18
一刻ほど歩いたところで、ようやく《北の森》に辿り着きました。
目の前まで来ると、その大きさと……、悪魔だというもやの多さが目に付きます。
なんだか、息苦しいというか……。
「カナート、羽は持っているな」
ふいに、前にいらっしゃったマドラル隊長が振り返って私を見た。
「あ、はい!」
「それを服の外へ出しておけ」
「わかりました」
首元のボタンを一つ外し、そこに下げていたチェーンを引っ張り出す。
オーギュスタが作ってくれたのは光沢のある布でできた小さな袋。そして、マドラル隊長の羽を入れたそれにチェーンを通して、首からかけられるようにしてくれた。
手を離すと、ちょうど胸の真ん中に落ちた。
「気休めかもしれないが、それで悪魔に害を与えられることはないだろう」
気休め……。
でも、さっきから感じてた重苦しさが、守袋を出した瞬間に消えたような気がします。
きっと、本当に私のお守りになってくれるわ。
マドラル隊長の、だし。
「にしても、オーギュスタと来たときよりも酷くなってるっすよ、これ」
言外にあるジルダの心配を聞いたマドラル隊長は、険しい表情で《北の森》へと視線を向けた。
「リオは奥まで行っただろうな。……おそらく、泉の方まで」
「悪魔も魔人も《森》に入るだけだったらなんもして来ないんじゃないっすか」
「だといいがな」
魔人も悪魔も、いったいどういうものなのかわからないけど、やっぱり危険なものなのかしら。
私、足手まといな気がする。
なぜ、アン様は私に行けだなんておっしゃったのかしら。
あぁ、ロッド少将が剣の稽古に誘ってくださったとき、お断りしなければよかった。
……私の運動能力で剣を扱えるようになるとも思えないけれど。
「準備はいいか」
「いつでも大丈夫っす」
緊張を孕んだ、けれどいつも通り明るいジルダの声に短く返事を返した後、マドラル隊長が真っ直ぐにその深緑の目で見つめてきた。
「カナート、そばを離れるなよ」
押しつぶされそうな、強い強い目。
はじめは怖いと思っていた、今は頼もしい目。
私が「はい」と言うと、ジルダのときと同じように頷き返してくださった。
「行くぞ」
静かな合図。
マドラル隊長を先頭、ジルダを後ろに、一歩《北の森》へと足を踏み入れた。
そうしてすぐに見つかった道はずっと奥へと伸びているよう。
……もっと、真っ暗なのかと思っていたけれど、木々の間から光が漏れていて普通の森と同じように薄暗いだけ。
「精霊が、少しもいねー……」
呆然とした声に思わず振り返ってしまって、足がぬかるみに取られた。
「あっ」
「ちょっ!……っぶね」
びっくりした……。
咄嗟にジルダが腕を掴んでくれなければそのまま転んでた。
「ご、ごめんなさい!」
「や、俺もごめん。思わず言っちまって。大丈夫か?」
え、声近……。
で、改めて自分の状況を確認すると、私の腕はジルダに捕らえられてて、転ばないように引っ張ってくれたおかげで、密着しているほどの近さで。
「ルイーズ?」
不思議そうに覗き込まれて、さらに縮まった距離に顔が勝手に熱くなって。
「だ、大丈夫です!!」
慌てて逸らせば、立ち止まってこちらを振り返ってたマドラル隊長と目があった。
あ、ど、どうしよう!
歩き出して間もなくご迷惑を……!
「す、すみません、マドラル隊長!」
なにも言われてないけど、あの目は完全に呆れていらっしゃるわよね!?
もうそれを越して、私を連れてきたことを後悔してしまったかしら!?
一転、血の気が引いてく。
「……ぬかるみが多い。足下に注意しろ」
ぽつりとおっしゃって、前を向いて歩きはじめてしまわれた。
「ルイーズ?歩ける?」
「だ、大丈夫です!ありがとうございました」
「ん」
あああ、どうしましょう!
足手まといな『気がする』どころではなく、完全に足手まといだわ!




