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 一刻ほど歩いたところで、ようやく《北の森》に辿り着きました。


 目の前まで来ると、その大きさと……、悪魔だというもやの多さが目に付きます。

 なんだか、息苦しいというか……。



「カナート、羽は持っているな」



 ふいに、前にいらっしゃったマドラル隊長が振り返って私を見た。



「あ、はい!」


「それを服の外へ出しておけ」


「わかりました」



 首元のボタンを一つ外し、そこに下げていたチェーンを引っ張り出す。

 オーギュスタが作ってくれたのは光沢のある布でできた小さな袋。そして、マドラル隊長の羽を入れたそれにチェーンを通して、首からかけられるようにしてくれた。

 手を離すと、ちょうど胸の真ん中に落ちた。



「気休めかもしれないが、それで悪魔に害を与えられることはないだろう」



 気休め……。

 でも、さっきから感じてた重苦しさが、守袋を出した瞬間に消えたような気がします。

 きっと、本当に私のお守りになってくれるわ。

 マドラル隊長の、だし。



「にしても、オーギュスタと来たときよりも酷くなってるっすよ、これ」



 言外にあるジルダの心配を聞いたマドラル隊長は、険しい表情で《北の森》へと視線を向けた。



「リオは奥まで行っただろうな。……おそらく、泉の方まで」


「悪魔も魔人も《森》に入るだけだったらなんもして来ないんじゃないっすか」


「だといいがな」



 魔人も悪魔も、いったいどういうものなのかわからないけど、やっぱり危険なものなのかしら。


 私、足手まといな気がする。

 なぜ、アン様は私に行けだなんておっしゃったのかしら。

 あぁ、ロッド少将が剣の稽古に誘ってくださったとき、お断りしなければよかった。

 ……私の運動能力で剣を扱えるようになるとも思えないけれど。



「準備はいいか」


「いつでも大丈夫っす」



 緊張を孕んだ、けれどいつも通り明るいジルダの声に短く返事を返した後、マドラル隊長が真っ直ぐにその深緑の目で見つめてきた。



「カナート、そばを離れるなよ」



 押しつぶされそうな、強い強い目。

 はじめは怖いと思っていた、今は頼もしい目。

 私が「はい」と言うと、ジルダのときと同じように頷き返してくださった。



「行くぞ」



 静かな合図。

 マドラル隊長を先頭、ジルダを後ろに、一歩《北の森》へと足を踏み入れた。


 そうしてすぐに見つかった道はずっと奥へと伸びているよう。

 ……もっと、真っ暗なのかと思っていたけれど、木々の間から光が漏れていて普通の森と同じように薄暗いだけ。



「精霊が、少しもいねー……」



 呆然とした声に思わず振り返ってしまって、足がぬかるみに取られた。



「あっ」


「ちょっ!……っぶね」



 びっくりした……。

 咄嗟にジルダが腕を掴んでくれなければそのまま転んでた。



「ご、ごめんなさい!」


「や、俺もごめん。思わず言っちまって。大丈夫か?」



 え、声近……。


 で、改めて自分の状況を確認すると、私の腕はジルダに捕らえられてて、転ばないように引っ張ってくれたおかげで、密着しているほどの近さで。



「ルイーズ?」



 不思議そうに覗き込まれて、さらに縮まった距離に顔が勝手に熱くなって。



「だ、大丈夫です!!」



 慌てて逸らせば、立ち止まってこちらを振り返ってたマドラル隊長と目があった。

 あ、ど、どうしよう!

 歩き出して間もなくご迷惑を……!



「す、すみません、マドラル隊長!」



 なにも言われてないけど、あの目は完全に呆れていらっしゃるわよね!?

 もうそれを越して、私を連れてきたことを後悔してしまったかしら!?

 一転、血の気が引いてく。



「……ぬかるみが多い。足下に注意しろ」



 ぽつりとおっしゃって、前を向いて歩きはじめてしまわれた。



「ルイーズ?歩ける?」


「だ、大丈夫です!ありがとうございました」


「ん」



 あああ、どうしましょう!

 足手まといな『気がする』どころではなく、完全に足手まといだわ!

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