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トントントン。
ドアを叩き続けて一体どのくらいの時間が経ったのかしら。一向に返事がない。
そおっとドアに耳を付けてみる。だけどなんの音も聞こえない。
まあ、音が聞こえるほど薄いドアではないでしょうけど。
空軍隊隊長室。
事務課で聞いて、ここへ通してもらったのはもう一刻ほど前のこと。
マドラル隊長に会いに来たのに、肝心の本人が不在だなんて。
「どうしましょ……」
私が来ることをロッド少将から事前に連絡してあるはずなのに……。
帰るわけにもいかないしなぁ。
「……そもそも、隊長室に隊長がいないなんて、それでいいのかしら?」
もうすでに心が折れそーー。
「てめぇ誰だコノヤロー!!」
「きゃあっ!」
突然の怒声。なになに!?怖い!凄い勢いで誰かこっちに向かってきてる!
「って、女!?ヤバい、待て、黙ーー」
「なになになにー!?触らないで!やめてぇ!!」
物凄い速さで駆けてきた派手な金髪の男が、私の両肩を掴んだ、瞬間。
「何してんのジルダァァッ!!!!」
ドスンッ、という鈍い音。それと共に、肩の大きな手が離れて目の前の男が消えた。というより、飛んだ。
「えっ?」
なにもかもがあっという間の出来事。
そして、代わりに現れたブロンドの巻毛の女性。
眉と目を釣り上げてとっても怒っているみたいだけど、それでも大きな碧い目と赤い唇が、彼女の美しさを強調している。
「あんた!女の子虐めるなんて恥ずかしい真似、よくもまあ堂々とできたもんね!!」
「人の横っ腹を思いっ切り回し蹴りとかよくもできんな!この鬼が!」
美人さんで回し蹴りだなんて大胆な……。
というか、いい加減冷静になって考えてみたら、私かなり失礼な態度だわ。
冷静と言ってもまだ心臓バクバクしてますけど。
驚いたとはいえ、あんなに取り乱して叫ぶだなんて、恥ずかしい。
「あ、あのぅ、私……」
「あっ、気にしなくていいのよ、こんなクズ。ごめんなさいね、怪我はなかったかしら?」
怒気を孕んだ表情とは一転、キラキラと美しい笑顔で心配してくれる女性。
その足元ではまだ男性がお腹を抑えて、脂汗までかいている。
これ、私が騒いだせいよね……。
「私は大丈夫ですから。あの、私が勝手に騒いでしまっただけなんです。すみませんでした」
「あら、そうなの?ゴメンナサイネ、ジルダ」
「はあ!?……はあぁぁぁ!?」
か、軽い……。
男の人ーージルダ様、かしら?の叫びたい気持ちもわかります。
「何見てんだよ!」
あっ、ごめんなさい。
「やっぱりあんた虐めてたんじゃない!可哀想に、泣いちゃってるじゃない!」
あ、あの、私泣いてません。
「何をしている、ロワー、ハーウィッツ」
え……、え?
後ろからの突然の声。振り返り、身体が勝手にびくりとする。そのまま、目が離せなくなった。
首反らして見上げてもなお高い身長。服の上からでもわかる逞しい筋肉。そしてなにより、その燃えるように赤い髪と深緑の目。
この国の人たちはみんな、金や茶系の髪に青や茶色の目を持ちます。かく言う私も、栗色の巻毛に榛色の目です。だから、こんな色彩は見たことがありません。あまりの衝撃に、身体が固まります。
「ハーウィッツ、説明しろ」
「はっ。こちらの少女を、暴漢ジルダ・ロワーからお守りしておりました」
ハーウィッツ様は平然と敬礼の姿勢を取り、スラスラと報告をしています。
もしかして、この方が……。
「誤解ッスよ!マドラル隊長、俺は被害者です!」
あぁ、やっぱり。
……ヴェルミオン・マドラルだわ。
「ハーウィッツ、それは誰だ」
「隊長!無視ッスか!?」
マドラル隊長の目が、ひたりと私を見つめる。
冷や汗が、背中を流れた。
私、なんでこんなにも緊張してるの?
「お嬢さん?大丈夫?」
ハーウィッツ様の声に、はっとした。
そういえば、勢いに押されてまだ自己紹介もしてないわ!
「あっはい!私、陸軍准尉ルイーズ・ド・カナートと申します。本日からヴェルミオン・マドラル隊長の下で、秘書官として務めさせていただく者です」
慌てて踵を揃えて直立し、マドラル隊長へ向かって敬礼する。
声、震えてなかったかしら……。
「…………」
あ、ら……?
沈黙が場に落ちる。
先ほどまで騒いでいたジルダ様まで、口を閉じてしまっている。
敬礼を解くわけにもいかず、必死にマドラル隊長の視線を受ける。
ロッド少将も鋭い眼光だけど、このマドラル隊長はなんというか、こう、冷たくて重い。
見られているだけなのに潰されそう……。
「……ああ、ギル・ド・ロッドか」
びくっと肩が跳ねた。
突然話しはじめるのだもの。どうしよう、あからさまだったかしら。
「ルイーズ・ド・カナートと言ったな」
マドラル隊長の目は、とても真っ直ぐに見据えてくる。それがどうしても、落ち着かない気分にさせられてしまう。
「余計な行動は慎め」
…………えっ?
「あ、隊長!今鍵開けますんで!」
ジルダ様が素早く動き出すと、マドラル隊長は無言で私の傍を通り抜けていった。
ロッド少将、私もうすでになにか失敗したみたいです……。
読んでくださりありがとうございました!