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桜月語るは妖噺  作者: 熊野こずえ
思い思われ、笑みが咲く
7/7


「本当に、有り難うございました」

 

 翌日の夕方。緋桜達の下にやって来た福兵衛は中に上がるのも惜しいと、戸口で早々に深く頭を下げた。


「今朝、漸く弥生さんの笑顔を見る事が出来ました」

「それは良かったです!」

「ええ……本当に、本当に良かった……」


 そう零す福兵衛の表情は心底嬉しそうで、佳月もつい笑顔になる。

 しかし、緋桜だけはいつもの無愛想な面で口を開いた。


「……福兵衛さん。貴方は何故、そこまで彼女に?」

「えっ?」

「最初は色恋の其れかと思いましたが、それにしては健気過ぎる。かといって血縁があるようにも思えない。……貴方にとって、弥生さんは何ですか?」

「ひ、緋桜様……」


 少し無遠慮過ぎやしないかと、佳月はおろおろと狼狽えながら二人の顔を交互に見る。

 暫し沈黙が流れた後、福兵衛が先にそれを破った。


「彼女は……誰にも気付かれない様な私にも優しくしてくれたんです。この頭巾をくれたりもして……」


 そう言って福兵衛は頭に被る赤い頭巾を触る。

 それを何気なく見ていた佳月だったが、ふと記憶の一片にその赤色が重なって思わず目を見開いた。


「あっ! お地蔵様!」


 佳月の言葉に、緋桜も気付いた様に目を開く。

 そんな二人の反応に福兵衛はやはり優しい笑顔を浮かべて、お辞儀をするようにゆっくりと頷いた。


「緋桜さん、佳月さん。本当に有り難うございました。あの子が毎日お参りしてくれたから、私は辛うじて人に化ける力を得ることが出来ました。……しかし、その僅かな力も底が尽きてしまったようです」

「そんな!」

「力を使い尽くした神は消えるのみ。……でも、そうですね、私が依り代にしていた地蔵に人々の信心が集まれば、また、生まれられるかもしれません、ね……」


 福兵衛の笑顔が透き通っていく。

 そして、気が付けば福兵衛の姿は何処にも無く、代わりに赤い頭巾を被った地蔵が転がっていた。


「っ、福兵衛さん……!」


 瞳を潤ませた佳月がその場に膝を着き、冷たい地蔵を抱き上げる。

 緋桜は黙ってその隣に行くと、落ちそうになっている赤い頭巾をそっと被せ直してやった。


「……余程嬉しかったのでしょう、ね」


 誰にも気にされず、頼られず、道端で朽ちて行くばかり。そんな自分に花を供え、頭巾を被せてくれた少女の心遣いが地蔵にはとても嬉しかったのだろう。

 それこそ、命に代えても構わない程に。

 

「緋桜様……」


 涙をたっぷりと溜めた瞳で見上げてくる佳月の頭を、緋桜はそっと撫でてから立ち上がった。


「元の場所に戻しに行きましょう。その方が福兵衛さんもきっと喜びます」

「……はい、そうですね」


 そうして二人は長屋を出て、地蔵がいた場所へと向かった。前に地蔵が立っていた其処には何も無く、福兵衛が本当にあの地蔵だったのだと二人に実感させる。

 佳月が広げた風呂敷からそっと地蔵を元の場所へ戻す。そしてずれた赤い頭巾を直した時、明るく無邪気な笑い声が聞こえてきた。


「ほら、おとっつぁん! 早く早く!」


 二人が振り返った先には、満開の笑顔。お天道様にも負けないその笑顔を咲かせた少女は、長屋から出て来た優しげな父親と手を繋いで遠ざかっていく。その背中はとても幸せそうで。


「……福兵衛さん、喜んでますよね」

「ええ、きっと」

 

 緋桜が確かに頷けば、佳月は目元を袖で拭った。

 そして自分の両頬をぱんっと叩くと風呂敷を畳み、いつも通りの明るい表情で緋桜を見上げた。


「さあ緋桜様! 私達も行きましょう!」

「……は?」

「『は?』じゃありませんよ! 折角外に出たんですから、お仕事探しに行きましょう!」


 気合い充分といった態度を見せる佳月とは裏腹に、緋桜は案の定面倒臭そうに顔を顰めて溜息をつく。


「えー……良いでしょう、もう暫くは……」

「良くありません! 弥生さんのお薬の代金の残りを払ったから、また私達にはお金が無いんです! さあさ、行きますよーっ!」


 おーっ!と片手を突き上げて佳月は歩き出す。

 その小さな背中を眺めていた緋桜だったが、やがて小さく息をつくと唐傘で自分の肩をぽんと叩いた。


「……やれやれ、面倒臭いですね」


 独り言ちた後、緋桜は佳月の隣へと歩き出した。

 優しい風が二人を見送る地蔵の赤い頭巾を揺らす。日溜まりの中のそれは、穏やかに笑っているようだった。


END.

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