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桜月語るは妖噺  作者: 熊野こずえ
思い思われ、笑みが咲く
2/7

 真っ白な団子の上に、たっぷりと乗せられた餡。

 零さないように大きな口を開けてかじりつく。口いっぱいに頬張れば、団子の柔らかな感触と餡の甘みの他に、栗の素朴な甘さが広がった。

 佳月は幸せそうな顔で団子をもっくもっくと頬張りながら、傍らに立つ小鞠に満面の笑みを向けた。


「おいひいふぇふ、こまりひゃん!」

「こら、食べながら話さない。……でも確かに美味しいです。餡に栗が混ざっているんですね」

「そうなんですよぉ、栗なら餡の甘さも邪魔しないし、食感も楽しめるかなあって思いましてぇ。あ、これお茶ですぅ」


 そっと縁台に置かれた湯飲みを、緋桜は「有り難うございます」と受け取って口を付ける。茶の程良い渋みが団子で甘くなっていた舌をさっぱりとさせて、これなら団子を何本でも食べられそうだと思った。

 町一番の名は伊達じゃないなと緋桜が感心する横で、何本目かも分からない団子を食べ終えた佳月が満足そうに息をついた。


「あー……美味しかった、お腹いっぱいです……」

「本当によく食べますね。あまり肥え過ぎるとももんじ屋に捕まって売られますよ」

「人が幸せに浸っている時に怖いこと言わないで下さい!」


 緋桜の物騒な発言に、佳月は自分の肩を抱いて体を震わせた。因みにももんじ屋とは獣の肉を売る所謂肉屋である。

 怯える佳月を余所に、緋桜は平然とした顔で茶を啜り、小鞠はそんな二人を和やかな笑顔で眺めていた。


「あの……少し宜しいでしょうか……?」


 そこに割って入ってきた控えめな声に、三人は一斉に其方へ顔を向ける。

 視線の先には団子のような体型の男がいた。真っ赤な頭巾が特に目を引く。

 三つの視線を同時に受けた男はびくりと肩を跳ねさせる。

 恰幅の良い体型とは裏腹に気弱そうなその男に、接客に慣れている小鞠は人懐っこい笑顔を向けた。


「いらっしゃいませぇ、お一人様ですかぁ?」

「あ、いえ、その……」


 店中に案内されそうになった男は首を振る。

 そして、おどおどと視線をさ迷わせた後、怪訝そうにしている緋桜を遠慮がちに指さした。


「わ、私が用事があるのは、其方の方なんです……」

「ーー……はい?」


 ***


 ひとまず落ち着いた所で話を、ということで小鞠に礼と別れを告げた二人は男を連れて長屋に帰ってきた。


「すみません、粗茶すら出せなくて……」

「あ、お、お気遣い無く……」


 ぺこりと頭を下げた佳月に、男は慌てて会釈を返す。

 そして、少し欠けた湯飲みから水を啜ると湯飲みを置き、向かい側に座っている緋桜を見た。


「突然お声をお掛けして、申し訳ありませんでした。あの、私は福兵衛ふくべえと申します」


 坊主に近い短髪に丸い顔。赤い頭巾。薄墨色の着流しに包まれたふくよかな体はこの部屋には些か窮屈そうである。

 緩く下がった眉は気弱そうにも人が良さそうにも見える福兵衛に、白湯入りの湯飲みから口を離した緋桜は首を傾げた。


「自分たちに御用ということは……依頼だとお受け取りして宜しいのでしょうか?」


 その言葉に福兵衛は一瞬肩を跳ねさせて、こっくりと素直に頷いた。


「……はい、そうです」


 返ってきた答えに緋桜は内心複雑になる。

 浪人である緋桜の仕事、それは便利屋だった。

 しかし、最初から便利屋と名乗っていたわけではない。

 最初の頃は家賃代わりにお紺の頼みを聞いて、知人の赤子の世話や用心棒などをこなしていただけだった。

 それがいつの間にか噂になり、何処かから話を聞きつけた者が頼み事を持ってくるようになり、気が付けば便利屋として名が知られていた。

 なので、元々は適当に傘貼りなどと言って最低限働かずにいた緋桜にとって、こうして依頼が来ることは喜び半分面倒半分というのが素直な気持ちだった。


「本当ですか!? やりましたね、緋桜様! やっとお仕事が来ましたね!」


 しかし、それはあくまでも緋桜の考えであって、もう一人の便利屋はやる気に溢れた様子を見せる。

 すっかり依頼を受ける気でいる佳月に、緋桜は溜め息をついてから小さな頭を軽く叩いた。


「きゃっ!?」

「少し落ち着きなさい、依頼人の前ですよ」

「う……す、すみません……」


 軽い制裁を食らった佳月は、飼い主に叱られた犬のように大人しくなって緋桜の隣に正座をする。

 素直に言うことを聞いた佳月を横目に見て、緋桜は拳を下ろすと、目を瞬かせて二人のやり取りを見守っていた福兵衛に視線を向けた。


「失礼しました。どうぞ、依頼内容を聞かせて下さい」

「あ、は、はい……」


 福兵衛は頷くと、薄い唇をおずおずと動かし始めた。


「その……私の住まいの傍に、弥生やよいという娘さんが父親と二人で住んでおりまして……。とても気立てが良く、笑顔が愛らしい子だったのですが、最近は元気が無くて……」

「ふむ……」

「どうにか元気付けたいのですが、原因が分からないので何をしたら良いかも分からず……その、それで……」

「私たちに原因を聞いてきてほしい、という事ですか?」


 話を先読みした緋桜がそう問えば、福兵衛は「その通りです」と素直に首を縦に振った。

 すると、これまで拳の制裁を恐れて無言で話を聞いていた佳月が眉間に皺を寄せた。


「そんなこと、わざわざ依頼して良いんですか? 私たちとしてはお金が頂けるから構わないですけど……」

「は、はい、その……彼女は私を知らないので……」


 苦笑混じりの返答に、佳月はますます怪訝そうにする。


「でも近くに住んでいるんですよね? だったら……」

「空気を読みなさい、佳月」

「きゃうっ!?」


 詰め寄る勢いで福兵衛に尋ね続ける佳月の頭に、緋桜の拳骨が容赦なく落とされる。

 何度言っても懲りない佳月に溜め息をついた緋桜は、ぽりぽりと首裏を掻きながら言った。


「分かりました、その依頼お受けします」


 すると、福兵衛は嬉しそうに目を見開いた。


「ほ、本当ですか!? 有り難うございます!」


 福兵衛は今までで一番大きな声で礼を言い、二人に向かって深々と頭を下げる。

 念願叶って舞い込んできた仕事に佳月が笑みを零す。


(……面倒な事にならなきゃ良いんですけど)


 その横で緋桜は白湯を啜りながら、内心でこっそり溜め息をついた。


.

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