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「そろそろ、野宿の準備をしたほうがいい」
そんなマドラル隊長の言葉で私たちの歩みは止まった。
私には暗くてお昼も夜もよくわからないけれど、もうそんな時間なのね。
「……」
「俺たちならいいけど。ヴェルミオン、わかってる? 女の子いるからね」
大きな木の根元を眺めていたマドラル隊長に、ラファージュ副隊長が呆れたようにおっしゃった。
マドラル隊長がちらりと私をご覧になる。
そうして木から離れようとなさったので、慌てて一歩前に出た。
「あ、いえ! 私はどこでも大丈夫です」
ただでさえ足手まといなのに、これ以上お手間を取らせるわけにはいかない。
「……まあ、俺もちょっとそこは嫌だから。ほら、この辺りになかったっけ?」
「あぁ、あったな」
「え、あの……」
ラファージュ副隊長、『俺たちなら』とおっしゃってましたよ、ね?
マドラル隊長が歩き出してその背中が闇に紛れてしまう。ラファージュ副隊長が振り返って私を手招きなさった。
「ほら、おいで」
「あ、は、はい」
慌てて寄っていけば、流れるような仕草で腰を引き寄せられた。
「ひゃっ。あ、あの……?」
見上げれば、甘く微笑むラファージュ副隊長と目が合ってしまった。
「はぐれるといけないからね」
ささやかれた響きは柔らかく、身長差がマドラル隊長よりもラファージュ副隊長とのほうがないからか、余計に近く感じて。
近い、と言ってもマドラル隊長がさきほど屈まれたときよりはーー、
って!
なぜ今マドラル隊長と比べたの!
ラファージュ副隊長にくすりと笑われた。
あああ、私きっと顔が赤いわ。自覚あるもの。
「ち、ちゃんと! ちゃんとついていきますから!」
「心配だなぁ」
心配されてしまう原因、心当たりがとってもあります。
なにも言い返せない、けれど!
「大丈夫ですからっ」
このままじゃ私が大丈夫じゃなくなる。
「ねえ。君、ヴェルミオンのこと好きでしょ」
とにかく、ちょっと距離をーー。
……………………ん?
今……、ん?
え?『ヴェルミオンのこと好きでしょ』?
ヴェルミオンって……、
「…………えぇ!?」
がばっと顔をあげれば、驚いたようにわざとらしく目を見開くラファージュ副隊長が、その口元には楽しげな笑みを浮かべていらっしゃった。
この顔……、って、あ!
「わ、私をからかってらっしゃるんですか! そうですよね!」
そう、このお顔は見たことあるもの!
お話しするときいつもこういう表情をなさっていたもの!
だって、急にマドラル隊長が好きか、なんて……。
…………そ、それは、だって、マドラル隊長はとてもお優しいし、こんな私を気遣ってくださるし。いえ、放っておけないだけかもしれませんが。
少ししかまだ一緒にいられていませんけど、あんなに真っ直ぐに目を見てくる人に悪い人間はいない、と私は思いますし。
「秘書ちゃん?」
最初は恐ろしかった。身体が固まるという本当に失礼な態度を取ってしまうほどでした。
それが今ではあの深緑色を見るとなぜだか安心できてーー。
……って、虫がよすぎるのかしら。
「考え中、悪いんだけどー」
そ、そうよね。
勝手に恐れられていい気分になる人なんていないわけですし。
人を見かけで判断、なんて、普通の人にだっていけないのに、まして上司に向かってそんな感情を抱いたのだから今更ーー、
「ねえ、ちょっと」
「へ?」
「あ、やっと気付いた」
肩を掴まれてはっとすれば、苦笑いを浮かべるラファージュ副隊長が。
そんな表情もお美しい……、じゃなくて!
「やあ、ちょっとショックだよね。この俺が女の子にガン無視されるとか、はじめてだったから」
「あっ。す、すみませんでした!!」
私ぃぃぃ!
なにをしているのよぉ!
「ほら、着いたよ」
笑って肩をすくめたラファージュ副隊長がすっと長い指を前方へと向けられた。
見ればいつの間にか目の前に大きな洞窟の口が現れていた。
「中にはなにもいなーー、」
私が目線を向けるとすぐ、少し頭を下げて洞窟の中からマドラル隊長が出てきた。
その姿を見た途端、どくんと心臓が高鳴った。
って!ラファージュ副隊長がおかしなことをお聞きになるから……!
あ、違う違う。そうではなくて。
安全確認をしてくださったのだわ。
隊長自らそのようなことをなさるなんて!
「す、すみません! 本来なら私の役目ですのに!」
知らなかったとはいえ、この中で一番下っ端の私が一番仕事をしていない。
「……」
どうしましょう。呆れてらっしゃるんだわ。
ロッド少将もよくおっしゃってた。私は注意力が足りない、と。深々とため息を吐きながら!
「……リオ」
「なに?」
「…………いや」
「おや、飲み込んじゃうの」
「…………カナート」
「は、はい!」
びっくりした。
会話、あれで終わったのかしら?
私には内容すらさっぱりだったけれど、うん、きっとお二人の間では成立してるのだわ。ラファージュ副隊長は笑顔ですし。
「こっちへ」
「あ、はい!」
「あーあ。オーギュスタの次はヴェルミオンか」
あぁ、もうやだ私。
気が抜けすぎだわ。しっかりしないと。
「……!? きゃっ!」
「カナート!?」
ずしゃっと音がして、視界が大幅に揺れました。
気付けば地面にお尻をつき、両手はどろどろした冷たさを伝えてきました。
つまり、私はぬかるみに足を取られて転んだということで。
「大丈夫か!?」
そばへ来て手を取ってくださったマドラル隊長によって、すぐに立ち上がれましたけど。
……あぁ、鈍臭い。
「すみません。ご迷惑をーー、っ!?」
途端、取られていた腕をぐいっと引かれ、そのままマドラル隊長の胸の中へ。
な、ななななに!?
え!?わ、私、マドラル隊長にだ、抱きしめられて……!?
「マ、マドラル隊長ーー」
「静かに」
そこで、やっと気付きました。
マドラル隊長のお声が固い。空気が、重い。
な、なに……?
「なにか……来る」
ぞくり、と背筋に悪寒が走りました。




