紫陽花の花が咲く
【第4回フリーワンライ】
お題:紫陽花
フリーワンライ企画概要
http://privatter.net/p/271257
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
高高度から不毛の大地に種子が投下された。
紡錘形の種が割れると、中から無数の蜘蛛が這い出てきた。
それは正確には蜘蛛状のロボットだ。勿論、種子も植物のそれではなく人工物で、ロボットを運ぶ容れ物である。
ロボットの名はオタクサという。
オタクサの背中が開くと、羽化するようにその中身が飛び出し、円形に近い羽根を形作った。
羽根はレーダーと、測位装値と、ソーラー発電を兼ね備えたユニットである。
ピンと張ったそれを陽光に煌めかせながら、ロボットはまさしく蜘蛛の子を散らすように散開した。
この蜘蛛ロボットの役割は無数にあるが、それは大きく三段階に分けられる。
まず第一段階は、地表の精査、そして地下資源の採掘。第二段階はそれによって採れた鉱物で地表に超巨大構造物を建造するとともに、地中に埋もれた温室効果ガスを大気に散布する。第三段階に至って、地表を耕し、オタクサの母艦たる種子内部に安置された本物の種――藻の一種を繁殖させるのだ。
やがて年月が過ぎれば、温室効果によって大気の温度は上がり、藻が成長して広がれば原始的な植物となって二酸化炭素の呼吸を始める。そして酸素が生まれる。
即ちオタクサに託された最終的な目的は、惑星環境の改善――より人類にとって独りよがりな表現をするならば、惑星環境の地球化である。
火星のテラフォーミング。
人類はようやく第二の故郷の創造に着手したのだ。
……とはいえ、
(もしも、この現在の火星環境に適応した生物がいたとしたら……彼らにとっては随分迷惑な話だろうな)
何十年にも渡って調査されながら、その痕跡すら発見出来ない生命がいるとはとても思えないが。
モニター越しに作業するオタクサを見下ろしながら、彼は思った。
彼は今、火星衛星軌道上を周回する船から、蜘蛛ロボットの監視をしていた。
宇宙飛行士と言えば聞こえはいい。
何百人、あるいは何千人ものエリート候補生を押しのけて、念願の火星テラフォーミング計画の一員に抜擢され、遙々故郷を離れてやってきた結果――やっていることは日がな一日、計器のチェックとモニタリングと体調管理のための運動を反復するのみだ。
退屈なスケジュール。しかしその全ては、人類全体からすれば未踏の一歩である。
そこにある宇宙的規模の絶望的落差を思うと、頭がクラクラした。
彼にとって唯一の救いは、オタクサだった。彼の母国が旗手となって推進し、開発された蜘蛛型ロボットがテラフォーミング計画の大事な一翼を担っていることを考えると、流石に胸が詰まった。
オタクサが勤勉に、地表のサンプルを選り分けて種子に運んでいる。
(そういえば……)
映像のオタクサが、過去の記憶とダブって見える。
幼い頃、こうやってせっせと食料を巣に運ぶアリの観察をよくしたものだった。近所の悪友がアリの行列に水を流して、台なしにすることもしばしばだった。
しかし今、オタクサを阻むものは何もない。彼の観察を邪魔する者は誰もいない。
ピーッ
一瞬、計器異常を示すアラートかとぎょっと身を固めたが、よくよく冷静になればそれは地上のオタクサからのシグナルだった。
一日の労働の終了である。
ロボットとはいえ、永久に働けるわけではない。一定時間毎のメンテナンスが不可欠である。
地表に散っていたオタクサが群れをなして、それぞれの巣へと戻っていく。統制の執れたその仕草は、万華鏡を覗いて見えるようなある種の幾何学模様を連想させる。
お互いを傷つけないよう羽根をしまった蜘蛛ロボットは、地上に突き出した紡錘形の種子に規則的に群がり、大きな球状を形作った。ロボットは足の端子をそれぞれの背中に接続し、物理的にも電気的にも一体化した。
球の表層にいるオタクサ達が、改めて羽根を展開する。
それはあたかも、つぼみがほぐれて花びらとして開くようにも見えた。
『Otaksa――Ready.』の一文がモニターに表示された。
待機状態、充電を示すランプがロボットの腹部で点灯し、球が淡い藍色に染まる。
彼は目を閉じて、地上からのその眺めを夢想した。
不毛の大地に似つかわしくない、綺麗な球状の花が一面に広がっている。
やがてそこは緑に覆われ、花畑は本物になる。
生命のない惑星に、本物の紫陽花の花が咲く。
『紫陽花の花が咲く』・了
第四回にして、ようやくワンライにリアルタイム参加したった。こんなことしてる場合じゃないのに……
三十分間のシンキングタイム(?)で何も思いつかなくて、一時はどうなることかと。嘘か誠か、シーボルトとお滝さん(オタクサ)に感謝。
まあ、とりあえず形にはなったから、良しとしておこう。