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「ルイーズ」
な、まえ……!
やだ、名前を呼んでいただけただけなのに、なぜでしょう、胸のあたりがきゅっとなって鼓動がトクトク止まらない。
つかつかと私の前まで歩いていらっしゃったマドラル隊長が、そのまま見下ろしてきた。
かと思えば、突然、その場に片膝をついてお座りになった。
「えっ! ま、マドラル隊長?」
私かソファに座っているにも関わらず、まだ少し高い位置にあるマドラル隊長の目線。
思わず口を閉じると、その場がすっと静かになる。
なんにも聞こえない。
ただ、目の前にマドラル隊長がいるというだけ。
柔らかな赤い前髪が、薄っすらと浮いた汗で額に張り付いていて、いつも涼しげなそれらの変化に少し見とれてしまった。
ここまで走っていらしたのかしら。
それにしても、一体どうして。
「ルイーズ」
「は、はい」
どうしましょう。
名前で呼ばれるの、慣れないのだけれど……!
「…………、」
すっと息を吸って口を開いたマドラル隊長は、けれど、そのままの状態で固まった。
決意を秘めた、けれど迷うような表情で、すっと口を閉じて黙ってしまわれた。
え。
ど、どうなさったの?
どういう反応をすればいいのかわからなくて、ただひたすらその綺麗なお顔を見つめ返した。
その額から、一粒の雫がつうっと溢れていく。
こめかみを通り、頬を流れ、顎を滑り落ちていって……。
ど、どきどきしてきた。
なにか、いけないものを見ているよう。
顔が熱い。どうしましょう。目が、離せない。
やだ。早く、早くなにか仰って。
あ。
アン様、この場をどうにかーー、
いない!
あら!?
さっきまでお隣にいらっしゃったじゃない!
いつの間にどこへ行かれたのー!?
「ルイーズ」
はっ!
「あっ、な、な、なんでしょう!?」
どもった!
声、裏返った!
わ、私どうしてこんなにも動揺してるの!?
きっとアレだわ。
皆様がマドラル隊長をす、好きかとかお聞きになるから、変に意識をしてしまっているだけなのよ。
「ルイーズ。俺はルイーズが、好きだ」
だから、この心臓の異常なほどの高鳴りもーーーーー、
「…………えっ?」
真摯な目とぶつかった。
光が反射して、それはキラキラと輝いていた。
今、今はっきりとーー、い、いえ! そんなに深い意味はないでしょう!
あまりにも私が意識しすぎているからそのようなニュアンスで聞こえてしまうだけよ!
「愛している」
……ッ!!
「あ、あ、あい、あいして、いる……?」
それは、その言葉は、つまりその…………っ!
「いつからかはわからない。気がつけばーー、いや、違うな。魔人の力とは関係なく、ルイーズが俺を受け入れてくれたときから、部下に対するものではない、特別な、感情を抱いていた」
ぽかんとしてしまった。
はっと気づいて、慌てて口を閉じる。
私の一挙一動を少しも見落とさないとでも言うかのように、真っ直ぐ真っ直ぐ射抜いてくるいつもの、マドラル隊長の瞳。
一瞬おさまったと思った心臓が、また脈打ちはじめて、耳が、顔が、首が、全身が熱くて熱くてたまらなかった。
「ルイーズ」
そんな、深い、掠れた、優しい声で呼ばないでください。
「愛してしまったんだ。俺以外のどんな男にも渡したくないと、思ってしまうほどに」
懇願するようなその目に、声に、はしたなく抱きついて応えたくなってしまうもの。
「俺の気持ちを受け入れられないと、思うなら、」
「好き、です」
胸が苦しい。
喉がきゅっと締まって、目の前が霞んで揺れた。
「あ、愛してます」
ああ、言ってしまった。
こんなにも、恐れ多い感情を。
いつからかは、わからない。気がつけば、抱いてしまっていた感情。
言うつもりなど、言える立場など、なかったはずなのに。
「……」
「ッ!」
手が伸びてきて、私のとは明らかに違う武骨な指が目元を拭った。
思わず目を瞑ってしまった、閉ざされた視界中では、マドラル隊長の指先が頬を滑る感触をくっきりと感じられた。
頬を覆われ、耳を掠められ、爽やかで甘い不思議な香りが鼻先をくすぐった。
柔らかな、冷たい感触が、唇に触れた。
驚きに目を見開いてしまった、それがいけなかった。
至近距離、焦点がぼやけるギリギリ手前の、そんな距離にある、薄く覗く深緑色を見てしまった。
ーーあぁ、だめだわ。
ふと、遠くなった意識の中で、最後に感じたのは背中の温かく硬いなにかの感触だった。




