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……外部の者ですし、意見だなんて言えるわけがないのですけれど。
マドラル隊長のお隣で仕事だなんて、怖くてできなーーお、畏れ多くて!
「……カナート」
「へ!?あ、は、はいっ!」
がたがたんっ!……という衝撃と激しい音。
あぁ、椅子が倒れてしまった!
マドラル隊長の『なにやってんだ、お前』という冷めた視線が突き刺さります。
「あ、あああの!申し訳ありませんっ!」
思いっきり挙動不審じゃない、私!
こんなんじゃ、ロッド少将に叱られてしまうわ。
……あっ、間違えた。ここは空軍隊だわ。
いえ!だからと言って良いというものでもないのだけど!
ふいに、目の前に赤が滑り落ちた。
って、あ!
柔らかそうな赤い髪がマドラル隊長が起き上がるのと共に上に上がってくる。
下がったときと同じようになめらかに。
マドラル隊長に椅子を直させてしまったわ……。
「す、すみませんっ」
いったい何をしているのよ、ルイーズ!!
「…………書類だ」
……えっ、書類?
え?
あっ、目の前のこの紙の山のことですね。
「えと、では失礼します……」
それにしても、なぜこれほどまでに書類が溜まっているのでしょう?
ただサインをするだけのものから、おそらくもう出していなければならないはずの報告書まで、それはもう乱雑に積まれている。
とりあえず急を要するものと、そうでないものとにざっくりとわける。
どっちにしても、ため過ぎて全部急を要するものなのだけど。
「……えっと、まずは片付けるべきものから終わらせていきますね」
報告書などはあととして、とにかくサインだけのものは早急にサインしていただいて。
目を通さなければならないものもわけておいて、後で読んでいただきましょう。
「こちらの書類にはマドラル隊長が目を通していただいて、サインをお願いします」
羽ペンとインク、分けた書類をマドラル隊長のデスクへ置く。
「……全て、か?」
「? はい」
「…………」
マドラル隊長が書類の山から一枚、ぺらりと手に取る。
なぜ指先で、しかも端をお持ちになるのかしら。
しかも、それをそのまま無表情で眺めた後、羽ペンも取らずに置いてしまった。
「……マドラル隊長?」
「…………」
えと……。これは、どういう……。
「はぁ!?マジかよ、どんだけだよ!」
なんともいえない私たちの空気を破ったのは、室内に響き渡ったジルダの叫び声。
驚いて見れば、頭をガシガシと掻き乱すジルダとそれを眺めるラファージュ副隊長。
ど、どうしたのかしら。
もしかして、喧嘩……?
「あっ、副隊長あざっした!」
……違うみたい。
そもそも、副隊長と一般兵士が喧嘩だなんて聞いたこともないわね。
「はいはい。ま、《藍の風》が不機嫌になったのは君がっていうより、《北の森》に原因がありそうだけどね」
そうえば、ラファージュ副隊長に何かを聴くとか言ってたわよね?
なんだかんだで聞きそびれてしまったのだけど、結局なんだったのかしら?
「…………リオは」
「えっ」
書類の山を眺めていたマドラル隊長が、ついに一枚手に取り、眉根を寄せて読んでいらっしゃる。
そんなにお嫌なのかしら……。
「精霊界でも一目置かれている、子供が見る精霊に『翼』を与えられている。だから精霊に本当の感情を訊くことができる」
なんの感情も入らない、事務的な口調。
だけどはじめて、マドラル隊長がこんなに話されるのを見た。
それも、これは私が理解できていなかったのを察してくださったのよね?
「精霊のことはリオに尋ねろ」
そっけなく、それこそこちらも見ずに話す。
それでも、マドラル隊長はお優しい方なのだわ。
そうよね。赤髪とか目つきとか、そんなものでは判断できないものよね。
目つきに関して言えば、ロッド少将の方がよっぽど恐ろしいものをしてらっしゃるし。
「ありがとうございました!」
「……」
なかなかお返事はくださらないけど。
「あっ、そのサインはこちらにお願いします!」
マドラル隊長は無表情に淡々と、間違ったところにサインをしようとする。
あと三つ四つほど、うず高く積まれた書類の山があるのだけど、いつなくなるかしら。
あっ、そうえば。
「あの、マドラル隊長」
「……」
無言だけれど、聞いてくださっているようには見える。
いえ、私が勝手にそう思ってるのだけれど。
「さきほどの、『余計な行動は慎め』というのは、どういった意味なのでしょうか?なにかご迷惑をおかけしてしまいましたのでしょうか?」
場所が違えば規則も違う。
同じ軍隊だし、と思っていたけれど、ここの雰囲気と陸軍の雰囲気は全く違うもの。
なにもしているつもりはなかったけれど、もしかしたらルールと外れたことをしでかしてしまっていたのかもしれない。
「……さっきのことじゃない。これからのことだ」
……これから?
これからの行動を慎めということかしら。
「承知いたしました。では、ご迷惑をおかけしないよう……」
「違う」
「…………」
「…………」
えっと……。
なにこの微妙なーー
「なにこのビミョーな空気〜」
ラファージュ副隊長がやってきて、マドラル隊長のデスクの足を蹴った。
がんっとおっきめの音がした。マドラル隊長が揺れた。
「おい」
地を這うような低いお声。
「それ俺が言いたーい。秘書ちゃん困惑してんじゃん」
そして動じないラファージュ副隊長。
「ごめんね。ルーンってシャイボーイだから」
「おい、誰がだ」
「ルーンが」
「おい」
ルーンというのは、マドラル隊長の愛称かしら。
マドラル隊長とラファージュ副隊長はとても親しい間柄なのね。はじめからそれは思っていたけど。
ご友人とかかしら。
「精霊たちにイタズラされないように俺のそばを離れるなってことでしょ?」
「違う」
「あれ、ルーンが書類片付けてる。すご。やっぱカワイイ秘書官がいると違うねー」
「精霊の気に触れないよう下手な所に行ったり触ったりするなということだ」
「あ、紅茶のおかわりくれないかな?君のその嫋やかな手で淹れられた魅惑の味に、もう一度浸されたいんだ」
「わかったな」
「ええっと、その……、は、はい」
お二人の会話が全く通じていない……。
と、とにかく、私は私の仕事だけをしろってことよね!
…………紅茶を淹れてきましょう。
更新遅れてしまい、申し訳ありませんでした!
読んでくださりありがとうございました!!