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「あ、あの!その、お言葉ですが……」
「異議申し立ては聞かないわ。承諾してちょうだいな」
……私、どこかで同じやりとりしましたよね?あれ?
「ルイーズは剣とか使えないっぽいし、ただでさえ北の森は危険なんすよ!?」
なにも言わなくてもばれてる……。
いえ、隠すほどのことでもないんですけど。
「陸軍の人間を巻き込むわけにはいかない」
マドラル隊長の感情もない言葉に、若干の寂しさを感じるなんて、おこがましいことかしら。
というより、私、どうしたんでしょう?最近なにかがおかしい気がしてならない。
ロッド少将がお聞きになったら「いつもだろう」と仰るのでしょうけど。
……想像できてしまう悲しさ。
「その陸軍少将が託してきたのよ?ヴェルミオン・マドラルに」
『託してきた』……?
どういうことでしょう。私は秘書官として配属されたのよね?
けれど、マドラル隊長の目は微かに見開かれていた。
「…………わかった、連れて行こう」
「ええ!?」
思わず声をあげてしまった私に深緑のそれが向けられた。
「怪我はさせない。絶対に」
……こんなに真っ直ぐ言われたら、承知する他ないでしょう。
「は、はい……」
どきどきしてきちゃって顔を伏せた私をどう思ったのか、ジルダが慌てた様子で寄ってきた。
「ルイーズ、安心しろ!隊長は『翼』がなくったって強ぇんだ!マジで!それに俺だっているし、隊長ほどじゃねーけど、でも、だから……」
一生懸命に言葉を並べてくれるジルダに、一瞬ぽかんとしてしまったけれど、すぐに笑顔になった。
私にはわからないことだらけでも、マドラル隊長やアン様にはなにか考えがあるのでしょう。それなのに、私は皆様に気遣って頂いてばかりで、これでは部下として失格だわ。
「すみません。疑っているわけではないんです。でも、ありがとうございます!」
「……お、おう」
照れたように耳まで赤くなったジルダは、そのままぷいっとそっぽを向いてしまわれた。
「やっだ、なにこれ、あたくし聞いてないわぁ!」
「アンちゃん、暴れないで。縄で擦れちゃうわよ」
「オーギュスタ!だって、あのジルダよ!?かーわいいわねぇ」
「は!?ちょ、アンさん!違います!」
縄を解いてたオーギュスタの腕をぐいぐい引っ張りながら、キラキラとした笑顔でこちらを眺めていたアン様を、ジルダが噛み付くような勢いで振り返った。
「あたくしまだな〜んにも言ってないわよぉ?なにが違うのかしらぁ?」
「若ぇな〜」
「アリス、顔がいやらしいわ」
「悪りぃな、おっさんはこういう奴イジるのが大好きなんだよ」
「本気で!違うっすから!」
「若いわねぇ〜」
「顔がいやらしいぞ。不良娘」
「悪いわね、あたくしこういう子をイジるのが大好きなのよ」
「だぁかぁら〜!!」
……わからないことだらけですけど、楽しそうでなにより、です?
「カナート」
「あ、はい!」
ビシッと背筋を伸ばして向き直ると、大きな手が差し出された。
思わず両手を広げると、そこにそっとなにかを乗せられた。
「これは……?」
つんと鋭く先が尖って刺々しい見た目の柔らかなそれ。つやつやと透けて輝く赤黒い色は見覚えがあって……。
「俺の羽根だ」
はね……。
羽根!?
「抜いた」
抜い……っ!?
「痛くは、あの、その、え?なぜ、え?」
「落ち着け。痛みはない。これはお前のためだ」
私のため……?
それ以上、なにも言わずに口を閉じてしまったマドラル隊長に戸惑いを隠せない。
「……」
「……」
「……あのぉ、どういうことでしょう?」
恐る恐る伺えば、ぱちりと一つ瞬きをなさった。不思議そうな表情をなさったあと、ふいに「あぁ」と呟いて。
「説明がいるのか」
面倒そうな感じではなく、純粋にそのことに気づいて漏らされたような言葉でした。
そういえば、オーギュスタやジルダも私がはじめて精霊のことを聞いたとき、驚いてらっしゃったわ。
ここの方たちにとっては普通のことが、外に出ればそうではないことを、あまりご存知でないのかもしれない。
「お守りのような物だ。それを持っていれば目くらましになる。特にカナート、お前はーー、」
ぷつん、と中途半端に切れてしまった言葉。ぴたりと動きを止めてしまわれた。
どう、なさったのでしょう?
マドラル隊長はゆっくりと私から視線を外し、アン様の方へと向けた。
軽く首をかしげながら私もそちらを向くと、アン様が綺麗に微笑まれていた。
「ルーンの『翼』は特別なの。落とさないようしっかりと持っていなさいね」
違和感は、私がなにもわからないことに対するものでしょうか。
「……ルイーズちゃん、こっちへいらっしゃい。入れ物を用意してあげるから」
「はい……」
まだ配属されてから数日しか経っていない。
仕方のないことかも知れないけれど、少しだけ不安です、ロッド少将。




