4
精霊、なんて言うから、勝手に小さな人型の羽を生やしたものを想像してた。
でも、本当に『翼』だったなんて。
「……す、ごい」
ぽかーん、と口を開けてしまっていて、慌てて閉じた。
「ふふ、驚いた?」
はい、とても。
目の前のオーギュスタは背中越しに私を見た。
その綺麗な顔を半分隠しているのが、背中に生えた大きな『翼』。
光を受けてキラキラと青緑に光るそれは、鳥のような羽毛はなく、けれど鳥のような翼の形をした、不思議なもの。
「アタシが《海の精霊》から与えられた『翼』よ。綺麗なもんでしょう?」
こくこくと頷けば、くすりとオーギュスタが笑った。
「で、俺の『翼』がコレ」
隣でニヤリと笑ったジルダは、そうして何もない空中を指差す。
オーギュスタのように、背に生えているわけではない。かといって、ジルダが指差す場所には何もない。
と、思った瞬間。
フワリ、とジルダの身体が浮いた。
「えっ!?」
私はきっと、かなり驚いた間抜けな顔をしているのでしょう。ジルダはますますその笑みを深めて、急な角度をつけて私の目の前へ降りてきました。
「驚いたか?こうやって、精霊たち自身が俺を飛ばしてくれんだ。ちなみに、俺の精霊は《藍の風》なんだ」
精霊たち自身が……。
だから私には見えないのね。
「オーギュスタや隊長は俺とは違って自分の力で飛べる。その代わり、精霊と心は通わせられない。精霊たちは『翼』を渡して自分の住処に帰っちまうからだ。オーギュスタの場合は《海》だな」
なるほど。精霊と一口に言っても、いろいろ種類があるのね。
じゃあ、ジルダの《藍の風》というのはどういう意味なのかしら。
「俺のがどういう意味かって顔してんな」
あっ。顔に出てたのかしら。
「あら。ジルダにしては珍しく人の顔色を読めたのね」
「う、うるせぇよ!……んで、戻るけど!俺の精霊自身が《風》なんだ。自由気ままな分住処がないから、気に入った人間にくっ付いて『翼』になってくれんだ。俺の目、藍色だろ?コレを気に入ってくれたんだ」
ぐいっと顔を近づけられた。
確かにジルダの目は、綺麗に煌めく藍色の目。
だけど……。
近……い。鼻と鼻がくっついてしまいそうな距離に、一気に顔に熱が集まる。
「ルイーズ?どうしーー」
「あれ。いつの間に女のコ垂らしこむようになったの、ジルダ」
甘い、テノールの響き。
甘い、心地よい香り。
突然隣に現れた、柔らかい雰囲気を持った人影。
「ラファージュ副隊長!ち、違うんスよ!これは俺の目の色を見せてただけで……!」
凄い勢いでジルダが飛びす去り、そのままさらに後ろに下がった。
ガタンッと音がして、見ればジルダがマドラル隊長のデスクに思いっきりぶつかっていた。
「す、すみませんっした!」
慌てて謝るジルダを一瞥したマドラル隊長が、そのまますっと視線を外して私を見た。
……えっ。
「……リオ。もう帰ってきたのか」
びっくりした……。固まってしまったけれど、私じゃなかったのね。
私ったら動揺してしまったわ。
「まぁね。それより彼女、真っ赤になって固まっちゃってるよ?暫く見ない内に、ジルダもやるよーになったねぇ」
スッと流れるような所作で私の顔を覗き込んできたのは、目鼻立ちが恐ろしく整った美青年だった。
澄んだ空色の目にかかるブロンドの髪。薄い唇が浮かべる甘い笑みは、彼の中性的な顔立ちを綺麗に飾り上げていた。
「初めまして、可愛いお嬢さん。俺はリオ・ド・ラファージュ」
「あ、えと、ルイーズ・ド・カナートと申します」
「ルイーズ。可愛い君にぴったりな名前だね。そんな君のその熟れた林檎のような頬を、飢えた俺に食べさせてはくれないかい?」
えっ。…………えっ?
右手を取られ、口付けられた。
私は、ただ、呆然としていた。
「ちょ、副隊長!ルイーズのこと、虐めないでくださいよ!」
「はは、ごめんね子鹿ちゃん。驚かせてしまったかな?君の榛色に映してもらおうと、必死になってしまったんだ。どうか許しておくれ」
「ラファージュ副隊長!」
あ……。
ど、しよ。どう反応すればいいの、これ。
し、心臓が、バクバクしちゃって保たない!けれど、振り払うわけにもいかないし……!
「ルイーズちゃん、いらっしゃい」
「オーギュスタ……」
ふいに、後ろからオーギュスタに引っ張られて抱きしめられた。そして、右手がスルリとラファージュ副隊長の手から抜けた。
突然の救いの手に、一気に気持ちが楽になる。
こんなに格好良い方に、こんなに見つめられてちゃ生きた心地がしないもの!
「あーあ。オーギュスタにとられちゃった」
副隊長は残念そうな声音で立ち上がる。けれど、その表情は楽しそうな笑顔。それにーー。
なぜか、違和感。
読んでくださりありがとうございました!