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パタパタという軽い足音。
こんな所ではなかなか聞けないから、なんだか新鮮だね。
「……おい」
新鮮といえばもうひとつ。
後ろ姿を追っていた目線を外して振り返れば、珍しく険しい表情の幼馴染。
「なに?」
原因なんてわかりきってる。でも、わざとへらへらと笑って聞いてやる。
そうすると、「ちっ」とわかりやすく不機嫌になって睨み上げてくる。
あー、こわいこわい。
俺がヴェルミオンを見下ろす機会なんて、こうして奴が座っているときぐらいしかない。
まあ、それもほとんどないけど。なんせヴェルミオンは筋金入りの脳筋だ。
立っているか空の上、どちらにしろ見下ろされてる。
それが見てよ。座ってしかも羽ペン握って書類作業してる。
ーー笑えてくる。
「おい、なにがおかしい」
「……いや?」
「…………」
一瞬で真顔に戻った俺の顔を胡散臭げな目で見てくる。
今日のヴェルミオンはよく表情が変わる。
ますます面白くなってきた。
「で?なんかあったんでしょ?」
促してやれば盛大なため息。
もう無表情に戻ってる。
「あまり関わるな。興味ないんだろう」
おっと?
なに、気付いてた?
あれー。俺としては気持ち出してないつもりだったんだけどな。
しかも、今回は実際に面白がってたから、結構な精度で隠せてたと思ってたのに。
残念。
「お前の好みと真逆だろう」
栗色の巻き毛にハシバミ色の目。……うん、真逆だね。
さすが俺の幼馴染。よく見てるねー。
……それと、あの秘書ちゃんのことも。
「気になってるの?」
こんなこと、わざわざ聞くまでもない。ヴェルミオンはあの秘書ちゃんのことを気にしかけてる。確実に。
仕事ができるみたいだけど、そんな程度のことがきっかけじゃない。
きっと、あの子の持ってるヤツのせいかな。
ヴェルミオンはなにも答えず、手元の書類に目を落とした。
うーん、自分でもあまりわかってないのかなー。
ま、俺としてはこれからの日々を面白く飾ってくれればそれでいいかなって。
ーーあと、邪魔さえしないでくれれば。
「ねえ、ルーン」
「……アイツはともかく、お前がそう呼ぶ時は碌なことがない」
わかってるじゃないか。
そうやって人を真っ直ぐ見る癖も、『アイツ』に言われたからでしょ。
その素直さがヴェルミオンのいいとこでもあり、悪いとこでもあるんだよなぁ。
「あの子、黒いもの持ってるでしょ。邪魔になったらーー」
「わかっている。俺がさせない」
……ヴェルミオンのこういうとこが、やりやすくて好きだなぁ、俺。
「あの、ラファージュ副隊長。紅茶を淹れてきました」
こっちが話中だったからか、遠慮がちにかけられた小さな声。
その鈴の音のような高らかな響きに、目線が逸れた。
あまりにも真っ直ぐなそれは、俺を越えて後ろの方へと向けられている。
あーあ。
女の子が好きな『とろけるような笑顔』を貼り付けた。
そうして振り返って子鹿ちゃんを捉える。
「俺のためにありがとう、可愛い人」
甘い声で囁くと赤くなる頬を見て、あぁ同じだな、と思うのは仕方がないことだよね。
まあ、これから楽しませてよ。
俺は見てるからさ。
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