ、“兄弟子さん”の話をさ」

「……いや、せっかくの好意だが、これから十二宮に戻り報告しなければならんのでな」

「そうかあ?ちょっとくらい遅くなったっていいじゃねえか。来てすぐ帰るんじゃ、そこのお嬢さんだって気が休まんねーだろうしよ」

「え……わたくし、ですか?」

「……」

 この時、私は思い出すべきだったのです。

 叔父さまに言われた事を。

 死の世界を司る、冥府の王の忠告を。

「わたしはどちらでも構いません。こちらに残るというのでしたら『話したい事』もありますからね」

「……そう、ですね。では……」

 キロン様がこの試練において何の役目を負い、何を覚悟し、何を残そうとしていたのか。

 わたくし“たち”は愚かにも、その時が来るまで気づこうともしなかったのでした。






確実に過ぎ去る有限の刻。

カウントダウンは止まらない……。




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