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桜月語るは妖噺  作者: 熊野こずえ
思い思われ、笑みが咲く
4/7


 それから幾日か経ったある日。

 緋桜と佳月は『鈴屋』の縁台に揃って腰掛けていた。傍らに立てかけた唐傘の根付け鈴が、穏やかな日差しを受けて暢気に煌めいている。


「ふ、わあ……」


 日当たりの良さに眠気を誘われた佳月が欠伸を零した。


「すみませんねぇ、助かりましたぁ」


 そこに盆を持った小鞠がやって来た。盆に乗せていた湯飲みを二人に手渡すとぺこりと頭を下げる。

 受け取った湯飲みには綺麗な若草色の茶が湯気を立てている。家で飲む白湯とは比べ物にならない風味を味わった緋桜は、僅かに目元を緩めて小鞠を見上げた。


「これくらい気にしないで下さい。小鞠さんにはいつも甘味をご馳走になってますから」

「でも、本当に助かりましたぁ。人手が足りなくて、誰に小豆を買いに行ってもらおうか困っていたんですよぉ」

「『鈴屋』に小豆が無いのは一大事ですもんね!」


 湯飲みにふうふうと息を吹きかけて茶を冷ましていた佳月が言えば、小鞠は「そうなんですよぉ」と笑った。

 お紺伝いに頼まれた子守の依頼を終え、通りを歩いていた二人が見かけたのは『鈴屋』の店先で他の店員たちと話している小鞠の姿だった。

 その表情が困惑で曇っていることに気付いた佳月が声を掛ければ、小鞠は「誰がお使いに行くか悩んでいる」と眉を下げて答えた。

 更に聞けば、甘味に使う小豆が足りなくなって急遽買いに行かなくてはならないのだが、必要な小豆の量は娘一人ではとてもじゃないが運べない。

 けれど、今の時間は客が多いので店員が数人欠けるのは惜しいのだと言う。

 しかし、小豆を使った甘味は『鈴屋』の売り。こうしている間にもどんどん足りなくなっていく。

 それを聞いた佳月は、自分が行くと手を挙げた。

 そして、当然のように緋桜も付き合わされたのだが、日頃からの恩がある小鞠の為だと思うと、いつものように面倒だとも言えず、結局二人で大量の小豆を乾物屋に仕入れに行ったのだった。


「もう少し人手があったら良かったんですけどぉ、お休みしてる子が多くってぇ……」

「そういえば、確かに普段より人が少ないですね。どうかしたんですか?」


 小鞠の言葉に緋桜が店内を見れば、記憶よりも店員の数が少ないように見えた。

 どの娘も忙しなく動き回っているが、それでも笑顔が絶えないのは、流石は町一番の甘味処と名高い『鈴屋』の店員というだけある。


「うぅん……ここ最近、物取りの被害が多いって噂話を緋桜さんたちはご存じですかぁ?」

「あ、知ってます! お紺姐様にも『緋桜はともかく佳月ちゃんは気を付けてね』って言われました」

「……自分を何だと思ってるんですかね、あの人は」


 扱いの差に眉を顰めた緋桜が低い声で呟く。

 それに佳月は苦笑し、話を続けた。


「夜道を歩いていると女の人が声を掛けてきて、気を取られた隙に何人かから襲われるとか……」

「そうそう、今のところ被害は殿方ばかりだけどぉ、いつ襲われるか分からないって怖がっちゃって休む子や、お兄さんが襲われて怪我の面倒を看る為に休んだ子とか結構いるんですよねぇ……」


 困っちゃいますよぉ、と小鞠は片頬に手を添えて溜め息をつく。

 珍しく憂鬱な表情を浮かべる小鞠に二人が顔を見合わせる。と、その時、ふと緋桜の視界にある姿が見えた。


「あれは……」

「え? ……あ、弥生さん!」


 零れた声に佳月が振り向けば、道行く人の中に弥生の姿を見つけた。

 名前を呼ばれた弥生は俯き気味だった顔を上げて周囲を見回し、自分に向かって手を振っている佳月を見つけると目を瞬かせた。

 しかし、その隣に座っている緋桜が会釈をすると思い出したような表情をして、二人の傍へと歩いてきた。


「お二人はあの時の……」

「はい、その節はお世話になりました」

「いいえ、私は何も……、……あれ? でも私、お二人に名乗りましたっけ?」

「あっ……!」


 佳月がぎくりと体を強ばらせた。

 引きつった顔で固まる佳月を横目に見た緋桜は、小さく溜め息をつくと内心呆れながらも口を開いた。


「それよりもお父上の具合は如何ですか?」

「あ……はい、薬が効いて、すっかり良くなりました」

「それは良かったですね!」

「ええ……」


 まるで自分の事のように嬉しそうに笑う佳月に対し、弥生は静かに微笑みを浮かべる。

 その表情を緋桜は茶を啜りながら黙って見ていた。


「では、私は用事がありますので」

「あ、引き止めてすみません……」

「いいえ、ではご縁があれば、またいつか」


 会釈をして去っていく弥生を二人は見送る。

 弥生の姿が人の流れに紛れて見えなくなると、緋桜は其方を眺めたまま口から湯飲みを離した。


「……変ですね」

「え?」

「父親の病が治ったわりには元気がありませんでした」


 僅かに眉間を寄せた緋桜が呟くように言った言葉に、傍らに立つ小鞠も頷いた。


「そうですねぇ……今の娘さん、何だか暗かったですねぇ。何かに悩んでいるみたいな……」

「でも、お父様の具合は良くなったって……?」


 困惑した佳月は目を瞬かせる。

 緋桜は眉間の皺を一層深めると顎に手を添えた。


「ええ、それは本当でしょうね。……となると、元気が無かった理由は父親の病が原因ではなかった、ということでしょうか……?」

「別の理由がある……?」


 難しい顔をした二人はあれこれと思考を巡らせる。

 すると、不意に緋桜の前に包みが差し出された。

 驚いて見上げれば、包みを差し出した小鞠がいつも通りの朗らかな笑顔を浮かべている。


「詳しいことは分かりませんけどぉ、甘い物を食べると頭がよく働くって前にお客様が言ってましたぁ。だからこのお団子を食べて、頑張って下さぁい」


 気の抜けた声色の応援を受けて、きょとんとした二人の眉間からは皺が取れる。

 そして、緋桜は包みを受け取ると口元を緩めた。


「……有り難うございます」

「有り難うございます、小鞠さん!」


 控えめな緋桜と元気いっぱいの佳月。二者二様の喜びの声に、小鞠は「どういたしましてぇ」と、やっぱり穏やかな声で答えたのだった。


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