プロローグ:JOKER
彩夏は機人になる前、神奈川に住んでいた。
子供の頃、休日になると、両親と一緒に近所にある大きな公園で遊んでいた。雨の日でも、ずぶ濡れになるまで走りまわった。流石に台風が近づいていた時は出られなかったが、それでも楽しかった。
◆◇◆◇◆
何故か涙が出そうになる。だが、今は一秒すら鬱陶しいくらい長く感じる。彩夏は所々崩落した高速道路の上を、音とほぼ同じ速さで駆けていく。
ある場所に到着すると、彩夏は地面を思いっきり蹴り、跳躍した。地面が抉れ、その瓦礫が散弾のように飛び散る。暴風が吹き荒れ、辺りに生えていた草が千切れ飛んでいく。
そして着地すると、そこは、どこか見慣れた風景が広がっていた。
清水が丘公園という名前だったが、今はもうそんな面影はなく、所々に弾痕や血が付着していた。
「やっぱり来たな」
はっとして振り返る。
その声は、彩夏の動きを止めるには十分すぎるほど、衝撃的なものだった。
「死んでもらおう」
カチャリ、という音で我に返った彩夏だったが、既に遅かった。
プールがあった建物の上から飛び降りてくる機人が持っているのは、炸裂ボルトを搭載した電磁式クロスボウガンだ。
《思考加速:開始》
《倍率:200倍》
《時間:1秒》
間に合わないと分かっていたが、それでも回避行動をとる。
そして回避行動をとっている間、相手の機人の顔を見て、彩夏は確信に至った。
敵は、死んだはずの父親だった。
◆◇◆◇◆
「流石、速度特化型とでも言っておこうか。あの距離から躱すのは至難の業だ」
彩夏の父親は、脇腹がズタズタに裂かれている彩夏を嘲笑うようにそう言った。
「な…ん……で」
「ほう、まだ喋れるのか。まぁ殺せとは言われていない、それに、一応これでも娘だ。特別にこのまま放置しといてやろう」
笑いながら、踵を返そうとする。
だが、彩夏はそれを許さなかった。
《八七式:展開》
《全行程をキャンセル》
《発射可能》
「ふざけるなァ!」
ゴォン!
起き上がりざまの片手撃ち。反動を殺し切れず、彩夏は後ろに倒れた。
辺りが巻き上げられた砂で覆われていた。その間に彩夏は立ち上がり、次弾装填。
「動くな」
後ろから何かを突き付けられた。
八七式を地面に落とすと、そのままゆっくりと両手を挙げた。
「まだ遅いな。あれくらいなら見なくとも避けられる」
彩夏は驚きを隠せなかった。そのまま動けず、いつの間にか両手に手錠をかけられていた。
「我らはJOKER、俺のコードネームはルシファーだ。覚えておけ。彩夏」
名乗った瞬間の顔を、彩夏はこれから先もずっと覚えている。
その顔は、死神の顔だった。
「次会ったら、殺す」
そう言って、彩夏の父親であるルシファーは、凄まじい速さで跳んでいってしまった。




