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 はっとした。


 どうやら、私は寝てしまっていたみたい。

 一番はじめに目に入った白いそれは、天井かと思ったらベッドの天蓋だった。

 ここ、どこかしら。


 柔らかなそれから起き上がる。

 ……本当に柔らかい。私のベッドより。起き上がるのを躊躇するくらい、ブランケットや掛布もふわふわ。


 魔人がいる場所って北の地なのかしら。

 こんなにもお布団があって暑くないということはそういうことなのかも。



「でも……」



 一体、この部屋はなんなのだろう。

 淡いピンク色の壁に白で纏められた調度品。それらにはフリルやレースがたっぷりと使われている。

 どこにも魔人や悪魔の存在感はない。私の存在感まで呑まれてしまいそうなほど「女の子」なお部屋。



「本当、どこなのかしら……」



 とりあえず立とうと、再びベッドの魔の手から抜け出して、これまたピンクのふかふか絨毯に足を下ろそうとして、気づく。



「…………………服、変わってる」



 陸軍の青い軍服とは似ても似つかない、ふりふりなピンクのネグリジェ。おっきなリボンが胸元に付いてる。かわいい。

 じゃなくて!


 えっ?だ、誰が着替えさせてくれたのかしら?

 ま、まさか、あの「魔人」ではない、わよ、ね……?



「……あ! マドラル隊長の……っ」



 思わずネグリジェをぎゅっとしたら、そこになにかがある感触がした。

 首を触ってみたら、そこにはオーギュスタが作ってくれた守袋の紐がかかっていた。


 ちゃんとあった……。

 取られてなくてよかった。



「そうだ。そういえば《北の森》で……」



 見ようと思っていたあの変化。

 今なら見れると、ネグリジェの下に隠れてるであろうそれを引っ張ったとき。


 コンコン、



「起きておるかの?」



 あの、独特な声は……、「魔人」。

 ぱっと紐から手を離して、慌ててベッドから降りた。



「はい! 起きてます」


「入ってもよいか?」


「あ、は、はい」



 驚いた。

 なんて礼儀正しいのかしら。

 勝手に想像していたなんて失礼な話だけれど、ちょっとその、なんていうか……。



「おお、我が妻よ。どこか身体におかしなところなどはあるか?」



 私を目にしたとたん、ぱっと明るくなった美しいお顔。

 相変わらず、人間らしいものはなにもないのに、感情ははっきりと伝わってくる。



「えと、はい。大丈夫だと思います」



 特に異常はない。

 まあ、私は寝ていただけなのだから、当然と言えば当然だけれど。



「そうか。やはり、《黒の印》があれば、人間といえど《瘴気》に耐えられるのだな」



 ふむ、とよくわからないことを呟いて一人納得している。

 首を傾げていると唐突に真っ黒な目がこちらを向いた。思わずびくっとしたが、「魔人」は気にしていないかのように近づいてきた。



「ところで、この部屋はどうであろうか? 気に入ったか?」



 そうして、ふいに神妙な顔つきになった「魔人」に、ここは彼が用意したのだと思った。

 だから、こくりと頷いた。



「む、気に入らぬか」



 のに、残念そうな顔をされた。

 えっ、なんで!?

 いえ、気に入らないわけではないけれど、ただ、私にはあまり似合わないかなと思うだけで。

 ラファージュ副隊長もおっしゃってたけれど、そ、そんなにわかりやすいかしら、私の考えてること……。



「マリーナの言う通りにしたというのに。趣向までは流石に同じではないということか……」



 ぽつり、と口にされたお祖母様の名前に動きが止まった。無意識に息を呑む。



「あ、あの……、あ! まず、あなたのお名前を聞いてもいいですか?」



 すると、驚いたかのように目を軽く見開いて、私をまじまじと見てきた。

 な、なにかしら?

 って、そうだ。まだ私、名乗っていなかったわ!まるで私のことを知っているような口振りたったから失念していた。



「わ、私はルイーズといいます!」



 けれど、沈黙がその場を支配した。

 えぇっと……。



「マリーナと同じことを聞いてくるとはな。人間とはそういうものではなかろうに」



 そのままの表情で、唐突にそう口にした「魔人」に思わず瞬きをする。

 そういうもの……って、どういうもの?



「あぁ、うむ。我が名はガドタッハサ」


「ガドタッ……、」



 詰まった。

 言いに……、なんて言ってはいけないわよね。



「おぬしは言わぬが顔に出るな。……よい。我のことはガディと呼んでくれ」



 マリーナはそう呼んだ、と言う「魔人」ーーガディの『おぬしは』ということは、お祖母様はなんでも口にする方だったのかしら……。



「えっと、ではガディ」


「なんだ?」



 間髪入れずに返ってきた返事に一瞬言葉に詰まる。

 けれど、気を取り直してもう一度口を開いた。



「あの、どうして私のお祖母様のことを知っているんですか?」



 その途端、ガディの表情がふにゃりと蕩けた。底の見えない黒に熱が灯った。形の良い唇から甘い吐息が溢れた。



「あぁ、そうだ。おぬしの祖母であるな。だが、その前に彼女は我の……最愛の妻だ」



 最愛の……妻。

 お祖母様は、魔人の妻。


 予想していた衝撃の事実は、私の思考を一瞬止めた。



「マリーナ。マリーナが我を置いて逝ってしまって、魂が引き裂かれるような思いをした……。ーーだが、我にはおぬしがいた」



 急に戻ってきた瞳。

 それは私を射抜いているようで、誰か違う人をーーマリーナを見ていた。

 それでも、私は動けなくなった。その、想いの強さに。



「マリーナの《印》を受け継ぎし娘、ルイーズよ。我の妻へと迎えよう」



 はじめて呼ばれた名前は、重苦しく私に纏わり付いた。



「…………あ、の。その、えっと……」



 よくわからない話が、どんどん進んでいってわからない。

 決定事項のような言葉に、どう返していいのかわからない。

 喉に張り付く言葉を、無理矢理紡ごうと口を開いた、そのとき。


 コンコン、



「ガドタッハサ様、『翼』のお客人がお目覚めになりました」


「なんと間の悪い……」



 どくん、と心臓が鳴った。

 今、『翼』……、『翼』って言った?



「ガディ! あのっ」


「む。共に来るか?」


「えっ? あ、はい!」



 今度は迷わず、すぐに口を開いた。



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