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 信じられない思いで何度も視線を行き来させる。



「本当に、私を抱えて飛ばれるのですか……?」



 大きく広げられた赤黒い美しい『翼』。

 私に差し出された長く逞しい両腕。

 ひたと見つめてくる変わらない深緑の目。



「……落とさないから安心しろ」



 あ、違いますすみません。



「……えと、馬で行くのではないのですか?」


「時間がかかりすぎる」



 ……飛ぶ方が速いと。


 空中に向かって何事か話していたジルダが、「それに」と言ってくるりと私の方を向いた。



「馬じゃ森ん中入れないしなー」



 そうなんですか?

 いえ、でもそんな、だって……。



「……」



 ふいに、マドラル隊長が視界から消えた。

 そのことに反応するよりも早く、目線がぐらりと揺れた。



「きゃあっ!?」



 不安定さに咄嗟に伸ばした手が掴んだのは硬い筋肉に覆われた肩で、目の前には目が冴えるような真っ赤な髪があった。

 膝裏と背を支えられ横抱きにその腕に収められてて、きめ細かな肌とか思ったよりも長い睫毛だとかが眼前に……。



「……ッ!」



 顔が!熱い!

 は、恥ずかしい……!



「ママママドラル隊長!?」


「行くぞ、ロワー」


「はいっす」



 私の叫びは無視され、その瞬間、ぐんっと感じた浮遊感。



「うわぁっ」


「もっとしっかり掴まれ」


「は……、わ、あ……」



 どんどん地面が離れてって……。

 どうしよう!どうしようもないけれど!

 確かな感覚のない足の下、馬や馬車とは違う上下の振動、引っ張られて振り落とされそうな暴風。


 私、飛んで……。



「……ッ」



 恥ずかしさも忘れて両腕に思いっ切り力を込めたら、マドラル隊長が私を一瞥なさった。



「……高い場所は苦手か?」


「えっ?」



 風の音がすごいはずなのに、不思議とマドラル隊長の声はなんの雑音にも邪魔されずにすっと耳に入ってくる……。



「それとも、飛ぶのが苦手か」


「あ、いえ、あの、その……」



 飛ぶのははじめてです。マドラル隊長。

 だけど、まごつく私になにを思われたのか、私をしっかりと抱え直してくださった。

 途端にマドラル隊長の匂いがさらに強く香る。



「もうすぐだ。目を瞑っていろ。なんなら顔を埋めてもいい」



 無表情な顔と素っ気ない声の中にも、ほんのりと滲み出ている気遣わしげな色。

 だけど、その内容に引いたと思っていた顔の熱がぼっと戻ってきた。


 か、顔をうずめ……っ!

 ちょ、ちょっとルイーズ!なにを想像したの今!やめて!私の心臓がもたないからっ!



「だ、大丈夫です!高い所好きですから!全然、大好きですからっ!!」



 ああぁ〜〜ッ!

 なんで変なこと言っているの私の口ってぇ!!

 絶対変だから!挙動不審で絶対マドラル隊長に変に思われてしまったわ……!



「……」



 沈黙が重い……!

 ど、どうしよう。なにか弁解を……、な、なにを言えばいいっていうの!?



「そうか、ならばいい」



 ぽつん、と落とされた言葉。不意に思い出して漏らしたような。


 …………。

 あれ、もしかして、今の沈黙ってただ単にマドラル隊長が返事をし忘れただけ……とか?

 え、そんなことあるのかしら?

 でもマドラル隊長だし……、って、これじゃあマドラル隊長がおかしいみたいに聞こえちゃう!

 ……いえ、口になど出しませんけど絶対に。



「っわ……」



 前を飛んでいたジルダ。本当に『翼』もなしに飛んでいて、いえ、私が見えないだけであの背中には精霊がいるんだわ。

 じゃなくて。

 ともかく、そんなジルダが急に消えそうな声を漏らした。

 どうしたのかしら。



「隊長」


「……あぁ」



 そのやり取りだけでお互いに情報を共有し合ったようで、衝撃を受けたような表現のジルダは固い顔をしたまま前に向き直った。



「……あ、の?」



 小さく遠慮がちに尋ねれば、マドラル隊長は無視をせずに私の方を見てくださって。



「ついた」



 つ、ついた?だって、《北の森》って馬で半日はかかるわよね?まだ半刻も経っていない……。

 けれど、ジルダのはるか向こう、まだかすかにしか見えないけれど、緑の木々が立ち並んでいる様子が視界に入った。


 そして、私は森があること以上に驚いた。



「《北の森》だ」



 森の上にはおよそ清浄とは言い難い、黒々としたもやが漂っていることに。



 …………これが、精霊の森だというの?

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