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結局、通された隊長室。
すでにマドラル隊長は軍服の上を脱ぎ、タイを緩め、シャツのボタンを開け……、と陸軍隊ではあり得ない姿になっていた。
ロッド少将が陸軍内でこんな人見たら、大変なことになるわよね。
「それじゃあ自己紹介をするわね!」
とりあえず隅の方にいようと、入ってすぐに壁際に寄ったけど、ハーウィッツ様に腕を引っ張られて真ん中に立たされてしまった。
なぜ真ん中……?
「と、その前にジルダ!あんたなんか言うことあるでしょう?」
「……チッ」
マドラル隊長の上着をハンガーに掛けていたジルダ様は、一瞬動きを止めた。
「ちょっと、なにその舌打ち!」
「うっせーな、わかってるっての!!」
ガシガシと頭をかいたジルダ様は、くるりと振り返ると、ずんずんこちらへ歩いてくる。
凄く、睨まれてる……。
「…………悪かったな、怒鳴って」
たっぷりとした間のあと、ぼそりと視線を外して謝罪される。
「い、いいえ!私も悪かったんですから気にしないでください!」
知らない人間が隊長室の前にいたら、不審者と疑うでしょうし、ジルダ様もそう思われたのかもしれない。
「これからどうぞよろしくお願いします」
「ああ。……ジルダ・ロワーだ」
ロワー様。そういえば、さっき隊長が仰ってた気がする。
「よろしくお願いします、ジルダ様」
「は?」
「え?」
あ、ロワー様のほうがよかったかしら!
つい、何も考えずに口にしてしまった。
「ジルダ『様』?」
「すみませんでした!気安くお名前を呼んでしまって……。ロワー様とお呼びしますね」
「は?いやいや、そうじゃなくて!『様』とかいいからむしろ付けんな!」
え?
「ルイーズちゃん、この子貴族じゃないから慣れてないのよ、こーいうの。だから普通に呼んであげて……って言っても困っちゃうわよね」
そういえば、貴族を示す「ド」が名前に入っていなかった。
「貴族のお嬢様はこれだから……。って悪い。アランはお嬢様じゃなかったな」
「ちょっとジルダ!」
え?え?
「アランじゃないわ、オーギュスタよ!」
「へーへー」
アランは男性の名前よね?あら?でもオーギュスタは女性の名前だし……。
「ほら!ルイーズちゃんが混乱しちゃったわ!」
「こいつ、こんなナリで男なんだぜ」
「お黙りっ!!」
嘘……。本当に?
きめ細やかな白い肌に、赤い口紅を塗った形のいい唇。仄かに香る花の香水と、艶やかなブロンド。
確かに女性にしては背が高いし、よく見れば肩幅もある。けれど、男性にも見えない。
「……驚いた?アタシのこと、気持ち悪いかしら?」
綺麗な眉を八の字にして、私の顔を覗き込んでくるハーウィッツ様。
「い、いいえいいえ!あまりにもお綺麗で、つい見惚れてしまって……。不躾でしたよね、すみませんでした!」
慌てて視線を外して頭を下げる。
いくらなんでも、あんなにまじまじ見られたら不快よね。
驚いたことは驚いた。そんな人がいるとは知っていたけど、目の当たりにするのは初めてだし。でも、別に大した問題でもないということにも気づく。
「あらぁ、ありがとう!嬉しいわぁ」
「あぁ、騙されてる」
「あんたと違って、ルイーズちゃんは素直でいい子なのよ!」
間違った返事ではなかったみたい。よかった。
「俺のことはジルダって呼べよ。俺もあんたをルイーズって呼ぶから」
「あ、はい」
勢いで返事したはいいものの、呼べるかしら。なんだか恥ずかしい……。
「アタシは、アラン・オーギュスト・ド・ハーウィッツよ。アタシのことも、ただオーギュスタと呼んでちょうだい」
ぱちん、とウィンクをされ、少しドギマギしてしまった。
「わかりました」
ハーウィッツ様ーーオーギュスタ、も貴族の出なのね。
軍隊は近衛隊以外、出自が関係無い世界だから、基本的にどこの家かは詮索しない。
まあ、大きな家の方々同士はわかるのだろうけれど。
「で、知っていると思うけど、あれがうちの隊長ヴェルミオン・マドラルよ」
はい、それはもう、よく知っています。
マドラル隊長は、もはやこちらを見向きもなさらない。奥の机で剣の手入れをなさっている。
さっきの言葉の意味、どういうことなのかお聞ききしたいのだけど……。それとも、これは自分で解決しないといけないこと?
「それと、あと二人いるのだけど、今はいないからまた今度ね」
あと二人……。
空軍隊は特殊な軍隊だからか、陸軍隊や近衛隊のように何千何万も人がいない。
正確な数は上の方々しかわからないことだけれど、さすがに五人ってことはないわよね。
「あれ?副隊長も帰ってこねーの?」
「副隊長はいつもお忙しいから」
「そっかー。訊いてもらいたかったんだけどなー」
「あぁ、精霊の調子が悪いとか言ってたわね」
精霊……!
「あの、訊くってなにをですか?」
こっちを見た二人が、一様に驚いた表情をなさった。
すぐに自分の口を後悔する。
「あ、すみません。なんでもないです」
なにかの機密情報とかかもしれないのに、私ったらずけずけと……。
「え?あぁ、いいわよ。教えてあげる」
「そーいや、なんも知らねーもんな。みんな」
あれ、いいのかしら……?
読んでくださりありがとうございます!