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  がたり、と椅子を引く音。

 マドラル隊長が立ち上がって、お手入れの終わったらしい剣を鞘に戻すところだった。

 そのまま、今度はなにかの書類を読みはじめてしまう。

 確か、私はこのに秘書の仕事をしに来たのよね?

 どうすればいいのかしら、これ。



「あ、副隊長!俺の精霊に訊いて欲しいことがあるんスけど」



 ジルダがラファージュ副隊長の隣で、しきりに空中を指し示している。

 おそらく、そこにジルダの精霊がいるのね。見えないけれど。



「またなにやらかしたの?」



 呆れた様子のラファージュ副隊長はなんだか慣れているよう。何度も頼まれているのかしら。



「《北の森》に行ったら、急に機嫌悪くなったんすよ」


「《北の森》?また行ったの?」



 《北の森》といえば、最近発見された新しい森よね?とりあえず、北の地にあるから《北の森》というらしい。なんて雑なの。


 なんでも、そこは精霊が守っている森で、人間が近づくと精霊の力でどこかへ飛ばしてしまうらしいんですって。

 実際に、《北の森》に辿り着けた人はいないそう。

 その上、悪魔を操る魔人が住んでいるという噂もあるため、密かに恐れられている。


 森に入れないというのは本当らしいけれど、魔人の方はどうなのかしら。

 そもそも、北の地は雪と氷の世界で、とても人が住める環境ではないと聞きます。

 ……あ、だから魔人なのかしら?



「何かわかった?」


「いや。……あぁ、《光》は見たッスね」


「ふーん。最近多いね。なにかあるのかな」


「そういえば、アタシも精霊が少ないような気がしました」



 飛び交うよくわからない話。

 なにをすればいいかもわからないし、このまま突っ立っているわけにもいかないし。


 ……お茶でも淹れましょう。



 とりあえず、勝手に隣の部屋のドアを開く。

 と、そこには簡素な戸棚とそこに並ぶ色とりどりのカップ。

 ここのようだわ。上の棚の入れ物が茶葉かしら。あ、あたり!

 カップは……、どれを使っていらっしゃるのかしら。

 あっ、この白いのと花柄のと……この青いの?あ、あとこの金のラインが入ったカップも使っている形跡があるわね。

 たぶん、これで合ってるはず。


 お湯を注いで蒸らしてから、それぞれのカップに紅茶を淹れていく。

 誰がどのカップかわからないけど……。

 まあ、持っていけば、勝手に取って行ってくださるわよね。

 あ、このトレー使わせてもらいましょう。



「あ、ルイーズちゃん!よかっ……、!?」



 お、驚いた……。

 扉を開けた瞬間、目の前にいたオーギュスタに、手元の紅茶を落としそうになってしまった。


 オーギュスタも目を見開き、衝撃を受けたような顔をする。

 危なかったわ……。



「あ、あの、みなさまお忙しそうでしたので、勝手にお茶を淹れてしまいました」



 私、無駄におどおどとしている気がする。


 それにしても、勝手に動きすぎたかしら?

 ……はっ!

 そういえば、さっきのマドラル隊長の言葉はこういうこと!?



「……あぁっ!ルイーズちゃん素晴らしいわ!」



 わっ!

 オーギュスタが抱きつこうとしてきて、ガチャンとカップが鳴る。



「あらっ!ごめんなさいね、つい」



 と、ひょいっとオーギュスタの後ろからジルダが覗き込んできた。



「えっ!ルイーズ、お茶淹れたの!?しかもカップ全部そろってる!」


「ね。あなたとは大違いだわ」


「おいっ!」


「ジルダー?なにやってんの」



 そういえば、さっきのお話は終わったのかしら?



「ルイーズが!副隊長のカップ、一発で当ててきたんスよ!」


「へぇー、本当に?何度も間違えるジルダとは大違いだ」


「副隊長まで!」



 ぼーっと、ジルダとラファージュ副隊長のやりとりを見ていたら、ふっと手元が少し軽くなった。



「いい香りね。ありがとう、ルイーズちゃん」



 あっ、オーギュスタがカップを取ったのね!

 オーギュスタは花柄のだったみたい。



「君のような可愛らしい女性が淹れた紅茶は、きっと優しい味がするんだろうね。俺のためにありがとう」



 えっ、あっ、えと……。

 あっ、金のラインのはラファージュ副隊長のものなのねっ!



「副隊長!だから、そーいうこと言うのやめてくださいって!」



 明らかに挙動不審だわ。

 だって、金のカップを手に持つラファージュ副隊長がキラキラと輝いていらっしゃって、髪の間から私を流し見る青い目が素敵で……。

 って、私!なにを言っているのかしら!



「やっぱり面白いね、この子」



 くつくつと笑って行ってしまわれた。

 うぅ……。からかわれてるのだわ。



「副隊長のこと気にすんなよ。女前にすっといつもあーだから」



 残った二つの内、青いカップを手に取りながら、ジルダが慰めてくださる。



「……それと、あ、ありがとな、これ」



 ふい、とそっぽを向きながら落とされた言葉に、少し元気が出てきた。



「いえ、お口に合えば嬉しいです!」


「お、おう……」



 ……それで。

 最後に残った白いカップ。これが、マドラル隊長のカップ……。

 しっかりとトレーを持って、ジルダとオーギュスタの間を通り、マドラル隊長のもとへ。


 さっきと同じくデスクで、ラファージュ副隊長と何かをお話していらっしゃる。

 震えてはだめよ、ルイーズ……!



「あ、あのっ!どうぞ!」



 噛んだ……。

 ラファージュ副隊長にふっと笑われた気がする。

 恥ずかしい。


 そんなまごついている私を、すっと射抜くマドラル隊長の視線。

 思わず私も見つめ返してしまうほど。

 どうして、どうしてこの人はこんなにも真っ直ぐに見つめてくるのかしら。

 光を浴びた森のようなマドラル隊長の目。

 最初は冷たいと思ったその目も、落ち着いて見られるようになってきた。

 いえ、重くて恐ろしいのはそのままだけれど。


 気づけば手の上の重さが無くなっていた。

 マドラル隊長の目は私から外され、その手にはカップが。

 あんなに見ていたのに、気づかなかったわ……。



「あ、ルイーズちゃん!今、ルイーズちゃんの机のことを言おうと思ってたのよ!」



 あ、よかった。私の居場所はあるみたい。

 オーギュスタが慌てた様子で寄ってきて、そのまま案内してくれる。



「必要なものがあったら、アタシかジルダに言って頂戴ね。で、ここがーー」



「美味かった」



 ………………、っ!!


 手元のトレーに戻る、先ほどよりも軽い重さ。

 すぐ脇に来た高い影と、見上げるとぶつかる真っ直ぐな視線。



「わ、私……?」



 あっ!いけない、言葉遣い!

 動揺しすぎてつい……!


 あたふたとしている私をじっと見下ろしたマドラル隊長は、そのままふいと行ってしまわれた。

 ……なにも、言えなかった。



「『美味かった』……?」


「俺の、幻聴か……?」


「面白くなりそうだね」



 後ろがざわめいているけれど、私は私でマドラル隊長に美味しいと言っていただけたことに感動していた。


 それにしても、飲むのがとてもお早い。

読んでくださりありがとうございました!


そして、大変長らくお待たせしましたぁ。

こんな作品ですが、ご感想などいただけたら嬉しいです(●´ー`●)

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