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それは壮絶な光景だった。
真っ白なドレスを真っ赤に染めた美しい女性が、マドラル隊長の腕の中で、白い肌をそれとわかるほど蒼白にし、ぐったりとしていらっしゃる。
床にも血が広がり、開け放たれた隊長室の扉の方から点々と女性へと続いています。
た、大変だわ。どういう状況?
兵士ではないと言え、私だって軍隊に所属している人間。怪我は付き物だし、血も見慣れている……って言ったら変だけれど、普通のご令嬢方よりは耐性がある。
でも、それだって戦場へ行かない私には限度があった。
はじめてこれほどのものを目の当たりにして、完全に思考を止めてしまう。
ただその場に立ちすくみ、なぜか少しも血で汚れていないプラチナプロンドの長い髪を眺め、すごく綺麗、と場違いなことを考えてしまっていた。
散らばる様子はまるで宝石の絨毯のよう……。
「アンっ!!」
はっとした。
いけない。だからって固まっていていいというわけではないのよ、ルイーズ!
私を引き戻したのは聞いたことがないほど切羽詰まったマドラル隊長のお声。
そこまで長いこと一緒に過ごしてはないのだけど、それでもわかるほど、マドラル隊長は取り乱していらっしゃった。
マドラル隊長の大切な方なのかしら?
きっとそうだわ。名前で呼んでらっしゃるもの。だとしたら、マドラル隊長のご様子も納得がいく。
「聞こえるか!?返事をしろ、アン!」
アン、と呼ばれた女性は完全に意識を失っていて、その表情は苦痛と恐怖で歪んでいます。
幾度もマドラル隊長が呼びかけると、やっとその長い睫毛が震え焦点の合わないアイスブルーの目が覗いた。
「アン!」
「……っ、ル、ン……?」
「そうだ、俺だ」
その返事にほっと安心したように強張っていた表情を和らげ、結局またがくりと力を失ってしまわれた。
「まだか!?アンの魂が離れかけてる!」
「すいません!あと少しッス!!」
女性に気を取られすぎて気付きませんでした。血の海に膝をつき、女性の胸元に手をかざし、何かを必死に唱えているジルダがいました。
その顔は真っ青だけれど、額には大粒の汗が浮かんでいます。
「遅い、掴まれ!アリスの所へ行く。お前はその間に《狭間》へ繋げ!!」
魂が離れる?《狭間》?繋ぐ?
どういうことか、私にさっぱりわからないけれど、次の瞬間、思考がすっかり抜け落ちてしまった。
視線はマドラル隊長の背中。
正確には、その背に突如現れた赤黒い『翼』に。
目の前に広がる赤よりももっと濃く生々しい色。
なぜかそれが綺麗だと、見惚れてしまった。
けれどすぐに現実へと引き戻される。
音もせず大きく羽田めいたと思ったら、そのときにはマドラル隊長も女性も、ジルダも消えていた。
「ルイーズちゃん!」
「あっ、は、はい!?」
鋭いオーギュスタの声に、びくうっと身体が跳ねた。
やだ、こんな大変なときにぼーっとしちゃってたわ!
「医局へ行って隊長を見ていてちょうだい!何しでかすかわからないから」
「え、えと、オーギュスタは!?」
オーギュスタの背にもまた、青緑色の美しい『翼』が現れていた。
ど、どこへ行くのかしら。
「アタシはアンちゃんを襲った奴を突き止めてこなければいけないの!お願いね!!」
早口でそれだけ言い残して、止める間もなくあっという間に出て行ってしまった。
「……い、行かなきゃ」
とりあえず、医局ってどこ!?




